40話 Revival Magic
フレンにもう一度会える。
フレンともう一度話すことができる。
その言葉はとても優しく、甘美な言葉だった。
フレンの笑顔や泣き顔。
怒った顔や不機嫌そうな顔。
そして優しい顔。
フレンと出会ってから五年間、俺が見てきた表情の一つ一つが脳裏に浮かんでくる。
フレンにもう一度会いたい。
そして、謝りたい。
『辛い思いばかりさせてごめん』『守れなくてごめん』と。
俺がフレンに許されることはないかもしれない。
それだけの思いを、俺はフレンにさせてしまったのだ。
それでも俺は、それがフレンにとっての救いになるのなら、この悪魔のような女に魂を売ってでも。
「……がう」
「え?」
「違う……」
俺は握りこぶしを作り、強く握った。
爪が肉に深く食い込み、血が滲む。
鋭い痛みが、甘くとろけるような誘惑から、俺の意識を引き戻す。
そう、違う。
違うのだ。
“死”は、冷たく残酷で、どうしようもなく理不尽な事実だ。
それを捻じ曲げ利用するアメリアに、フレンの身体を、魂を、弄ばれてなるものか。
それは決して救いなどではない。
「フレンは……フレンの死は、フレンだけのものだ。俺も、お前も、土足で踏み入って良い領域じゃない。お前の魔法なんかで、フレンを穢すな!」
「……穢す、ですか」
アメリアは小さく、鼻で笑った。
そしてアメリアの顔から表情が消え、今まで常に穏やかに見えたその瞳の奥に、激しい感情が灯ったように見える。
俺を見下ろすアメリアの、肩が震えた。
「……フレンさんという方は、レイズさんにとって大切な方ではなかったということですね」
「何だと……!」
俺にとって、これ以上ない侮辱の言葉だ。
怒りがマグマのように湧き上がり、俺はアメリアを強い殺意を込めて睨みつける。
「だってそうでしょう? フレンさんは、身体を引き裂かれ、内臓を抉られ、血を流しながらあなたの手を握っていたんです。そんな彼女の死に、あなたは“納得”しているということですよね? 今なら手が届くかもしれないのに、手を伸ばそうともしない。つまり、“いらない”ということでしょう?」
「お前ぇえ!!」
俺の強い衝動に反応し、右手が動きアメリアの胸ぐらを鷲掴みにした。
腕や肩、脇腹に激しい痛みが走る。
筋繊維が悲鳴を上げ、音を立てて切れていくような、そんな感覚だった。
あまりの激痛に一瞬視界が白濁するが、怒りが、憎しみが、俺の意識を強引に引き戻す。
アメリアは一瞬表情を歪ませ、少しつんのめるような姿勢になった。
「お前に……お前に何が分かる!?」
「……フレンさんの気持ちなら、あなたよりは分かると思います」
「ふざけるなぁぁああ!!」
「きゃっ……!」
俺は、怒りに任せて腕を振り、腕力だけでアメリアを投げ飛ばした。
アメリアは体勢を崩し、地面に転がる。
そして俺の上半身には、激しい鈍痛が響き、身体の内側が薄紫に発光するのが見えた。
忌々しい光だ。
この光が、また俺の身体を蝕んでいく。
額や背中からは汗が噴き出し、荒い息が漏れる。
大丈夫。
意識ははっきりしている。
しかし、立ち上がることはできない。
地面に這いつくばりながら、俺はアメリアを睨んだ。
アメリアは、俯きながらゆっくりと、身体を起こした。
歯を食い縛りながらこぶしを握り、身体はさっきよりも激しく震えている。
初めて露わになるアメリアの感情。
しかし、アメリアはそれを解き放つのではなく、自分の胸元を掴み、深くゆっくりと息を吐く。
そして俺に向けられた目は、いつも以上に穏やかで、気持ち悪いほどに優しい目だった。
「……すみません。私は別に、あなたと喧嘩がしたいわけじゃなかったんです。ただ、私の……私の千年が全て否定されたような気がして……少し、取り乱してしまいました。ごめんなさい」
アメリアは、少し声を震わせながら言った。
その言葉が、こいつの本心かどうかは、俺にとってはどうでも良いことだ。
アメリアの千年など、知ったことではない。
そんなもの、知りたくもないし、理解しようとも思わない。
そんなことよりも、あと少し身体を動かし手を伸ばせば、アメリアの首に俺の手が届く。
そこまでいけば、槍を持てなくともアメリアを殺すことができるのだ。
そうすれば、俺はフレンをアメリアの手から守ることができる。
俺は自分の正義を信じて、激痛に耐えながら必死で大地を掴み、アメリアの元へと進む。
「あなたの苦悩や葛藤も理解できます。きっと、それが普通なのでしょう。ユリの時とは違う。私は少し、軽く考えてしまっていたのかもしれません」
アメリアはすっと立ち上がり、フレンの元へと向かう。
それを防ごうとしても、俺の身体は思うようには動かない。
「少し予定とは違いましたが……フレンさんのことは蘇生します。レイズさんがレイズさんであるために、私だけでは力不足でしょうから……これもまた、必要なことです。マック君、ユリをお願いします」
「わ、分かったっす!」
マックはユリちゃんを連れて馬車の陰に隠れていく。
そしてアメリアは、小さな革袋をフレンの身体に向けて傾けた。
サラサラとした灰色の砂が、フレンの身体全体に振りかけられる。
「やめろ!! アメリア!! フレンに、フレンに触れるなぁぁああ!!」
俺の叫びは虚しく響き、アメリアは魔法の詠唱を始めた。
「“エクスポート・リフレッシュ・オペレート”……」
幾重にも薄紫の発動光が瞬き、次第にフレンの身体すらも薄紫に光り出す。
振りかけられていた灰色の砂は、発光を繰り返しながら、フレンの身体の直上へと浮かび上がっていった。
そして、その幻想的とも言える光景は、瞬時に凄惨なものへと変わる。
フレンの身体のいたるところから血が噴き出し、まるで穴の開いた水風船のように、その身体は萎んでいった。
痙攣しながら黒ずんでいく身体。
降り注ぐ血の雨。
噴き出す血飛沫は、フレンの存在そのものを一瞬の火花に変え、燃やしていくようにすら見える。
その光景は、とても直視できるものではなかった。
「……おえ……おえぇぇぇええ!」
俺は吐いた。
何も出なくなるまで、ひたすらに吐き続ける。
アメリアの詠唱は続いていたが、何を言っているかは分からない。
そして、最後に発した言葉。
それだけが頭の中に響き、木霊した。
「“リバイバル”……」
激しく発光する薄紫の光は、そちらを見ていなくても眩しいほどに、強い光を放つ。
俺は恐る恐る、目線を上げた。
いつの間にか流れていた涙が、頬を伝い地面へと落ちていく。
微かな水音がした後に、一糸纏わぬ姿で宙に浮くフレンが見えた。
そして、元々フレンだったものは、最早それが何だったのかすら分からぬ、ただの黒ずんだ肉塊と化している。
(こんなものが蘇生……? 俺も、こうやって……造……られ……た?)
それは、蘇生と呼ぶにはあまりにも残酷で、猟奇的に見えた。
全身の力が抜け、俺は再び地面に伏せる。
そして、アメリアは静かに振り向き、言った。
「ひとまずは、成功と言って良いでしょう」
その時、俺の中で何かが音を立てて崩れていくような気がした。




