2話 闇夜は赤く燃える
赤く燃える空を見て、嫌な予感がした。
他国からの侵略か、それとも魔族たちの襲撃か、はたまた、ただの事故なのか。
何も分からないが、野次馬的に群がっていく人たちを見て、危険な感じがしたのだ。
寒いはずなのに、俺の身体がじわりと汗ばむ。
「痛た~! 凄い爆発だったね! 何かの事故かな?」
「あっちは軍の施設がある方だぜ。爆薬の誤爆発とかか? 結構大事だぜありゃ」
「……何か嫌な感じがする。武器を取りに戻ったほうが良いかもしれない」
ジークとフレンは、キョトンとした顔で俺を見ていた。
そんな必要があるのかと、言いたげに見える。
「よ、用心するのに越したことはないもんね? レイズが言うならそうするよ!」
優しいフレンが俺のフォローをしてくれた。
「ほらジークも! さっさと帰った帰った!」
「あ、あぁ……」
フレンの言葉でジークがとぼとぼと家路につく。
俺のほうを振り返ったフレンは、軽くウィンクをしてきた。
根拠のない、漠然とした俺の不安に対して、気を遣ってくれたのが分かる。
俺も感謝の気持ちを込めて、自嘲気味に笑って見せた。
「できるだけ急いだほうが良いと思う。走れるか?」
「ちょっと酔っ払っちゃってるけど、頑張るよ」
フレンは苦笑いをしながらも、俺の要求に答えてくれた。
フレンの家は、俺の家から少し先に行った所にある。
俺たちは行動を共にすることにして、ひとまず俺の家に向かった。
最初の爆発から十分も経っていないのだが、俺たちを取り巻く状況は一変していた。
あれから何度も爆発音が鳴り、火の手はさらに広がりを見せている。
「レイズ! これ、絶対ヤバいよね!」
フレンの顔にも、先ほどまでの余裕は消え、額に汗が滲んでいた。
「あぁ! これだけ早いと、軍も冒険者ギルドも対応できない! 早く武器を手に入れないと!」
「とりあえず目標はどこにする?! どこまで行ったら安全かな?!」
「分からんけど……カボツ村くらいまで行けば大丈夫なんじゃないか?」
カボツ村は、この街から南西に二十キロメートルほど行った所にある小さな村だ。
村の産業は九割が農業という、のどかでごくありふれた農村だった。
「カボツ村~? 何で?!」
「あそこは近くに関所があるだろ? 小規模だけど、警備隊もいるはずだ」
「関所……あ~あったかも? でもだいぶ遠いよね。ガチマラソンじゃん!」
「仕方ないだろ! とりあえず目標はカボツ村だ!」
フレンは俺の言葉を肯定するように頷き、笑った。
冒険者としての俺のキャリアの中で、何度この笑顔から勇気を貰ったか分からない。
そのまま何とか俺の家にたどり着き、鍵を開けて家に入る。
「お邪魔しま~す」
フレンは、少し緊張した面持ちで俺の家に入った。
そういえば、フレンを家に上げるのは初めてのことだった。
昨日飲んだビール瓶や、今朝のコーヒーなどが出しっぱなしで置かれている。
こんなことならもう少し整理しておけば良かった。
そんなことを考えていると、まだ自分には余裕があるのだと気づく。
愛用の槍を取り、防具に手をかける。
その時、爆音と共に俺の家の玄関が吹き飛び、奔流のような火炎が勢い良く流れ込んできた。
「“プロテクト”!」
フレンの詠唱と共に、虚空に黄色い光が灯り、出現した魔力の壁が炎を拡散させる。
そして次の瞬間、狼らしき姿をしたものがフレン目がけて突っ込んできた。
「フレン下がれ!」
俺の声に反応して、フレンはバックステップを踏んだ。
俺はフレンの前に出て、狼らしきものの突進を槍で防ぐ。
受け止めた瞬間甲高い炸裂音が響き、岩にでも当たったかのような印象を受けた。
恐らく、この相手には槍の刃は通らない。
狼らしきものは、人間の腰ほどの体高で、小さな岩石の集合体のような身体を持っていた。
