31話 冷たい風
フレンは、俺を後ろから抱きしめた。
強く、しっかりと、決して離さないという気持ちが、フレンの体温を通して伝わってくる。
「……フレン?」
「レイズ……待って。私を置いてかないで……」
フレンの言葉は、俺にとって予想だにしないものだった。
フレンは、先ほどの俺の戦いを見ていたはずだ。
それなのに、どうして俺を止めるのだろうか。
「フレン、俺が怖くないのか?」
首を捻り後ろのフレンを見ると、フレンは目を閉じながら、激しく首を横に振った。
「怖くなんてない! レイズがいなくなるほうが、ずっとずっと怖い! 行かないで! 行かないで……」
フレンは更に強く、俺を締め上げる。
フレンの力と言えど、流石に傷に響いてくる。
「フ、フレン。ちょ、ちょっと手加減してくれ」
「あっ、ご、ごめん」
フレンの腕が緩み、俺の身体は解放された。
一瞬聞こえなくなったような気がしたが、グレゴリーの叫び声は、未だに響き渡っている。
「フレン。俺は一度宿に戻りたい。それと、できればこの身体が治るまで、少しの間身を隠したいんだ」
フレンは涙を拭い、嬉しそうに答える。
「それなら、近くに水車場があるの。あそこなら、夜は誰もいないし、隠れられると思う」
「分かった。案内してくれるか?」
「うん。レイズは走れる?」
「軽くなら、大丈夫だ」
フレンは俺の手を引き、水車場までの道をゆっくりと走りだす。
フレンの後ろ姿を、こんなにもまじまじと見たのは初めてかもしれない。
思えば、フレンはいつも、俺の少し後ろを歩いていた気がする。
「ここまでくれば、大丈夫かな?」
「フレン、ありがとう」
ものの十分もしないうちに、俺たちは水車場へとたどり着いた。
辺りに明かりはなく、水車の回る音と、周囲の木々が風に揺れる音だけが、静かに聞こえてくる。
俺とフレンは、少し中のほうまで入り、並んで腰を下ろした。
俺の傷はというと、もうさほど痛みはなく、順調に塞がってきている。
「……あの」
思わず、俺とフレンの声が重なった。
俺たちは顔を合わせ、軽く微笑み合う。
そして、先に口を開いたのは、フレンのほうだった。
「レイズは、宿に戻ったら、もう出発するの?」
「そうだな。できれば、騒ぎが大きくなる前に、この町を出たい」
「そっか。その……や、やっぱり、私も一緒に行きたい。できたら、レイズの手伝いをさせて欲しいの。お願い」
フレンはいつになく真剣な目で俺を見つめ、俺の左手を両手で包むように握った。
あまりに真摯な目に、一瞬たじろいでしまう。
「……フレン。見ての通り、今の俺は普通じゃない。自分で言いたくはないが、グレゴリーが言ったように、“化け物”なんて言葉のほうが似合うくらいだと思う。だから……」
フレンは、薄紫に光る俺の傷口をじっと見た。
そして、そこに手を伸ばす。
「フ、フレン!?」
フレンは、俺の傷口に触れた。
瞬間的に痛みが走る。
人間の時、傷口に触れられた時と同じような感覚だった。
「……っつ!」
「ご、ごめん。痛かった?」
「あ、あぁ……」
自分の痛みよりも、フレンの手のほうが心配になる。
俺は自分自身の身体のことさえ、よく分かっていない。
俺の身体の内側に触れることで、普通の人間に悪影響がある可能性もある。
しかし、フレンの手は何事もなく綺麗なままだった。
「その、レイズに何があったのかは分からないけど……レイズはレイズなんでしょ? それなら、私は怖がったりしない。レイズのことを信じる」
「……どうして?」
「え?」
「どうして、そんな風に言えるんだ? セレーヌさんだって、俺のことを……」
また、セレーヌさんの俺を見る目が、脳裏に浮かび上がってきてしまう。
呼吸が浅くなり、目頭に熱が籠る。
俺の様子を見て、フレンはすぐに俺の身体に寄り添い、背中を優しく撫でてくれた。
「大丈夫。私はいつでもレイズの味方だよ。だって、レイズが思ってるよりもずっと、レイズのこと見てきたから。レイズなら信じられる。だから、レイズも私を信じて?」
もしかしたらフレンなら、全てを知った上で俺を受け入れてくれるのかもしれない。
期待と不安が、俺の心の中で混じり合い、渦を巻く。
しかし、そうだとしても、フレンを俺に付き合わせるわけにはいかない。
俺の旅は期限付きのもので、終わりまでのカウントダウンはもうとっくに始まっているのだ。
もし、フレンを連れて行くとしても、結局最後はフレンをまた一人で残すことになる。
