26話 氷の魔法士
マックとの旅路は、大きな問題はなく順調に進んでいた。
基本的には、魔獣や魔族との戦闘は避けつつ、やむを得ない場合のみ俺が撃退している。
俺の身体のほうはというと、基本的に薬を飲んでから丸一日ほどで、身体に異常をきたすようになってしまった。
日を追うごとに目減りしていく薬を見て、自分の命の残量を毎夜自覚させられている。
最初の目的地であるウエストリバー近くの関所にたどり着いたのは、想定より早く、リーブスを出てから五日目の夜だった。
関所は、ホクレイの関所と同じように老兵が数人いるのみで、抑止力としての力はあまりないように見える。
俺たちは関所の近くで野営をし、翌朝にはウエストリバーに向けて出発した。
「ここにきて雨っすね」
「ここまでが順調過ぎたくらいだからな。土がぬかるむ前に町に入れれば良いが……」
町まであと数キロメートルまで迫った頃、曇天の空からは細く弱い雨が降り出していた。
雨脚は弱いものの、土がぬかるんでしまうと、馬車の車輪がはまって動けなくなってしまうため、急ぐ必要がある。
俺たちはフード付きの外套を纏い、街道を急いだ。
そして、比較的高い木々が並ぶ雑木林にさしかかった頃、俺は少し違和感を覚えた。
木々や葉の揺れる音が、吹く風によるものだけではないように感じる。
そして、微かに聞こえる金属音。
恐らく、近くに人がいる。
それも一人や二人ではない。
四、五人程度はいるのではないだろうか。
「マック……マック……」
小声で話しかけると、マックは俺の様子を察して、緊張した顔つきになる。
「どうしたっすか?」
「多分、見られている。獣系の類じゃない。町からの距離も考えれば、恐らく人族だ」
「見回りとかっすかね?」
「いや、そういう雰囲気ではない気がする」
確かな根拠があるわけではない。
言うなれば“勘”というやつだ。
肌が少しひりつくような、殺気を感じる。
恐らくは、野盗か何かの類だろう。
この時世だからこそ、そういう輩は増えるものだ。
こういう場合、敵は俺たちの意表を突こうとするはずだ。
もし魔法士がいれば、中、遠距離からの魔法攻撃。
そうでなければ投石などから先制してくるだろう。
俺なら、馬車が逃げないよう正面に二人配置し、攻撃は側面か後方から仕掛ける。
そして、魔法や投石を放つなら、上からだ。
俺から見て左側面。
俺のいる場所とは反対側の上方で、青い光が見えた。
発動光の色からして、氷属性魔法だ。
俺はマックの座る御者台に飛び移り、素早く左側面へと移動した。
次の瞬間には、鋭く細長い氷柱が複数襲いかかってくる。
マックとチャッピーを狙ったものだ。
槍を抜き、正確に払い落す。
「いただきだー!!」
何がいただきなのか分からないが、変な仮面を被った男が二人、俺の正面の雑木林から飛び出してきた。
俺は素早く槍を振り、叫びながら出てきたほうの頭を殴って意識を刈り取る。
そしてそのままもう一人の右太ももを突き、膝が折れたところで顔面をぶん殴った。
「ぎゃふっ!」
男は、情けない声を漏らしながら、仰向けに倒れる。
こういう輩は殺されても文句は言えないのだが、万一町の人間だった場合、後が面倒くさい。
それに、これほど弱いなら無力化するくらいで十分だ。
俺は蘇生魔法で造られた骸骨たちとは違う。
決して、人殺しの道具ではないのだ。
魔法の追撃がこないところをみると、恐らく魔法士は移動している。
逃げたか、馬車の前方で待機しているであろう仲間と合流したか。
そんなところだろう。
「そこの者止まれ! 我々はウエストリバー自警団だ!」
馬車の前方から、男が二人近づいてくる。
声を上げた男は、長髪で偉そうに胸を張っていた。
相変わらず仮面をつけていて、その素顔は見えない。
「お前らのような奴らが自警団?」
「そうだ! 怪しい者の侵入を防ぐために我々はいるのだ!」
とてもそんな風には見えない。
自警団の人間が『いただきだー!!』なんて言いながら、襲いかかってはこないだろう。
それに、そのわけの分からない仮面はなんなのだ。
そんな物をつけている自警団など聞いたことがない。
「俺たちからすれば、お前らのほうが怪しいぞ。お前ら自警団じゃないだろ?」
「き、貴様、何を言うか」
長髪の男は、動揺したように声を震わせる。
それにしても、魔法士の姿は見えない。
まだ奇襲を狙っているのだろうか。
不意に強い風が吹いて、俺とマックの外套のフードがめくれ上がり、雨粒が顔へと降りかかってくる。
少し雨が強くなってきているようだ。
こんなところで道草を食っている場合ではない。
「お、お前は……」
「ん?」
長髪の男は、驚いたようにたじろいだ後、すぐに踵を返した。
「退却だ!!」
「は、はい!」
俺たちの前に現れた男たちは、我先にと去って行く。
これでは、いったい何のために胸を張って出てきたのか分からない。
とりあえず分かったのは、奴らが自警団を名乗っているということだけだ。
奴らの狙いは、恐らくマックの積み荷だっただろう。
最初にマックと馬を狙ったあたりからも、それは間違いない。
「マック。雨も強くなってきた。急ごう」
「そうっすね」
フードを被り直し改めて前を向いた時、再び仮面をつけた人間が一人、立ち塞がってきた。
シルエットは細く、少し暗めの長い茶髪を後頭部の高い位置で結んでいる。
登場人物的に言えば、氷属性魔法を撃ってきていた魔法士だろう。
そして、こいつは女だ。
「何だ? まだやるのか?」
女は何も答えず、ただゆっくりと、仮面を外す。
俺はその素顔に驚愕し、息を飲んだ。
「……レイズ……なの?」
聞き覚えのある声。
少し痩せた頬。
そして、酷く疲れたような、光のない瞳。
「……フレン」
俺のかつての仲間であり、ディバロでの最後の夜をともに駆け、俺が最後まで守ることができなかった女性の名前だ。
肩をすぼませ俯く彼女に、何から話せば良いのか分からなかった。沈黙が続く……
次話 第27話 俯く彼女
是非、見て頂けると嬉しいです!




