32話 損か得か
「レイズ。私のこと、連れて行ってくれるんだよね?」
宿へと歩く途中、フレンは不安そうに俺を見上げた。
「あぁ。そのつもりだ」
「うん……」
俺の言葉を聞いてもフレンの顔色は晴れず、フレンはまた俺の手を強く握る。
俺の存在が、フレンの傷ついた心に光を与えられるというのなら、俺は力の限り尽くそう。
そして短い時間の中で、せめて何か一つでもフレンに残してやりたい。
フレンが、この先の人生を生きるための何かを。
そのためにも、まずやらなければならないことがある。
それはマックの説得だ。
目的のサウスディアまでまだ道は半ばであり、できればまだマックと別れるようになることは避けたい。
俺にとってフレンは仲間でも、マックにとってはそうではないし、ましてやフレンはグレゴリーたちの仲間だという印象が強いだろう。
それを払拭し、マックを納得させるにはどうすれば良いか。
俺は、必死に頭を回転させ、思考を巡らせた。
「帰ってきたと思ったら、女連れっすか? いいご身分すね、レイズ殿」
宿に戻ると、マックは呆れたような顔で俺を見た。
フレンはまだ俺の手を握っていて、マックから見れば俺が逢引きでもしていたように映るだろう。
「……まぁ、色々あってな。信じられないかもしれないが、俺とフレンはお前が思うような関係じゃないぞ。これには事情はあるが、やましいことはない」
「ふーん。そうっすか。何にしろトラブルは御免っすよ?」
マックは俺とフレンを訝しむように見て、隣に立つフレンは少し寂しそうに目線を落とす。
「残念だが、そのトラブルだマック。ここにいるフレンが知らせにきてくれた」
「……どういうことっすか?」
「今朝の自警団を名乗る奴らは覚えているな? 奴らがお前を狙っているらしい。金払いの良いお前なら、もっとむしれると踏んでいるみたいだ。そしてお前がそれを拒んだ時は、馬車ごと奪う手筈になっている。数時間後か、もしくは数十分後にはここに押しかけてくるかもしれない」
勿論、俺が言っていることは事実無根のでたらめだ。
マックを納得させ、フレンを一緒に連れていくために、俺は嘘をついている。
商人相手にどこまで通用するかは分からないが、俺は少なくとも、フレンが有用であるとマックに思わせなければならない。
「……その、フレン殿? も自警団の一員なんすよね? 悪いっすけど、自分にはその情報そのものが怪しく聞こえるっすが……」
「逆だよマック。自警団の一員だからこそ、有用な情報をフレンは持っているんだ。まず前提としてなんだが、フレンは自警団から抜けたがっている。そして、俺たちに自警団の情報を流す代わりに、サウスディアまで同行することを望んでいるんだ」
「ちょっ、ちょっと待つっす……サウスディアまで同行っすか? もし自警団の奴らが追ってきたらどうするっすか? そんなの受け入れられないっすよ!」
マックは顔をしかめながら、両手を前に出して首を振り、拒絶を示した。
予想通りの反応だ。
「さっきも言ったが、フレンは有用な情報を持っている。フレンが俺たちに同行するからこそ、自警団とのいざこざからも逃れることができ、追われることもなくなるんだ」
「……?」
マックは首を傾げる。
俺は畳みかけるように言葉を続けた。
「まず、奴らは俺たちの目的地を知らない。そして、フレンは奴らの普段の動きや潜む場所を知っている。つまりフレンがいれば、奴らに悟られることなくこの町を出れるんだ。そうなれば、奴らは俺たちを追う手がかりすらなく、追ってくることはできないということになる」
「ちょっと待つっす。フレン殿が自警団の住み家やらなんやらを知っているのは分かるっすが、自分たちから金を巻き上げるつもりなら、監視の一人くらいつけてるんじゃないっすか? そうなればこの宿を出た時点で気づかれるっす」
「その監視を言い渡されているのが、ここにいるフレンなんだ。俺たちの顔や声を一番近くで見て、聞いていたのはフレンだからな。そして、そのフレンがここにいるということは……」
「自分たちが宿を出てもばれないってことっすか……」
