30話 MONSTER
グレゴリーとその取り巻きたちは、それぞれの武器を抜く。
グレゴリーの武器は、刀身の長い剣だ。
俺はへたり込むフレンの前に立ち、全方位に注意を払った。
恐らく、敵の中でグレゴリーより強い奴はいないだろう。
グレゴリーが、自分より強い奴を側に置くとは思えない。
「行け! お前ら!」
グレゴリーの合図で敵は散開し、距離を取る奴と向かってくる奴に分かれる。
向かってくる奴は七人。
それならば、まずやるべきは中距離攻撃に対する射線の遮断だ。
「“マッド・ウォール”!!」
緑色の光が灯り、地面が隆起する。
向かってくる奴らと、距離を取った奴らの間に土壁ができ、敵の視線と射線を遮った。
稼げる時間は数秒だろうが、同時攻撃を受けるよりは遥かに良い。
「フレン! そのまま伏せていてくれ!」
フレンに言った後、正面から槍持ちが二人、突っ込んでくる。
一人の槍を弾き、そのままもう一人の肩口を突く。
そして間髪入れずに後ろを振り返り、飛びかかってくる敵を薙ぎ払った。
そして次の瞬間には、赤い魔法の発動光が見える。
火属性魔法だ。
「“マッド・ウォール”!」
土壁の隆起が間に合い、火球を防ぎきる。
敵は強くはないが、流石に多勢だ。
特にフレンを守るためには、攻撃を迂闊に避けるわけにもいかず余裕はない。
「くっ……“マッド・ウォール”!」
フレンの後方から楕円状に土壁を隆起させ、防御するべき方向を減らす。
退路を塞ぐことにもなるが、そもそも退く気などない。
俺は気合を入れながら槍を振るい、正面からくる敵を薙ぎ倒していく。
「”ファイヤ・アロー”」
敵の詠唱が聞こえ、火炎の矢が空に舞い上がった。
火炎の矢は、俺を真上から捉える軌道を描いている。
土壁は間に合いそうにない。
更に、正面からくる敵は二人。
優先するべきは、正面の二人だ。
多少ダメージを負ってでも、抜かせてはならない。
ただ一瞬、脳裏に俺を見るセレーヌさんの眼差しがフラッシュバックした。
俺の身体から出る薄紫の光。
再生していく身体。
おぞましいものを見るような、恐怖を帯びた目。
そして、そのセレーヌさんの顔とフレンの顔が俺の頭の中で重なる。
俺は反射的に恐怖し、火炎の矢を回避した。
火炎の矢が恐ろしかったのではない。
俺は、フレンからの拒絶を恐れてしまったのだ。
一つの回避行動が、一瞬の隙を生む。
「しまった……!」
素早く敵の一人を槍で捉えるが、もう一人には槍が届かない。
取り逃した敵は、そのままフレンのところまで行き、フレンに剣を突きつけこちらに向かってほくそ笑んだ。
「くそっ!」
そして次の瞬間、俺は後ろから腹を貫かれた。
長剣が、俺の背中から腹部を貫通し、その刀身を露わにする。
「敵に後ろを見せるのかよ。迂闊だなぁレイヤ5」
「レイズーー!!」
フレンの悲痛な叫び声が響く。
確かに迂闊だった。
俺は戦闘の最中に、過去の記憶に囚われ恐怖したのだ。
そして勝手に委縮し、するべきことができず、保っていた均衡を自ら崩した。
ただの自滅だ。
身体には激痛が走り、呼吸が苦しくなる。
情けない。
自分自身に腹が立つ。
この長剣が抜かれた時、フレンはどんな目で俺を見るのだろうか。
きっと、セレーヌさんと同じ目をするだろう。
それはもう、どうしようもない。
フレンから拒絶されたとしても、俺が今するべきことは、フレンをグレゴリーたちから解放することだ。
恐怖を捨てろ。
俺は一人で良い。
一人でも、戦え。
俺は、フレンに剣を突きつける男を、視線で射殺すくらいの殺意を込めて睨みつけた。
男は、絶対的に有利である中で、俺の目を見てたじろぐ。
俺は痛みを堪えながら、足を前に踏み出し、無理やり長剣を身体から抜いた。
そして、傷口が薄紫に発光する。
「レイズお前、これは……?」
