3話 ピリオド
俺の家を出てから数十分は経っただろうか。
俺たちは襲いくる魔獣たちを躱しながら南西へと走っている。
俺たち以外の人たちも必死に逃げていたが、混乱は激しく、収拾のつかない状況に陥っていた。
これまでで分かったことは、奴らは炎属性の魔法を使い、物理的な防御力がかなり高いということだ。
そして、幸いにも足はそれほど速くない。
俺やフレンもあまり足が速いほうではないが、一時的にでも距離を取れれば、なんとか振り切ることができた。
また、フレンや俺の魔法属性も相性が良い。
フレンの氷属性魔法は攻撃時、俺の土属性魔法は防御時に有効だった。
道のりは順調だったが、距離が進むにつれてフレンの息が上がってくる。
足取りも心なしか重そうだった。
魔力を消費しながら走り続けているのだから無理もない。
それに、フレンは魔法士なのだ。
普段走り回るような役どころでもない。
「フレン、少し休もう」
「何言ってんの……まだ半分も行ってないのに……」
フレンは怪訝そうに俺を睨んだ。
『疲れてるんだから喋らせないで』なんて言葉が聞こえてきそうだ。
しかし、こちらとて易々と引き下がるわけにはいかない。
まだ半分以上も道のりがあるからこそ、休息は必要なのだ。
最初に爆発があった場所からはそれなりに離れてきているし、魔族の攻勢は少しずつ弱まってきている。
今がそのタイミングだと俺は思う。
周囲を見渡すと、食料品を販売する小売店が目についた。
半壊はしているが炎上はしておらず、中の商品が無事な可能性も十分あるだろう。
俺は半ば強引にフレンを引っ張り、その店まで連れて行った。
当然人の気配はなく、店の中は静まり返っている。
「こんな所に座り込んで……建物が囲まれたらどうするのよ」
「ここからカボツ村まではまだ距離がある。休まないと、ゴールまでもたないぞ。休憩は必要だ。五分休んだら出るからな」
俺を恨めしそうに見るフレンを尻目に、何か飲み物が残っていないか店を物色する。
「別において行っても良いのに……」
「……」
フレンは少し弱気になっているのかもしれない。
恐らく残りの魔力も少ないのだろう。
魔法を使うには魔力を消費する。
フレンは元々の魔力量が少ないわけではないが、昼間の消耗もあるだろうし、ここにくるまでだってかなり魔法を連発していた。
魔力が底をつきそうになっていたとしても仕方がない。
むしろここまでよく持たせてくれたものだ。
魔力は十分な休息をとり、時間をかけて自然に回復を待つのが一般的だ。
だが、今はそんな状況でもない。
一時的に魔力を補うマジックポーションも、冒険者には一般的なアイテムだが、とるものもとりあえず出てきているのだから、そんな物が手元にあるはずはなかった。
「今回のは本当に死ぬかもしれない……私を連れていくより、レイズ一人で行ったほうが助かる確率は高いでしょ?」
「何言ってんだよ。フレンをおいて行けるわけないだろ?」
「魔力を使いきったら足を引っ張るだけなんだよ?」
「……それでもだよ」
運良く、革袋と水樽に無事な物があった。
お互いに水分補給をした後、フレンに革袋に入れた水を持たせ、再び通りに出る。
幸いにも、周辺に魔獣たちの気配はない。
廃墟と化した店から、五キロメートルくらいは走っただろうか。
街の建物も少なくなり、燃え盛る炎の明かりもだいぶ遠ざかってきていた。
体力の消耗は激しかったが、少し心の余裕もできてきたように思える。
集合住宅が多く建つ通りの中、進行方向に小さな掲示板があった。
普段は地域のイベントや、商店の安売り情報などが貼り出される場所だ。
そして、その前に一人の人影が見える。
その人影は、誰かを探しているかのように、しきりに辺りを見回していた。
俺はそこを通りがかった時、足が止まってしまった。
そのまま通り過ぎようとしていたフレンも、少し行って慌てて足を止める。
「レイズ!!」
「ちょっと待ってくれ!」
フレンは怒ったような声を上げた。
目の前で困惑したように俺を見上げるのは、小柄な獣人の少女だった。
鼠種の亜種だろうか。
獣に近い少し丸みのある耳が頭にあるが、特徴的な長いしっぽはなさそうに見える。
