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リバイバル・マジック〜女神はなぜ死者を愛でるのか。人ならざる身体に男は惑い抗う  作者: IT
3章 Road to hope

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37話 何のために生き 何のために傷つき 何のために苦しまなければならないのか

 どれほどの距離を流されたのだろうか。

 大木を薙ぎ倒し、山肌を削り取った土石流は、勾配のなだらかな山の麓まで俺たちを押し流し、止まった。

 こういう時、防御魔法というものは便利だ。

 もし生身で土石流に呑まれていたとすれば、俺たちは文句なくあの世行きだっただろう。


 身体は痛むが、動けないというほどでもない。

 俺の腕の中でうずくまるフレンもまた、全身泥にまみれてはいるものの、意識はしっかりとしているようで、その目ははっきりと俺を捉えている。

 まだアドレナリンが出ているだけかもしれないが、激しい痛みに襲われているようには見えなかった。 


「……ゴホッ……ゴホッ……フ、フレン……無事か?」


「あっ……え、えっと……」


 フレンは自分の手のひらを開閉したり、顔を触ったりなどしながら、何度も瞬きをする。

 そして、頬を強張らせながらも、顔を上げた。 


「だ、大丈夫……だと思う」

 

「それなら良かった……」


 俺は少しだけ笑って見せる。

 すると、フレンも少し表情をやわらげた。


 痛む身体を起こし、フレンを解放する。

 後ろを振り返ると、青かったはずの山肌は抉られ、赤茶けた地肌が地面を裂いたように剥き出しになっていた。

 当然、マックの姿などは見えず、根こそぎ引き抜かれた大木や、到底人の力では動かせそうもないような岩石が転がっている。

 俺は恐怖した。

 自然というものがこれほどまでに圧倒的で、理不尽な存在であることを、水分を含んだ泥の匂いと、穏やかな風の音とともに理解する。


「……」


「……」


 俺とフレンは、互いに顔を見合わせた。

 

「無事で良かったよ。フレン……」


「そ、そうだね……」


 俺たちは、泥だらけの顔を見ながら笑う。

 そして肩を抱き合って、確かな温もりと柔らかな感触を確かめ合った。

 奇跡のような出来事に、思わず歓喜の声が静かに漏れ出す。 


 互いの身体が少し離れる。

 そしてフレンは一つ溜め息をつき、胸を撫でおろした。

 その姿に安堵しながらも、俺の身体は徐々に倦怠感を思い出し、再び目眩に襲われる。

 自分自身の終着点が決まったことを、改めて自覚した。

 飲むはずだった薬の一粒すらも、俺の手元にはない。


 あの時、薬の入った瓶を拾っていれば、俺の身体はまだ数日は生きながらえることができただろう。

 しかし、その選択にもう戻ることはできない。

 俺は恐らく、遠からず動けなくなり、最終的には消滅する。

 それが数時間後なのか、もしくはそれより早いのか、遅いのかは分からない。


 ただ、不思議と俺の心は落ち着いていた。

 むしろ、自分の選択が誇らしくすら思える。

 俺は、フレンを守ることができたのだ。

 フレンさえ、生きていてくれれば、望みは繋がる。

 どうせ俺の命は、今のペースでいけばクリスと会う前に尽きてしまっていただろう。

 これで良い。

 これで良かったのだ。


 潤したばかりのはずの喉が渇き、額や背中から汗が噴き出ているのが分かる。

 そして、自分でも気づかぬ内に震えていた手のひらを、強く握り締めた。


「フレン……」


「うん?」


「落ち着いて聞いて欲しい。薬、失くしちまった」


「え……?」


 フレンは絶句し、力なく両腕が垂れ下がる。


「この土石流だ。間が悪く、手に持っていたもんだから……仕方ないさ。それよりも……」


「仕方ない……? えっと……それじゃあレイズは……」


 フレンの肩が小刻みに震え始める。

 そして、次第に呼吸が荒くなり、その瞳には涙が溜まってきていた。

 俺はフレンの肩を掴み、指に力を込める。

 そして、俯きかけたフレンの目を、真っ直ぐに見つめた。


「フレン。大事な話だ。ちゃんと聞いてくれ」


「……」


 フレンは涙を拭いながら口をつぐんだ。

 身体は震えているものの、しっかりと目が合い、溢れ出そうになる涙を堪えているのが分かる。


「……よし。まず……俺は、もうすぐ動けなくなる。それを止める方法はない。分かるな?」


 フレンは黙って頷く。

 頭が揺れるような感覚があり視界が歪みかけるが、歯を食い縛って堪える。

 気づくと、俺自身の息も上がってきているようだった。


「……マ、マックは、俺たちを探しにはこない。そんなことをしても、何も得なんてないからだ。だからフレン。君は……俺をここに置いて、サウスディアを目指すんだ。街道に出られれば、運が良ければマックと合流できるかもしれない。そして昨日頼んだ通りに……」


 俺の言葉が終わるのを待たず、フレンは首を横に振った。

 涙の雫が零れ、フレンは俯く。


「な、何でだ? 俺たちの手元には、食料も、水もないんだぞ。サウスディアまではまだ何日もかかる。生きるためには、時間を無駄になんてできない!」


 俺の言葉を受けても、フレンは泣きながら首を振るだけだった。

 身体の不調。

 そして焦りが、怒りへと変わりはじめ、フレンの肩を掴む指に更に力が籠る。


「い、痛い……」


 フレンの呻くような声を聞き、俺はフレンを離す。

 

「フレン……た、頼む。君は……君は生きなきゃならない……」


「……それは、何のため?」


「……は?」


 俺たちの間に沈黙が流れた。

 フレンは何故、俺の言葉を拒むのだろうか。

 昨晩話した時は、俺の願いを聞き、約束してくれたはずだ。

 それなのにどうして。


「……フ、フレンのためでもある。死んだら……死んでしまったら、それで終わりだろ?」


「……」


 安っぽい言葉だ。

 体調が万全であれば、もっと気の利いた言葉をかけてやれたのだろうか。

 恐らく、そんなことはないだろう。

 どちらにせよ、それは心から湧き出る言葉じゃない。

 

 フレンを守りたい。

 フレンには幸せになって欲しい。

 その想いに嘘はない。

 ただその想いと、フレンが俺に求めるものとでは、本質的な乖離があるのだと思う。

 何と言葉をかければ、フレンを奮い立たせることができるのだろうか。

 分からない。

 むしろ、こんなことを考えている時点で、俺は間違っているのかもしれない。

 俺はどうすればいいのだろう。

 どうすれば。


「……うん。そうだよね……死んだらそこで終わりだもんね……大丈夫。約束は守るよ。だからもう少し、もう少しだけ傍にいさせて欲しいの……」


「……分かった。それなら……ここは、危険だと思う……移動しよう。俺も、行けるところまで、一緒に行く……」


 俺はフレンの手を取り、足をふらつかせながら立ち上がる。

 フレンもまた立ち上がって、俺を支えるように身体を寄せた。

 

「レイズ、ごめんね……」


 フレンの呟くような謝罪の言葉に、俺は少しだけ口角を上げて見せた。

 そして、背中に背負っていた槍を抜く。

 槍を杖の代わりに地面に突き立てながら、俺たちは生い茂る木々の中、南へと向かった。

 彼女は笑う。とても穏やかに、そして満足そうに……


次話 第38話 フレン・マリーゴールド


 是非、見て頂けると嬉しいです!

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