27話 俯く彼女
フレンは、まるで幻でも見ているかのような呆けた顔で、その場にへたり込んでしまった。
無理もない。
フレンはあの日、俺が腹を貫かれるのを見ていたのだ。
俺がとても助かるような状況ではなかったことを、フレンは知っている。
「……レイズ殿、知り合いっすか?」
マックは少し戸惑いながら、俺の顔を覗き込んできた。
「……あぁ。俺の仲間で、同期なんだ。彼女は大丈夫だ」
俺は、フレンの元へと歩みを進める。
フレンが無事に生きていて、こうして再会することができたことは、勿論嬉しい。
ただそれ以上に、フレンの憔悴した顔と、怪しい仮面を被り、人を襲う集団に身をやつしているという現状が心配だった。
俺がフレンと別れた後色々あったように、フレンもまた、その心を捻じ切られそうになりながらここにいるのだろう。
「フレン。久し振り。あの時は、最後まで守れなくて、ごめん」
俺は表情を緩め、優しく手を差し伸べる。
フレンは戸惑いながら俺を見上げ、声を震わせた。
「レ、レイズなはずない……だって、あの時レイズは……」
そう。
あの時、俺は死んだ。
そして得体のしれない身体となり、今ここにいる。
「俺は本物のレイズだよ。色々あってな……」
「……ほ、ほんものぉ?」
まるで少女のような声に、思わず笑みが零れた。
そして、フレンの頬には涙が伝う。
「あぁ、そうだ。一緒に行こう」
フレンは泣きながら頷き、俺は彼女を引き上げる。
足元が覚束ないフレンは、俺の身体にしがみつき、声を上げて泣いた。
俺は、確かに本物のレイズ・グラスノーだ。
嘘は言っていない。
ただ、俺の存在が受け入れられるものではないことも分かっている。
それはきっと、フレンにとっても同じだ。
そんな俺が、フレンの肩を抱くことなど許されるのだろうか。
俺はそっと、フレンの身体を僅かに引き剥がすようにして、フレンの背中を撫でた。
「レイズ殿ー。いまいち納得いかないんすけど、あの人レイズ殿の彼女か何かっすか?」
マックは、訝し気に俺を見て言った。
マックからすれば、フレンは自分たちを襲った集団の一人なのだから、怪しむのも仕方がないだろう。
フレンのことも、本当は落ち着くまで傍にいてやりたかったのだが、町に急ぐため今は馬車の中に入って貰ってる。
時折、微かにすすり泣くような声が漏れ出してきていた。
「そういうわけじゃないんだが、長く一緒にやってたんだ。あんなことをしているのにも、何か事情があるんだと思う」
「事情って……そもそもレイズ殿ってどこの冒険者だったんすか?」
「俺の拠点はディバロだったよ」
「あぁ……それは、色々あるっすね」
マックは神妙な顔をして黙った。
戦争に巻き込まれ、難民となった人たちは、相当な数にのぼるだろう。
セレーヌさんやアレク君もそうだし、フレンや他の冒険者仲間たちもそうだ。
皆、多くを失い、それでもそれぞれの道で必死に生きている。
その中で、皆が皆、日の当たる道を歩けるとは限らない。
俺のように悪足掻きをする馬鹿もいれば、フレンのようになりふり構っていられなくなる者もいるだろう。
それにもし、俺がフレンについていられたのなら、今のフレンも違う道を歩けていたかもしれない。
やがて俺たちは、ウエストリバーの町に入る。
そこはリーブスよりも小さく、町というよりも村に近いような、のどかな場所だった。
雨が降っているためか、外に出ている人は少なく、閑散としているように見える。
ひとまず俺たちは、町の門番に頼み、近くにあった見張り台の下で雨宿りをさせて貰うこととした。
フレンもまた、馬車の幌を開け外へと顔を出す。
その表情は暗く、どこか虚ろだった。
「フレン?」
「……あっ、うん。その、さっきはごめんなさい」
「あぁ、いや……」
できれば、フレンに事情を聞きたかった。
そうでなくても、何か話をしたい。
しかし、肩をすぼませ俯くフレンに、何から話せば良いのか分からなかった。
気まずい沈黙がしばらく続く。
「おーい! レイズ!」
遠くから聞こえてきたのは、偉そうな男の声で、聞き覚えのあるものだった。
「何すかアレ?」
マックが指差すほうから、金髪の男が十数名の仲間を引き連れて、ぞろぞろと歩いてきている。
その連中の中には、フレンの持つ仮面と同じ物を持った者もいた。
そして中心を歩く金髪の男は、見覚えのある顔をしている。
グレゴリー・ランス。
ディバロの冒険者だった男だ。
グレゴリーは確か、レイヤ4の冒険者だったような気がする。
わりと先輩で、年も結構上だったような気がするが、正確には覚えていない。
そもそもあまり興味もなく、関係性の薄い先輩だった。