黒い髪は肩より少し上くらいの長さで整えられていて、清廉な印象を受けた。
年は恐らく十代半ばといったところか。
冒険者という感じには見えないが、腰の後ろに細身の剣を差していた。
「君は誰かを探しているのかい?」
ここにくるまで、他人を気にしているような余裕はなかった。
フレンを守るだけで精一杯だった。
ただ今になって、目の前の儚げな命が、まだ救える命に見えたのだ。
放っておくことなどできなかった。
「ここはとても危険なんだ。君の探している人もきっと避難してる。良かったら僕たちとこないかい?」
俺は少女に恐怖心を与えないよう、精一杯屈んで手を差し出した。
「……あっ、あの」
「レイズ!!」
やっと紡がれた少女の言葉を遮るように、フレンの声が響く。
「私たちにそんな余裕なんてない! 可哀想だけどおいて行くしかないのよ!」
「救える命だろ! 放っておけるわけない!」
「気持ちは分かるけどっ! 冷静になってよ!」
俺もフレンも、思わず語気が強くなる。
フレンの言っていることが正しい。
ましてやフレンだって満身創痍なのだ。
見ず知らずの人にまで手を差しのべる余裕はない。
頭では分かっているのだが、それを良しとすることができなかった。
「……私は大丈夫だから」
少女は俺の手をとらなかった。
少し俯き、俺から目を逸らす。
とても残念だった。
ただ、そこまで言うのなら無理強いはできない。
俺も手をおろす。
フレンの安堵したような溜め息が聞こえてきた。
その時だ。
少女の後ろにある建物が、強烈な光を放ち、爆ぜた。
現れたのは、溶岩石のような身体に炎を纏う魔族だ。
そして、それはあまりにも大きかった。
これまでの魔獣たちとは桁違いのスケール。
圧倒的な威圧感。
戦わずして、打ちのめされるような敗北感。
さながら炎の巨人といった風体だった。
炎の巨人は炎を纏った大剣を持っており、その剣が正面から打ち出される。
俺は反射的に右手で少女の肩を掴み、突き飛ばした。
それと同時に土属性魔法を発動する。
回避は間に合わないと感覚的に判断した。
「“マッド・ウォール”!」
詠唱からコンマ数秒、地面に緑色の光が灯る。
そして、大いなる大地が隆起し、土の壁が迫り上がってきた。
炎の巨人の剣が掲示板を破壊し、俺の眼前に迫る。
その刹那、魔法の発動が間に合い、俺の目の前は土の壁に覆われた。
火や雷、風属性魔法などに強く、打撃にも強い。
防御魔法の中でも優秀な部類に入る魔法だ。
しかし、炎の巨人の剣は土の壁をも貫通した。
俺の魔法は通用しなかったのだ。
死を覚悟する。
その時、まるで時が止まったように感じた。
俺が突飛ばした少女は、炎の巨人の攻撃範囲を外れ、地面に両手をついている。
フレンは目を見開きながら、こちらに手を伸ばしていた。
これまでの記憶が、早送りで脳裏に浮かぶ。
クリスや家族と過ごした少年時代。
ジークやフレンたちと切磋琢磨したこれまで。
楽しいことも、苦しいことも沢山あった。
全てに意味があり、かけがえのない時間だったと思う。
「レイズーー!!」
気づいた時には、炎の巨人の剣は俺の腹部を貫通していた。
鎧は意味を成さず、内臓は破裂し、大量の血が流れている。
身体の感覚は既になかった。
もう助からない。
どうにもならない。
当然だが、初めて知る死の感覚だった。
炎の巨人が剣をおろし、俺の身体は地に落ちる。
その瞬間、身体の角度が変わりフレンと目が合った。
フレンの顔は唖然としたように、口が半開きになっていた。
「逃げろ」
俺の精一杯だった。
フレンには生きて欲しい。
この街にきてからというもの、フレンには沢山の恩があった。
とてもじゃないが返しきれていない。
情けない。
無念だった。
自分は凡人で、大した取り柄などなかった。
その分努力をした。
自分に甘えなかった。
レイヤ5になってやっと胸が張れると思った。
それでも、守りたい人、一人守れない。
フレンのことも、獣人の少女のことも。
自分は弱くてどうしようもなかった。
有名なんてなれず、クリスの隣に立つことはもう叶わない。
(クリスごめん。俺、帰れないわ)




