33話 DOUBLES
俺たちは、グレゴリーの一味に遭遇することなく、町の南端にたどり着いた。
どうせグレゴリーは今立てる状況ではないだろうから、堂々と門から出ても良いのだが、それではマックに説明がつかなくなってしまう。
一応俺たちは、グレゴリーたちを欺き、密かに町を出る最中ということになっているのだから。
俺は街を囲む柵の手前から地面を隆起させ、簡易的な道を造り、馬車ごと町の外へと出ることに成功した。
しばらくは雑木林を進み、その後街道付近に出て南側の関所へと向かう。
町を出てからは俺が先頭に立ち、フレンには後方を任せている。
「マック、ストップだ」
御者台に座るマックに声をかけ、馬車を止めさせる。
俺は、風や枝葉の揺れる音ではない、微かな音を感じた。
夜は活発になる魔獣も多く、危険も高まる。
だからこそ、今の俺たちのように夜に動く冒険者や商人は少ない。
「自警団の奴らっすか……?」
「いや、魔獣の類だろう。フレン、心当たりはあるか?」
フレンもまた、周辺を警戒しながら、俺の近くへと歩みを進めてきた。
フレンは真剣な目で、背筋を伸ばしている。
「こ、この辺りには、最近ボア・ホーンの巣ができたはず……今は子育ての時期だから、餌を探しにきてるのかも」
ボア・ホーンは基本的に草食の魔獣だが、一応肉も食べる。
気性が荒く力も強いため、見つかれば間違いなく襲ってくるだろう。
集団で行動する魔獣でもあるし、できればやり過ごしたいところだ。
「ボア・ホーンか……数も分からないし、やり過ごすのが無難だと思うが、それで良いか?」
俺の問いに、マックは少し考えて、呟くように話し出す。
「……ボア・ホーンはそんなに強い魔獣じゃないっすよね? フレン殿がレイヤ4の魔法士なら、襲われても撃退できるんじゃないっすか? 自分としては、早く関所まで行ってしまいたいところっすね。自警団の奴らのほうが、たちが悪いと思うっす」
マックには、ここにくるまでにフレンの能力や俺との関係を大まかに話していた。
一時的とはいえ、行動を共にするのだからそれは当然のことだ。
そして、マックの考えも一理ある。
本来、魔法士は少数対多数において力を発揮するものだ。
レイヤ4までいく魔法士なら、ある程度の数に対して有効な魔法も当然使いこなす。
俺も数匹のボア・ホーン程度であれば、フレンならものともしないとは思う。
ただ、できればフレンにはあまり負担をかけたくなかった。
今はこうして冷静なフレンだが、一時間ほど前は何度も涙を流していたのだ。
せめて今夜くらいは、フレンに頼らず守ってやりたい。
「いや、数が分からない以上危険はある。ここはやっぱり……」
「大丈夫」
フレンは俺の言葉を遮り、言葉を発した。
顔つきもよく、疲れは見えるが不安や動揺は感じられない。
「レイズがいれば私は大丈夫だから……このまま行こう」
「フレン……」
フレンは少しだけ口角を上げ、優しい目で俺を見る。
『頼りにしているからね』なんて言葉が聞こえてくる気がした。
俺もまた、今度こそフレンからの信頼を裏切るわけにはいかない。
槍を持つ手にも力が籠る。
「分かった……それなら、このまま関所まで行こう」
俺たちは警戒を強めながら、再び歩みを進め始めた。
フレンのことが心配なことに変わりはない。
ただフレンの言葉は、今後のことを考えれば良いことだ。
マックにフレンのことを信用させるには、俺の言葉よりもフレンの行動で示せるのが一番良いのだから。
俺たちは、街道付近をそのまま南下した。
数分進んだところで、一度魔獣の気配が消えるが、更に進んだところで再び気配が強くなる。
そして少しづつ、足音が聞こえてくるようになってきた。
マックに合図して、馬車を止めさせる。
「一度様子見っすか?」
「いや、足音らしきものが聞こえる。ボア・ホーンなら鼻が良いから、恐らくもうこっちに気づいてるだろう。マックは少し、離れていてくれ」
マックは、俺が指を差した方向へと馬車を動かす。
辺りの地形は、俺とフレンが向かう東側に背の高い茂みが広がっており、マックがいる西側は、開けた草原になっている。
こちらに向かってくる足音は次第に大きくなり、茂みの草木が目に見えてざわめきだす。
そして、身体のでかい一匹を先頭に、ボア・ホーンの群れが、こちらに向かって飛び出してきた。
