29話 略奪者
「グレゴリー……さん。穏やかじゃないですね。こんな町中で、何をする気ですか?」
物騒なグレゴリーたちを見て、俺もベンチに立てかけていた槍を、右手に握る。
「あぁ、レイズ。別に心配しなくてもいいぜ。人払いはちゃんと済ませてあるさ」
グレゴリーたちの人数が、今朝よりも少ないのはそのためか。
おおかた、近くの道を塞いでいるのだろう。
グレゴリーは一応自警団を名乗っているのだから、町中で暴れているところを見られるのは都合が悪いはずだ。
しかし、グレゴリーは何故そんなリスクを負ってまで、俺に絡みにきたのだろうか。
金はマックが払っていたし、俺としても用はない。
「俺に何の用ですか?」
グレゴリーは笑いを堪えるように、口元を引きつらせる。
そして、そのまま口を開き、声を震わせた。
「ゾ、ゾクゾクするなぁレイズ。お前が生きていてくれて、本当に良かったよ」
「……は? 意味が分かりません」
俺は立ち上がり、フレンの前に立つ。
フレンは暗い顔で俯いていた。
「本当に、お前は生意気だよなぁ。俺はな、お前が嫌いだったんだよ。俺が面倒を見てやってた時も、俺の話なんか聞きもしやがらねぇ。いつもいつも反抗的な目をしやがって。それで、今度はお前みたいな奴がレイヤ5だぁ? 笑わせるんじゃねぇよ! どんな汚い手を使いやがった!?」
要するに、ただのひがみというやつだ。
本当に、絵に描いたような小物で、つまらない男だと思う。
俺は別に、グレゴリーの言うことだから聞かなかったわけじゃない。
そもそもグレゴリーの言葉に、必要だと思えるものがなかっただけだ。
「汚い手? あんたじゃないんですから、そんなことしませんよ」
「キャンキャン吠えやがる。変わってねぇなお前」
「あんたのほうこそ」
グレゴリーは、才能に恵まれた奴だと思う。
だかろこそ、たいして努力せずとも、レイヤ4まで昇ることができたのだ。
ただその姿勢では、そこで打ち止めだった。
そのうちに、後輩の俺に抜かされたというわけだ。
「なぁレイズ。お前、フレンがどうしてここにいるか、聞いたか?」
グレゴリーは、気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「……いや」
「や、やめてよ!」
後ろのフレンが焦りだし、グレゴリーは心底嬉しそうに、更に口角を上げた。
「フレンはなぁ、お前のせいで冒険者としては使い物にならなくなっちまった。それで、難民キャンプで、どんな目に遭ったと思う?」
「やめて!」
グレゴリーの態度と、フレンの焦りように、胸騒ぎがした。
もしかしたら、フレンに負わせてしまったトラウマ以外にも、俺はフレンに苦しみを強いてしまったのだろうか。
「可哀相になぁ。フレンは剣一本持っただけの、冒険者でも何でもねぇその辺のおっさんたちに組み伏されちまってよぉ。哀れなフレンは身ぐるみ剥がされ、心も身体も犯されちまったってわけだ」
握っていたはずの槍が地面へと落ち、全身に鳥肌が立つ。
振り返ると、フレンは俺から目を逸らし、自らの肩を強く抱いた。
フレンの反応を見れば分かる。
グレゴリーの言っていることは本当なのだ。
「それで、そんなフレンを拾ってやったのが俺だ。つまり、フレンをどん底まで突き落としたのがお前。フレンを救ったのが、俺。分かるか?」
「……」
言葉を発することさえできなかった。
俺は、フレンの尊厳すらも奪ってしまったのだ。
俺はどうすれば、フレンにどう詫びれば許されるのか。
いや、どんな風に何をしたとしても、きっと俺が許されることはない。
どんなに後悔しても、何も元通りにはならない。
俺は全てを間違えたのだ。
グレゴリーは、俺の様子を見て吹き出すように笑った。
心底楽しそうに、声を出して笑う。
周りにたむろしている奴等も、薄ら笑いを浮かべている。
「良い~顔だぜレイズ。わ、笑いが止まらねぇよ」
「……」
「調子こいてた罰が当たったのかもなぁ。いい気味だぜ」
グレゴリーや、他の奴らに笑われたことなど、どうでも良かった。
ただ、フレンは、フレンのことだけは、このままになんてできない。
自己満足かもしれないが、俺はフレンに、せめてもの償いをさせて欲しかった。
「それじゃあ次は、フレンがどんな風に喘ぐのか見せてやるよ。フレン、こっちにきて服を脱げ」
「お前!!」
グレゴリーの言葉で、瞬間的に怒りが湧き上がる。
フレンに対する、その物言いは何だ。
グレゴリーにとって、フレンは仲間なんじゃないのか。
「俺はフレンに言ってんだよ。ほら、いつも通りに……」
「だからやめてって!!」
フレンの甲高く、割れるほどの声が響き渡る。
思わず全員の動きが固まり、まるで時が止まったかのように、辺りは静けさに包まれた。
「私は……私は、お前に救われたなんて思ってない。ただ、憎む相手が、お前に変わっただけだ! “アイシクル・ランス”!」
フレンはグレゴリーを睨み、魔力を込めて魔法を唱える。
しかし、その魔法が発動することはなかった。
俺たちを取り囲む連中の一人が、ニヤつきながら剣を抜いたのだ。
月明りに反射した刃を見た瞬間、フレンの喉から空気の抜けるような音がして、発動しかけた魔法は無残にも霧散する。
「うっ……うう……」
俺は素早く地に落ちた槍を拾い、構えた。
少なくともグレゴリーは、フレンを仲間だと思っていない。
ただ都合よく利用して、優越感に浸っているだけだ。
俺は、俺はグレゴリーを、こいつらを、許すことはできない。
「おっと、レイズ。その辺にしておけよ。俺たちは善良な市民だぜ。冒険者が町の人間に手を出すなんてことはあっちゃならねぇ。お前、終わるぜ?」
「そうゆう算段かよ、グレゴリー。残念だが、こっちはとっくに終わってるんだよ。確かに、フレンをどん底まで突き落としたのは俺だ。でもお前らは、そんなフレンを更にいたぶっている。俺は、お前らを許せない」
「へー、そうかよ。こっちは死体の一つくらいどうとでもなるんだ。後悔するなよ?」
数は不利かもしれない。
守るものがあることも、不利かもしれない。
ただ、そんなことは関係ない。
俺は槍を持ち、今度こそフレンを守る。
それだけだ。
恐怖を捨てろ。一人で良い。一人でも、戦え……
次話 第30話 MONSTER
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