後ろから、グレゴリーの戸惑うような声が聞こえる。
俺はそれを無視し、咆哮を上げながら前へと突進した。
フレンに剣を向ける男は怯えたような目で俺を見て、剣を振り上げる。
その剣が振り下ろされるよりも前に、俺の槍がその男の顎を跳ね上げた。
男は意識を失い、後方へと倒れる。
そして俺はすぐさま振り返り、グレゴリーを睨んだ。
俺の傷口は、薄紫の光の糸が、編み込むように塞がり始めている。
「……化け物かよ」
「……あぁ、そうだ」
「くっ……」
俺は怯むグレゴリーに向かって、一直線に走った。
腹の傷は当然痛む。
ただそれ以上に、怒りと闘志が衝動となり、俺を突き動かした。
「“パワー・エンハンス”!」
詠唱を終え、グレゴリーの身体を水色の光が包み込む。
身体強化系の魔法だ。
そしてすぐさま振り下ろされた長剣は、その斬撃とともに風圧のみで大地を削る。
グレゴリーにしては冷静な選択だ。
一時的とはいえ、飛躍的な力の増強は、十分脅威となる。
すんでのところで躱した俺は、再び正面から突っ込む。
「猪がよぉ! 地獄に落ちろ!」
「お前がなぁぁああ!!」
俺がグレゴリーの顔面付近に向けて槍を突き出すと、グレゴリーはそれを避けて、横に薙ぐように長剣を振る。
読み通りの動きだ。
俺はその斬撃を伏せるように躱し、魔法を唱えた。
本命はこっちだ。
「“マッド・ウォール”」
グレゴリーの足元の地面が勢い良く隆起し、グレゴリーの顔面を捉える。
そして、顔面が跳ね上がると同時に、グレゴリーの右肩を槍で貫いた。
倒れゆくグレゴリーから剣を弾き、そのままグレゴリーの顔面スレスレに槍を突き立てる。
「ぐふっ……てめぇ……」
これで、グレゴリーの制圧は完了した。
あとは、魔法士連中だが。
俺の視界には、立っている者の姿は見えなかった。
どうやら、残った者は既に逃げ出したようだ。
「この、化け物がぁあ! いつもお前はそうやって、汚い手ばかり使いやがる」
俺の足元で、グレゴリーが吠える。
ただ、今回ばかりは、そう言われても仕方ないかもしれない。
普通であれば、グレゴリーに腹を貫かれた時点で、勝負は決していたのだ。
「……悪いな」
怒りを露わにするグレゴリーを冷たく見下ろし、俺はグレゴリーの股間に槍を突き刺した。
「……!!」
グレゴリーは悶絶し、下半身に血が滲む。
こいつはフレンを弄んだ奴らのリーダーなのだから、これくらいの禊は受けて貰う。
「治癒魔法が使える奴も、一人くらいいるんだろ? 助かると良いな」
俺は狂ったように叫ぶグレゴリーから離れ、そのままマックがいるであろう宿に向かい、身体を引きずりながら歩いた。
こうなった以上、この町に長居はできないが、ひとまずマックにこのことを知らせる必要があるだろう。
ただ、まだ傷が塞がっていないため、できればどこかに身を隠したいところだ。
後ろにいるであろうフレンのことは、恐ろしくて振り返ることができなかった。
唇を噛みしめ、自分でも気づかないうちに、涙が頬を伝う。
思えば、俺のしたことは、本当に良かったのだろうか。
フレンは、この町での居場所を一つ失ったことになる。
次の道筋すら示せない俺が、またフレンの持つものを奪ってしまった。
「レイズ! 待って!」
少し遠くから、フレンの声と足音が聞こえた。
俺は、少し歩みを早める。
しかし、すぐに俺の身体は捕らえられ、背中に温もりととも衝撃を受けた。
それは案外傷に響き、一瞬呼吸が止まる。
「レイズ! 行かないでよ……」
フレンの震える声と、少し鼻をすする音が、俺の耳に響いた。
薄紫に光る傷口をじっと見た。そして、そこに手を伸ばす……
次話 第31話 冷たい風
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