辺りが暗いためはっきりとは見えないが、茶褐色の太い毛皮と突き出た鼻、そして頭の上にある鋭い角が特徴的な魔獣だ。
白っぽい角が、月明りを反射して薄く光っているようにも見える。
かなり勢いがついており迫力があるが、こいつらの動きは分かりやすい。
その鋭い角を前に突き出しながら、ただ真っ直ぐに突進してくる。
それもまた、ボア・ホーンの特徴だ。
「フレン! 五匹だ! でかいのの左右に一ずつとその後ろに二!」
「“アイシクル・ランス”!」
俺の後ろで青い光が発光し、一瞬視界が明瞭になる。
俺は正面のでかい一匹だけに集中し、その足元に狙いを定めた。
次の瞬間に、鋭く尖った氷柱が俺の後方から射出され、ボア・ホーンたちを捉える。
撃ち損じはなく全て命中するが、でかい一匹だけはそれで止まらず、そのまま突っ込んできた。
俺は腰を落とし、前傾姿勢をとりながら、槍を突き出す。
槍はでかい一匹の右足を捉える。
重い衝撃が腕を通して身体全体に伝わってくるが、この程度で跳ね飛ばされはしない。
態勢を崩しながら突っ込んでくるでかい一匹を、いなすように槍を回して転ばせる。
そして、素早く槍を引き抜き、喉元を貫いた。
槍の先から血液が噴出し、でかい一匹は身体を痙攣させ、沈黙する。
顔を上げて周囲を確認した。
フレンの氷柱は、正確にボア・ホーンたちの急所を捉えており、他の四匹は既に息絶えている。
でかい一匹に関しても、氷柱は頭部に命中していたが、でかい分、肉と骨に厚みがあり致命傷に至らなかっただけだ。
ボア・ホーンは狙いが定めやすい魔獣とはいえ、フレンの狙いに狂いはなく、思った通りの精密さを発揮してくれた。
後ろにいるフレンが心強く思える。
「レイズ!」
後方からフレンが駆け寄ってくる。
フレンは緊張から解き放たれ、嬉しそうに笑っていた。
今日見た中で、一番の明るい笑顔だ。
急に懐かしくなり、ジークや他の仲間たちの顔が次々と浮かんでくる。
「フレン! 流石だな」
「とーぜんよ!」
俺とフレンは、強めのハイタッチを交わした。
フレンも少し興奮しているのか、その手に力が籠っている。
「私も、あぁ……レイズが前にいるんだなって感じがして、心強かったよ」
「ん? あぁ、そうか?」
フレンは小さく息を漏らし、今度は少し控えめに微笑む。
「……レイズも、やっぱりちょっと変わったよね」
「え? そうか?」
「ん~、なんか前よりも落ち着いてるって言うか……まぁ、前もわりと落ち着いてたけど、雰囲気っていうか……」
「フレンが言うなら、そうなのかもな」
俺もフレンも、この短期間の間に色々あった。
環境が変われば人も変わると聞く。
以前のようにいたくても、いれなくなるものなのかもしれない。
「いやぁ~、二人とも流石のお手際っすね!」
馬車に乗ったマックが、にこやかに近づいてきた。
その視線は、俺やフレンというよりも、ボア・ホーンの死体を捉えているようにも見える。
「ボア・ホーンの毛皮って結構価値があるんすよね~。剥ぎ取りまでやってたら、流石に時間かかっちゃうっすかね~?」
マックは目を輝かせながら、俺を見る。
ボア・ホーンも、死体になれば金に見えてくるのだろうか。
流石の商売根性だ。
「お前、関所に早く行きたいって言ってたじゃないか。矛盾してるぞ」
「うっ……そうなんすけどね~、なんかよくよく考えると、ちょっとくらい持って行きたいような気もして……やっぱり駄目だと思うっすか?」
まぁ、実際はグレゴリーが追ってくることはないだろうから、やれないこともないのだが、汚れるしあまりやりたくはない。
「フレンはどう思う?」
「ん~、あんまり気は進まないけど……私、替えの服ないし……」
「ほら、お前は汚れないかもしれないが、実際にやるほうは汚れるし、臭いもつく。剥ぎ取るなら、身体を洗える場所や服のあても準備して欲しい」
「ん~、町はまだすぐそこなんすけどね~……残念す」
マックはしょぼくれながら、馬車を前に向けた。
俺たちは、再び南に向けて歩き出す。
曇天の空の下、まだ昼になるかならないかという時間帯だというのに、身体に異常を感じた……
次話 第34話 冷たい雨粒
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