グレゴリーが近づくとともに、町の門番からの目線が冷たくなるのを感じる。
恐らく、あいつが俺の名を呼んだことで、同類とでも思われたのだろう。
まったく迷惑な話だ。
やがてグレゴリーは俺の前まできて、口を開いた。
「よぉ、レイズ。フレンからは死んだって聞いてたけどな。生きてたんだなお前」
「……はい。一応」
少しずつ、こいつの記憶が蘇ってくる。
グレゴリーは、高飛車で高慢な性格の男だった。
新人いびりが趣味のような奴で、こいつに辞めさせられた駆け出しも多い。
俺も昔はいじめられたものだ。
そういえば、俺がレイヤ4に上がった頃あたりから、めっきり話しかけてこなくなっていた気がする。
「俺は今、元冒険者たちを集めて、この町の自警団をしている。お前ら、通行料は払ったのか?」
「関所で払いました」
「関所とは別で必要なんだよ」
なるほど。
先ほどの門番の冷たい目の理由も分かった気がする。
こいつは勝手にこの町に住みつき、自警団を名乗りながら町に入る者を襲ったり、金を取ったりしているのだろう。
住民にとっては迷惑極まりない存在だろうが、なまじ人数も多く、グレゴリーは腐ってもレイヤ4の冒険者だ。
揉めれば町に被害が出かねない。
この規模の町だと冒険者ギルドもないだろうし、抑止力となるべき軍の統制も今や行き届かず、仕方なく放置されているといったところか。
「あ~、そういうことっすか。ちなみに幾ら必要なんすか?」
「一人二万リリアだ」
「二万リリアって、関所の十倍以上じゃないか! ふざけるなよ!」
「町の平和を守るためだよレイズ。払わねぇってんなら、こっちにも考えがあるぜ」
俺たちを嘲笑うように、自称自警団の奴らは笑った。
こうコケにされては、流石に腹が立つ。
槍を持つ手にも力が入る。
「あ~、はいはい。二万リリアっすね。払います、払います。どうぞお納め下さい」
グレゴリーと睨み合う俺を他所に、マックはさっさと金を出した。
グレゴリーが顎を出し、それを見た長髪の男がマックから金を受け取る。
先ほど、俺たちを襲ってきた奴らの一人だ。
仮面を外したその顔は、なんとなく見覚えがある気がする。
名前は忘れてしまったが、グレゴリーの取り巻きにこんな奴がいたかもしれない。
「商人のほうは話が分かるらしいな。この町での安全は、この自警団が保証しよう」
グレゴリーは、ほくそ笑みながら、白々しく言った。
「グレゴリー……さん。あんたなら、義勇軍にでも冒険者でも、どこでもやれるだろ? 何でこんなことをしている」
「どこでも重宝されるってのは事実だが、俺は誰かの命令で動くような三下じゃねぇのさ」
「……そうか」
そう言えば、こいつはこういう奴だった。
我が強く、自分勝手。
他人に迎合することを極端に嫌い、自分の意見は絶対に曲げることはない。
その自信がどこから湧いてくるのか分からないが、どちらにせよ協調性の欠片もない奴だ。
魔族との戦争によって、軍と協力体制を敷く義勇軍や冒険者の中では、収まりが悪かったのだろう。
「フレン! いつまでそんなとこにつっ立ってんだ!? 行くぞ!」
「あっ……えと……」
グレゴリーに呼びつけられたフレンは、俺の顔を見ず小走りでグレゴリーの元へと行ってしまった。
そして、グレゴリーはフレンの肩に腕を回し、俺に向かって舌を出す。
グレゴリーが、俺に喧嘩を売ってきているのは分かる。
ただそんなことよりも、顔を隠すように俯くフレンが気になった。
「フレン。大丈夫なのか……?」
「……」
フレンは何も答えてはくれなかった。
そして、グレゴリーとともに、俺に背を向ける。
「レイズ~。生きてて良かったな~」
グレゴリーは、そんな捨て台詞を残し、去って行く。
そして一瞬、フレンは俺のほうを振り返った。
憂いを帯びたその瞳が、少し辛そうに見える。
ディバロで活動している時も、俺はグレゴリーとはウマが合わなかった。
それは、フレンも同じだったと思う。
偉そうに騒ぐグレゴリーを冷ややかな目で見ていたはずだ。
それに、フレンだってレイヤ4の冒険者なのだ。
グレゴリーに力でやり込められたわけじゃないと思うのだが、何故フレンはあんな奴とともにいるのだろうか。
「ああいう輩も、治安の悪い地域にはいるもんす。この辺はそうでもなかったんすけどね~。まぁ、関わらないに越したことはないっすよ」
「……あぁ。そうだな」
ふと空を見上げると、雨が上がり、太陽が顔を覗かせていた。
一生消えることのない傷を、彼女に負わせてしまったのだ……
次話 第28話 傷心
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