28話 傷心
俺は食料や携帯品などを買い揃え、宿へと向かっていた。
マックは、何か用事があるとかで別行動をとっている。
よくは分からないが、商人は商人で色々あるのだろう。
片道の旅。
その中間地点として立ち寄ったこのウエストリバーで、本当は今後のことを考えなくてはならない。
そんな中、俺の頭の中はフレンのことで一杯だった。
フレンと交わした言葉は、数えるほどでしかない。
そしてフレンは、何も言わずグレゴリーの元へと行ってしまった。
俺と再会した時、フレンが流した涙の意味さえ、俺には分からない。
フレンは、どうして何も言ってくれなかったのだろうか。
俺と別れてから今日までのフレンに、いったい何があったのだろうか。
フレンは何を思い、何を考えているのだろうか。
フレンは、本当に大丈夫なのだろうか。
しかし、俺は明日にはこの町を出る予定だ。
限りのあるこの身体。
そして、俺が心に決めた目的を思えば、この町に長居することはできない。
そんな俺が、フレンに何をしてやれるのだろうか。
もし、何かをするとしても、それはフレンの今の生活を邪魔するだけなのではないだろうか。
そんな思いが、ぐるぐると頭の中を周回していた。
夕暮れ時に宿に入り、買ってきた荷物を部屋に置く。
まだマックが帰ってきたような様子はない。
俺はまたすぐに宿を出て、町の通りへと足を運んだ。
この小さな町だ。
少し探せば、フレンを見つけることができるかもしれない。
そうすれば、また話ができる。
そんなことを思いながら少し歩き、立ち止まる。
それを何度も何度も繰り返した。
もし、フレンと話ができたとして、それが何になるというのだろう。
それすらも、フレンにとっては迷惑かもしれない。
俺は、今のフレンに何もしてやることができないのだ。
それならいっそのこと、このままいなくなったほうが、フレンのためなのではないだろうか。
結局フレンは見つからず、俺は宿へと戻る。
肩を落とし宿の前まできた時、立ちすくむ一人の女性が見えた。
「あ……」
「あ……」
以前と同じ黒いジャケットを羽織り、ショートパンツを履いたフレンが、俺の前に立っている。
お互いに確かに目が合っているのに、しばらく何も、言葉を発することができなかった。
「フレン、ちょっと痩せた?」
「あっ、うん。そうかも……レイズは、少し顔つきが変わったね。前より、何だろ……凛々しくなったって言うか……」
「そうか?」
「うん」
俺とフレンは、町の中央を流れる川のほとりで、二人掛けのベンチに座っている。
フレンの表情は、依然として暗い。
「……レイズは、この町にはいつまでいるの?」
「明日には出る」
「明日……? そう……早いね」
フレンは驚き、残念そうに肩を落とす。
また、しばらく沈黙が流れる。
「フレンは……もう、冒険者はやらないのか?」
フレンは一瞬肩を震わせた後、また沈黙する。
そして次第に呼吸が荒くなり、泣きそうになりながら、フレンは口を開いた。
「私、もうダメになっちゃったの……」
「駄目に……?」
「……剣てあるでしょ?」
フレンは座ったまま、剣を構えるような仕草をして見せる。
フレンは普段剣を持つことなどはないから、あまり見慣れない姿だ。
「あぁ……」
「こうやって、剣を構えているのを見るとね、目の前にあの日のことが蘇ってくるの。その……レイズ……が、お腹を貫かれて……じ、地面に……レ、レイズの目が……わ、私に……うっ……」
「も、もういい」
フレンは呼吸が浅くなり、苦しそうに胸を抑えた。
俺はフレンの背中に手を当て、ゆっくりとさする。
フレンの頬や首筋に汗が伝い、フレンは時間をかけ、少しずつ呼吸を落ち着かせていった。
「こ、こんなだからさ、もう、冒険者なんてできなくて……」
「あぁ。本当にごめん……」
フレンは涙を溜めながら、首を横に振った。
「……良いの。こうして、また会えたから」
無理に作った笑顔は、フレンの抱えてしまったトラウマの苦しみを物語っているようだった。
その情景は、きっと剣を見た時だけではなく、様々なところでフレンを苦しめているだろう。
そして、その責任は一重に俺にある。
俺は、一生消えることのない傷を、フレンに負わせてしまったのだ。
「フレン……俺は……俺は取り返しのつかないことを……」