損得など関係なく、俺を信じてくれると言うフレンを、そんな無責任な結末に巻き込むわけにはいかない。
「フレン。フレンの気持ちは、凄く嬉しい。その上で、大事なことを話させてくれ」
「うん……」
「俺は、もうすぐ死ぬ」
「え……?」
フレンは悲痛な顔をして、俺を見る。
そして、フレンの肩が激しく震えた。
小刻みに息を飲む音が聞こえ、フレンの視線は俺の顔と再生していく腹部を往復する。
「あと二週間か、三週間かは分からない。ただ、それくらいで俺は死ぬ。嘘じゃない。本当のことだ」
「……」
フレンは、黙って俯き、唇を強く噛みしめた。
そして、俺の傷口から光る薄紫の光が細くなり、間もなく消える。
どうやら、傷も塞がったようだ。
それなら、もう宿に行かなくてはならない。
「……フレン。俺はもう行く。何もしてやれなくて、本当にごめん。俺は、本当に、フレンを不幸にするばかりで……」
「嫌……!!」
悲痛な声とともに、フレンは俺の腰に両腕を回し、力任せにしがみついてきた。
「フレン……?」
「……また、私を置いて行くの? あの時みたいに……」
「……」
俺の腹が炎の巨人に貫かれ、俺が死んだあの日。
フレンを最後まで守れなかったあの日の情景が、鮮明に蘇ってくる。
「……ごめん。でも俺は、本当に……本当に、もうすぐ消えてしまうんだ。だから……!」
「それで良い!」
フレンは、俺の言葉を遮るように言った。
フレンは自分に言い聞かせるように、力強く頷く。
「レイズの……レイズの言葉は信じるよ。レイズは……そんな残酷な嘘、言わないもんね……? 本当に、レイズがいなくなっちゃうんだとしても、それでも良い。それまでの時間を一緒に過ごさせて欲しい。そして最期は……」
フレンは言いかけて、首を軽く横に振った。
そして悲しげに、目線を落とす。
「私……グレゴリーが言った通りなの。穢されて、ボロボロになって、もう希望なんて何も見えなくて……それで、グレゴリーなんかにすがりついて……本当にもう、駄目なの……一人で立つことなんてできない……」
フレンは大粒の涙を零しながら、俺の身体を解放し、力なくへたり込む。
その姿に、以前のフレンの面影はない。
それは、活発なレイヤ4の中堅冒険者ではなく、心も身体も踏みにじられ、限界などとうに超えている、一人の人間の姿だった。
「私、思い知ったの。自分は、こんなにも無力だったんだって。奪われるのって、こんなに辛いんだって……」
「……」
「私、生きていることに、何の意味があるのかなって、最近ずっと考えてた。難民キャンプにいても、グレゴリーのところにいてもそう。ただ苦しいだけ……辛いだけ……。でも、レイズが一緒なら、少し前の私みたいに笑える気がするの。一瞬のような時間でも良い。私にもう一度……時間を……下さい」
フレンは、涙で掠れてしまった声で想いを吐き、苦しそうに作り笑いを見せた。
フレンの健気で痛々しい笑顔を見て、フレンを救いたいという想いが、自分の不甲斐なさに対する怒りが、熱を帯びて込み上げてくる。
「フレン……俺は、フレンが期待するようなことはできないかもしれない。それでも、良いのか?」
「うん……」
俺がフレンに向かって手を伸ばすと、フレンはその手を取り、立ち上がった。
フレンは、俺の手に指を絡ませ、決して離れないと言うように、力を込めてくる。
そして不意に、俺たちの間を少し冷たい風が吹き抜けた。
フレンは俺にすがるように身をよせる。
『一瞬のような時間でも良い』と、フレンは言った。
そんな短い時間の中で、俺はフレンに何を残せるのだろうか。
雲の隙間から差す僅かな月明りだけが、俺たちの行く道を静かに照らしていた。
ここまで読んで下さった方々、皆さんに大変感謝しております。
三章も丁度半ばまできたタイミングではありますが、毎日投稿は今話までとしたいと思います。
以降しばらくは、週二回の投稿とさせて頂こうと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。月曜、金曜で更新する予定です!
商人相手にどこまで通用するかは分からないが、少なくとも彼女が有用であると思わせなければならない……
次話 第32話 損か得か
是非、見て頂けると嬉しいです!
少しでも面白いと感じて下さる方がおられましたら、ページ下部の【ブックマーク】と【★評価】を頂けると大変励みになります!