そして、手足や背中には炎を纏っている。
恐らく魔獣の類だろうが、見たことも聞いたこともない種族だ。
「フレン! エンチャント頼む!」
「任せて! “アイス・ブランド”!」
槍に青い光が灯る。
冷気と魔力を纏った槍は、強度や貫通力が増すだけでなく、魔法効果が付与された槍となる。
魔法属性も敵との相性が良いはずだ。
俺はその槍を振りかざし、狼らしきものを牽制した。
敵はこちらに怯むことなく突っ込んでくる。
「うおぉぉ!!」
声を張り上げると共に、鋭く突き出した槍が狼らしきものの腹部を捉えた。
槍は真っ直ぐ突き刺さり、一瞬でその腹部を氷結させる。
素早く槍を引き、次は頭部を貫く。
凍りづけにされた狼らしきものは、その場に倒れ沈黙した。
「見たことない奴だね……」
「あぁ。それに、結構固い。何匹もってなるとしんどいかもな」
狼らしきものが襲ってきた時点で、今回の件は魔族の襲撃という線が固そうだ。
魔族は俺たち人族を襲い、喰らう。
しかし、基本的に絶対数が少なく、このように街を襲撃することなど異例のことだった。
「ここがやられたってことはフレンの家も危ない。急ごう!」
「いや、私の家はいいよ。この分だと、そんな時間なさそうだし。私はどうせ防具くらいしかないから」
フレンの格好は、何の防御力もない完全な私服だった。
しかも、上はジャケットを羽織っているものの、下はストッキングとショートパンツといった服装をしている。
もし、魔族たちの攻撃を受けでもしたら、怪我だけでは済まないだろう。
「私は基本的に接近しないし、家に戻る時間のほうが惜しいと思う。その分距離を稼いだほうが良いんじゃないかな?」
フレンの言うことにも一理ある。
確かに、この状況で最も重要なことはスピードなのかもしれない。
数分の遅れが、死に繋がる可能性は大いにあるだろう。
ただ、それでも防具なしというのはあまりに危険に思えた。
「そうかもしれないけど、それは危険過ぎるって」
「いいから! ほら、さっさと防具を着ける! レイズは接近戦がメインなんだから!」
「あ、あぁ……」
火の手が上がる部屋の中で、フレンに背中を向けて素早く防具を身に着ける。
金属製の鎧の上から、フレンの手が俺の背中に触れるのを感じた。
「レイズ、気持ちは嬉しいけど、私には防御魔法もある。それでも駄目なら、ちょっとした防具なんて着けてても無駄だよ。それに……」
フレンは呟くような声で俺を諭す。
こんな異常事態だというのに、フレンもまた冷静だった。
俺たちは一人ではない。
冒険者として何度も苦境を乗り越えてきた仲間だ。
二人ならなんとかなるという根拠のない自信が、俺たちを支えているのかもしれない。
「レイズが前に出て、私を守ってくれるんでしょ?」
フレンの言葉は、背中越しに俺を奮い立たせた。
“信頼”という名の重圧が、俺の心を熱くする。
俺が前に出て仲間を守り、フレンが後方から魔法を放つというのはいつものパターンだ。
今回もそれをやれば良い。
それだけの話だ。
何も無謀なことじゃない。
「……そうだな」
「よし! それじゃあ行くよ!」
フレンの号令を合図に、家を飛び出す。
色々な思い出の詰まった家だったが、この分ではもう駄目だろう。
クリスからの手紙も、きっと全部燃えてなくなる。
ちゃんと束にして纏めてあったのだから、持ってくれば良かったと後悔の念に駆られた。
しかし、そんな甘い考えはすぐに吹き飛ぶこととなる。
家を出た先は、既に火の海が広がっていた。
先ほど襲ってきた、狼らしきものも数匹確認できる。
この道は、今まで通ってきたどんな道よりも、険しく厳しい道となるだろう。
「まさに地獄って感じね……」
冬であることを忘れるほど空気が熱く、焦げ臭い煙が天に昇っている。
覚悟を決め、俺たちは前へと踏み出した。