「ごめん。レイズを責めるつもりじゃなかったの。レイズの優しいところに、私も助けて貰ってきたし……また会えて、話ができて、本当に嬉しい」
はたして、俺は優しいのだろうか。
少なくともあの時、ユリちゃんに手を差し伸べた俺は、フレンにとっては決して優しくなかったはずだ。
「それは、俺だって嬉しい。フレンが生きていてくれて、本当に良かった。その……勝手なことを言うけど、あの時フレンを守れなかったことが、ずっと心残りで……」
貰い泣きとでも言うのだろう。
自分でも気づかぬうちに、目頭が熱くなっている。
「レイズ、泣いてるの?」
「な、泣いてねぇよ……」
俺は自分の眉間を指で摘み、涙を堪えた。
そして、荒くなる呼吸を悟られぬように、息を止める。
「素直じゃないね。お互い様だけど……」
フレンは、身体をスライドさせ、俺の横に身を寄せた。
フレンの温もりと、その身体が微かに震えているのが衣服越しに伝わってくる。
「フレン……?」
「こんな風にしたことなかったよね?」
「……あぁ」
フレンは、俺の肩に頭を乗せてきた。
端から見れば、今の状況は、カップルがいちゃついているようにも見えるだろう。
フレンとは、もう五年の付き合いだが、こんなことをしたことはない。
「……レイズは、今は何をしているの?」
「俺は……」
自分の今の状況を、フレンにどう伝えるべきか迷った。
俺の身体のことや、アメリアのこと。
それに魔族たちの技術や魔法の話。
今まで何人もの人に話をし、手紙まで送りつけた内容を、フレンに話すことができなかった。
俺は、フレンに頭のおかしい奴と思われたくないのだ。
「俺は、そうだな。伝令……とでも言うべきなのかな? ある人に、あることを伝えるために、サウスディアまで行かなくちゃならないんだ」
「伝令? 義勇軍に入ってるってこと?」
「まぁ、そんなところかな」
「……嘘だね」
「……」
フレンは小さく笑い、俺を見上げた。
「レイズが嘘をつく時って、一瞬目が右上に泳ぐんだよ? 知ってた?」
「それは、知らなかったな……」
自分でも知らないような癖を、フレンに指摘されるとは思わなかった。
「それでも、言えないこと?」
「……フレンにだから、言えないんだ」
「そう……レイズがそう言うなら仕方ないね。私も、レイズに言えないこと、沢山あるし……」
「……グレゴリーのこととか?」
フレンは小さく笑い、寂しげに目線を落とす。
「軽蔑したよね……」
「いや、フレンにも色々事情があるんだと思ってる」
「……あいつが、たいして役に立たない私を囲ってる理由、何だか分かる?」
グレゴリーは、ディバロにいる時も、自分より弱い者たちを取り巻きとして抱えている奴だった。
今日の様子を見るに、それは変わっていないだろう。
「今のフレンが、自分よりも弱いから……?」
「まぁ、弱いというより、惨めだからかな。それに……」
フレンは少し黙り、目を閉じて頷いた。
「やっぱり、私も話せるのはここまでかな。私は、こんなことになっちゃったけど、大丈夫だから。レイズは、レイズの道を頑張って歩いてね」
そう言いながら、フレンは俺の左手を軽く握り、そして離した。
俺は、フレンの嘘を見抜けるわけではない。
ただ、俺の目に映るフレンの姿は、とても苦しそうで、痛々しい。
俺は、こんなボロボロのフレンを、また見捨てるのか。
勝手にまた、一人で、フレンの前からいなくなるのか。
世界のために。
人族のために。
それで、目の前にいるフレンはどうなる。
俺は、フレンのために、何をするべきなのだろうか。
「フレン。俺は……」
ふと、気配を感じた。
ぞろぞろと、隠れる気もなく堂々と歩く集団の足音が聞こえてくる。
やがて、十名ほどの男たちが、俺たちを囲む。
その中で、一際目立つ金髪の男が、偉そうに胸を張り一歩前に出てきた。
グレゴリーだ。
「よう、レイズ。フレンを張ってれば、また会えると思ってたぜ」
「グレゴリー。どうして……?」
フレンが立ち上がり、困惑した様子でグレゴリーを見る。
俺たちを取り囲む連中は、皆武器を持っていた。
どんな風に何をしたとしても、許されることはない。どんなに後悔しても、何も元通りにはならない……
次話 第29話 略奪者
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