35話 約束
暗闇の中で、孤独に燃える炎を見つめる。
緩やかな風に吹かれながら揺らめく炎は、こうして薪をくべ続けなければ、あっという間に消えてしまうだろう。
いずれ近いうちに、俺も消滅するのだと思う。
きっと、ホクレイで見た骸骨たちのように、薄紫の光を放ちながら跡形もなく消えるのだ。
そこには肉体も、骨すらも残らない。
「レイズ。交代しよ」
不意に、フレンの声がした。
振り返るとフレンは、少し眠そうにしながら、少し暗めの茶色い髪を櫛でとかしている。
無防備に起きてきたフレンの気配にすら、俺は気づかなかった。
これでは見張りとしても失格だ。
軽く苦笑いをし、小さく溜め息をつく。
「フレン。起きてきたところで悪いんだが、少し話をしても良いか?」
フレンは表情を引き締めて、俺の隣に座る。
「うん。良いよ」
俺は、これまで自分の身に起きたことや知りえたこと、そして俺の目指していることをフレンに話した。
突拍子もない俺の話を、時折驚きや感嘆の声を漏らしながら、フレンは真剣な顔で聞いている。
リーブスでは誰も信じてくれなかった話を、フレンは穏やかに、そして俺の心に寄り添うように受け入れ、信じてくれた。
俺は人間としての身体を失い、この身体はアメリアという禁忌の魔女に頼らなければ、その存在を維持することさえできない。
命がけで戦い守った仲間からも、恐怖の目で見られてしまう。
ただそれでも、全てを失ったわけじゃない。
少なくとも、今ここにはフレンがいる。
フレンなら、フレンだけは俺を信じてくれるのだ。
俺が今までやってきたこと。
そして築いてきたものも、無駄ではないのだと思わせてくれる。
俺の努力も、少しは報われたような気がした。
「フレン。“クリスチーナ・レングス”という人を知っているか?」
「あ~、名前は聞いたことあるよ。魔法士界隈では有名だからね。確か……聖騎士団に入ったんだっけ?」
「そうだ。顔は分かるか?」
「あ~、顔まではちょっと……」
フレンは顎に手を当てながら首を傾げる。
俺は自分の荷物から、ホクレイで購入した新聞記事を取り出してフレンに見せた。
「この見出しになっている人なんだが、恐らくこれと似た見た目をしていると思う」
「あ~、うんうん。綺麗な感じの娘だね」
「あぁ、そうだな……」
思わず苦笑いが零れる。
クリスは、時が経てばこの国の英雄となるだろう。
俺のような者が想う相手としては、あまりに眩しい。
そして俺は、俺の持つ情報が、きっとクリスの助けにもなることを信じている。
「魔族の技術も魔法も、俺だけが知っていて良いものじゃない。魔族との戦争を終わらせるためにも、きっと必要になる情報だ。俺は最後の仕事として、それを広めることのできる人にこの情報を伝えたいんだ。二週間後、サウスディアにこのクリスが……いや、クリスチーナ・レングスがくる。その時俺は、このクリスチーナ・レングスに直接俺の知っていることを伝えたい」
「……うん」
「そしてフレン。君に頼みたいことがあるんだ」
「……?」
俺はフレンのほうに向き直り、姿勢を正す。
フレンもまた、俺のほうに身体を向けた。
「勿論、できることなら俺自身の手でそれを達成したい。ただもしも……もしも、そこまで俺の身体がもたなかった時。今の話をクリスチーナ・レングスに伝えてくれないか? 俺の名前を出せば分かるはずだ。頼む!」
俺はフレンに向かって深く頭を下げた。
誠心誠意。
強い想いを込めて。
俺の視界には、火に照らされた土と、フレンの膝先が映る。
俺は、フレンは快く承諾してくれると思っていた。
しかしフレンは即答せず、俺たちの間には、しばしの沈黙が流れる。
「……フレン?」
顔を上げフレンと目が合うと、フレンの目線は一瞬泳ぎ、俺とフレンとの間で繋がっていた一本の線は、その接点を持たなくなる。
「分かった。いいよ……」
一抹の不安を覚えたが、フレンの返答は、俺の頼みを承諾するものだった。
そしてまた、フレンの表情は変わり、にこやかなものになる。
「ところで、そのクリスチーナ・レングスさんはレイズの知り合いなの?」
「あ、あぁ……実はその、同郷なんだ。もう五年も会っていないが……」
「ふーん。五年かぁ……」
少し遠くを見るような目をして、フレンは横を向いた。
「フレン?」
「ん?」
「その、頼んでいいんだよな?」
「うん。勿論だよ。レイズの最後になるかもしれない頼みだもんね。もしもの時は、私が今聞いたことをクリスチーナ・レングスさんに伝える。約束ね」
フレンは優しく微笑み、俺たちの目線はしっかりと繋がる。
「すまない。ありがとう」
フレンは頷いた後、少し俯きながら呟くように言葉を続けた。
「レイズはさ、凄いよね」
「ん? 何がだ?」
フレンは自分の膝を抱えて、うずくまるような姿勢になる。
「……レイズもさ、色々なことがあって、傷ついて、命ももう少ししかなくて、そんな状態でここにいるわけでしょ? それなのに、世界とか、国とか、誰かのためとか……私には無理だなぁ……」
「俺は……」
思えば、俺は何故こんなことをしているのだろう。
クリスに全てを伝えて、魔族との戦争における戦局を変えることができたとして、俺はその結末を見ることなくこの世から消える。
そして俺の行動を知る者など、目の前にいるフレンと、あとは一応マックくらいなものだ。
それを言えばクリスもそうなるかもしれないが、別に、多くの人から賞賛されるようなことはないだろう。
俺が今の目標を定めた瞬間。
その時確かにあったのは、フレンへの罪悪感と自分への怒りだった。
もしかしたら俺は、世界や国や他の誰かよりも、結局は自分自身を許すためにこんなことをしているのかもしれない。
「俺だって、そんなたいそうなものじゃないさ。何て言うか……結局は、自分で自分に胸張って死にたいって言うのかな……」
「……それも、十分凄いじゃん」
フレンは自嘲気味に笑い、そして俺の肩を小突いてきた。
「前から言おうと思ってたんだけど、レイズはもうちょっと自分に自信を持ったほうが良いよ。誰と比べてるのかは知らないけどさ!」
「あ、あぁ……そうか?」
浮かんでくるのはクリスの顔だ。
クリスの背中はいつだって遠く、その事実はいつだって俺を打ちのめしてきた。
そういえばあの日、ディバロの酒場で、ジークは俺を『向上心がある』と言った。
その時は、俺もそうなんだと思っていた。
ただ今は、それは違うと思う。
いつだって俺を動かしていたのは、向上心なんていうエネルギーに満ちたものではなく、クリスに対する劣等感だ。
思えばレイヤ5に上がった時も、そんなに嬉しくはなかった気がする。
「そうだよ! ほら、明日もあるんだから休んで!」
フレンは、俺を馬車のほうへと押し込み、背を向けた。
フレンの背中は、俺のイメージよりも少し小さく、肩をすぼめているようにも見える。
気丈に振舞ってはいるが、フレンだって余裕などないのだ。
俺はまた、フレンに負担をかけてしまったのかもしれない。
まだ、辺りが深い闇に包まれている中で、俺はフレンを一人残し、馬車の幌の中へと入った。
狭苦しい中で身体を畳み、朝に備えて身体を休める。
たいして風も吹いていないというのに、木々は大きく揺れ、山がざわめいている……
次話 第36話 命の天秤
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