25話 Road to hope
まだ日も昇らぬ頃に目を覚まし、俺は蝋燭に火を灯して備え付けの小さな机へと向かった。
今日はユリちゃんと別れてから三日目になる。
以前、単身でアメリアの屋敷から出た時は、この三日目の日中帯に身体が異常をきたした。
今日も、いつ身体が動かなくなるか分からない。
俺は、自分の荷物から薬の入った小瓶を取り出し、ポケットに入れる。
最早、この薬を飲んで身体を維持することは、確定事項のようなものだ。
今更迷いはない。
ただこの薬が、本当に俺の身体を延命する効果があるかどうか。
その確証がないのも事実だ。
俺を殺すなら、こんなまどろっこしいことはしないと思うが、この薬が毒だという可能性もなくはない。
だからこそ、身体が限界を迎える前に、仕上げてしまわなければならないものがある。
マックに金を払い、俺が休んでいる間に準備して貰った、大量の紙と一本のペン。
そして、送り先リスト。
俺はリストにある全ての施設に対して、俺の知っている情報を送りつけるつもりだ。
差出人は俺の名前を書き、宛先はクリスの名前と施設長と書く。
この中の大半は、嘲笑われ破り捨てられるだろう。
別にそれでも構わない。
クリスには迷惑をかけるが、その中の一通でもクリスの元に、もしくはそれを広めることができる人の元に届くことを祈っている。
俺は、これまでの人生で書いたことのないほどの文字数を書き綴った。
やがて朝になりマックが起きてくるが、マックは軽い挨拶を交わしただけで、さっさと出て行ってしまった。
俺としてはありがたいことだ。
まぁ、物資の調達や商人ギルドへの顔出しなど、マックもやることが多いだろう。
多くの手紙を書き終え、手首が灰になるかと思った頃、マックは宿へと帰ってきた。
時間帯的には、夕暮れ時と言って良いくらいの頃だ。
今のところ、身体に異常は感じない。
結局、何の予兆も感じることなく夜を迎え、今後の計画をマックと話し合うこととなった。
「基本的には、一週間かけて“ウエストリバー”に行くっす。そこで食料なんかを補給しつつ一泊。そしてまた一週間かけてサウスディアに行くって感じを考えたんすが、それで良いっすか?」
「あぁ。それで大丈夫だ」
マックの考えた移動ルートは、俺が頭の中で思い描いていたものと殆ど同じものだった。
ウエストリバーは、ここからサウスディアまでの丁度中間辺りにある小さな町だ。
どのみち補給は必要になるだろうし、それほど遠回りにもならない。
その町に寄ることに、特に異論はなかった。
マックは移動ルートが決まった後も、サウスディアでの商売の都合や、その後の予定まで色々と話をしてくる。
恐らく、俺がマックに同行できるのはサウスディアまでだろうが、そんな話をするわけにもいかない。
俺は適当な相槌を打ちながら、マックの話を聞いた。
俺が突然消えたら、マックはきっと怒るだろう。
また新しく護衛を探さなければならなくなるのだから、当然だ。
俺としても少し罪悪感はあるが、これも一つの勉強だと思って貰うほかない。
そもそもギルドを通さず契約をしている時点で、保障も何もないのだ。
グラスを持ち、少し水を口に含んだ時、不意に目眩がした。
以前に感じた身体の異常と、同じ感覚だった。
気持ち悪さと怠さが、徐々に感じられるようになってくる。
「レイズ殿どうしたっすか?」
「……ん? あぁ。何でもない」
「具合悪いっすか? 薬とかあるなら、早めに飲んだほうが良いっすよ?」
普通は、持病を持った冒険者など、護衛に雇いたいと思う者はいない。
できれば、マックに見られていないタイミングで薬を飲みたかった。
なるべく表情は変えないようにしていたつもりだったのだが、顔に出てしまっていただろうか。
「いや、本当に何でもないんだ。ただ、そうだな。ちょっと休憩してもいいか? 今日はずっと机に向かっていたから、少し頭が痛くなっちまった」
「あぁ、全然良いっすよ。何なら、明日歩きながらでも良いっすし」
「……そうだな。そうしよう」
俺はグラスを持ち、立ち上がる。
少しふらつきそうになるのを堪えながら、窓際まで移動した。
そして、ポケットの中の小瓶を、マックに見えないように取り出し、蓋を開ける。
中から取り出した一粒の錠剤は、少し黄色がかった色をしていた。
意を決して薬を口に含み、グラスの水を飲み干す。
そして、そのまま動かず、効き目が現れるのを待った。
するとどうだろう。
数秒間頭が熱くなるような感覚があった後、徐々に気持ち悪さや怠さが消えていき、五分ほどで何の違和感もなくなった。
まだ確定ではないが、ユリちゃんが言っていたことは、きっと本当なのだろう。
この薬は、俺の身体を延命してくれる物だ。
「レイズ殿〜?」
「ん? あぁ、どうした?」
声をかけられ振り向くと、マックは俺の顔色を窺うように覗き込んできた。
そしてすぐに、その顔は笑顔に変わる。
「顔色も良さそうっすね。何かあれば、無理せず言って貰って良いっすからね?」
「……あぁ、すまないな」
随分と寛大なことを言う雇い主様だ。
俺がいなくなった後、立ちの悪い冒険者に舐められないか心配になる。
翌日、願いを込めた手紙を、郵便馬車のいる駅へと持ち込んだ後、俺たちはリーブスを出た。
流石に俺の金も、殆ど底を尽きてしまったため、防具を新調することはできなかったが、それは仕方がないだろう。
俺の希望。
そして終わりに向けた門出は、曇り空の下、少しだけ雨が降っていた。
聞き覚えのある声。少し痩せた頬。そして、酷く疲れたような、光のない瞳……
次話 第26話 氷の魔法士
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