「そうだ。俺とフレンはそれなりに付き合いも長いし、信頼関係はできている。フレンは野盗まがいのことをする自警団にいることが本意ではなかったんだ。それに、サウスディアまでにはなるが、レイヤ4の冒険者が、無料で護衛に加わるということになる。得だとは思わないか?」
マックは顎に手を当て、考え込むように俯いた。
俺とフレンは、息を飲んでマックの返答を待つ。
「……レイズ殿の言ってることは分かったっす。分かったっすが、本当にフレン殿は信用できるっすか? 自分たちを騙して、都合の良い場所におびき出そうとしているわけではないっすか?」
「わ、私は……ここから離れて、もう一度やり直したいんです! レイズにはとても感謝しています。裏切るなんてありえません……! もし、証拠を見せろと言うのなら、何だってします。たいした物は持ってないですけど、財布でも何でも、私の持っている物は全てあなたにあげても良い」
フレンは少し潤んだ目でマックに訴え、マックは少し気まずそうに顔を引きつらせる。
「べ、別にそこまでは言わないっすが……」
「マック。フレンはこれくらいの決意を持ってここにきている。フレンを信じてやってはくれないか?」
マックは溜息をつきながら、呆れたように手を広げて見せた。
そして立ち上がり、自分の荷物の中から一枚の紙を取り出してくる。
マックは何やら文字を書き出し、俺たちの前に置く。
そこには、つらつらと馬車や積み荷の名前が書かれていて、一つ一つの物に対して金額が書かれていた。
合計の金額は、約四百万リリアと記載がある。
今の俺やフレンにとっては、相当な大金だ。
「これは、自分の持っている物の現在の評価額っす。まぁ、地区によって差異はあるっすが、この辺ならだいたいこんなものっす。この一切をレイズ殿とフレン殿は自分から、今ここで買うっす。そして、諸々終わった後に、自分がまたレイズ殿たちから買い戻すっす。その時、レイズ殿たちが自分に戻せないものがあった場合は、その分を補填してもらうっす。この契約を今ここで結ぶのなら、レイズ殿の言う通りにするっす」
マックは、別の紙をもう一枚取り出し、俺たちの前に置く。
それは、商人ギルドの判が押されている、白紙の借用書だった。
マックはさっさと借用額と、貸主として自分の名前を書き、フレンにペンを差し出す。
やはり、こういうところは商人らしくしっかりしていると思う。
結構な金額ではある。
フレンは一瞬俺を見て、不安を滲ませた。
ただ、実際にグレゴリーたちが襲ってくることはないはずだ。
何かあったとしても、丸々弁済ということにはならないし、そんなことにはさせない。
俺はフレンに向かって黙って頷き、フレンはそれを見て、力強くサインをする。
紙の上でペンが擦れる乾いた音だけが、部屋に響いた。
フレンの後に、俺もまたサインをして借用書をマックに手渡す。
マックは満足そうに胸を張り、言葉を続けた。
「契約成立っすね。それじゃあ、お二人の冒険者証も預からせて欲しいっす。もしもお二人が逃げた場合は、冒険者ギルドに持ち込んで探して貰うっす」
「流石にそういうところは抜け目ないな」
「それはどうもっす」
マックは大げさに口角を上げ、笑った。
商人らしい、明るいつくり笑いだ。
俺は首に下げた冒険者証を外し、フレンもまた、上着の内ポケットから冒険者証を取り出してマックへ渡す。
「確かに受け取ったっす。それじゃあ、動くなら早いほうが良いっすね! まったく……今日はベッドで眠れると思ってたんすけどね!」
マックは借用書をしまうと、軽口を言いながら身支度を始めた。
俺とフレンは、顔を見合わせ軽く笑い合う。
そして、小声でフレンに声をかけた。
「ちゃんと持ってたんだな。冒険者証」
「色々、思い出が詰まってるからね……」
フレンは自嘲気味に笑う。
俺たちはマックの支度が終わるのを待って、隠れるように宿を出た。
恐らくグレゴリーたちは、俺たちを追えるような状況ではないだろうが、念のため町を流れる川から遠ざかるように、町の南端へと向かう。
俺はマックの目を盗みながら、命の薬をまた一粒、飲み干した。
風や枝葉の揺れる音ではない、微かな音を感じた。夜は活発になる魔獣も多く、危険も高まる……
次話 第33話 DOUBLES
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