21話 さよなら
目が覚めた時、少し青みがかった灰色の土が見え、今が夜であることが分かった。
背中には固い感触があり、大きな石が俺の背中を支えている。
身体に痛みやだるさはなく、傷もない。
恐らく俺は、アメリアにやられてしまったのだろう。
アメリアに立ち向かった時、俺は一瞬で意識を刈り取られてしまった。
もしかすると、俺やユリちゃんのような蘇生魔法によって造り出された者は、その創造主であるアメリアに抵抗できない何かがあるのかもしれない。
それにしても、何故俺は生きているのだろうか。
俺はアメリアに槍を向け、明確に殺意を持って攻撃した。
そんな俺を、アメリアは何故殺さなかったのだろう。
昨日アメリアは、俺の冒険者としての力が必要だと言った。
ここまできて、それだけのはずがあるだろうか。
高レイヤの冒険者と言っても、俺なんかよりも優秀な奴は山ほどいるだろうし、俺にはユリちゃんほどの強さはない。
俺を生かしておく理由としては弱すぎる。
「ここは……どこだ?」
辺りを見回すと、一面の草原が広がっており、ここが街の中ではないことが分かる。
そして、近くには見覚えのある荷車が停まっていた。
「……レイズさん起きた?」
声がしたのは、俺の頭上だった。
大きな石の上に、ユリちゃんがちょこんと座っている。
俺は素早く立ち上がり、武器を探したが、当然周囲にそれらしい物はない。
ユリちゃんは、寂しげな目で俺を見下ろしていた。
「……槍なら、あそこにある」
ユリちゃんは、停まっている荷車を指差して言った。
目を凝らして見ると、槍だけでなく俺の荷物やユリちゃんたちの荷物も荷車に入っているのが見える。
どうやらご親切に持ってきてくれたようだ。
何故こんなことをするのか、わけが分からない。
これではまるで、俺に『自由にしろ』と言っているようなものだ。
アメリアは俺を側に置くことに執着していたのではなかったのだろうか。
「ユリちゃん、君は……」
ユリちゃんは膝を畳み、更に小さくなる。
「……ここにいるのは私だけ。アメリアはいない」
ユリちゃんの細身の剣は、大きな石の下に置かれており、殺気も感じられない。
その消え入るような声から、悲しみの感情が伝わってくるだけだ。
ユリちゃんもまた、アメリアの協力者であることは間違いない。
ただこの娘には、アメリアに対するような憎しみは湧いてこなかった。
俺と同じ、蘇生魔法に翻弄される少女であるという事実が、俺をそうさせるのかもしれない。
「今は、どうなって、どういう状況なのかな?」
「……ここはホクレイの外。少し遠回りしながら、家に帰る途中」
辺りを見回すと、かなり遠くに街の明かりが見える。
地形的にも、ホクレイの近郊であることは間違いなさそうだ。
ホクレイの街はいったいどうなったのだろうか。
もしかしたら、未だに戦いは続いているのかもしれない。
「街は、どうなったの?」
「……私には、分からない」
「そう……」
「……レイズさんは、家には帰ってこない?」
ユリちゃんは声を震わせながら、首を傾げた。
月明りに照らされた少女は、その瞳に涙を溜めているように見える。
「そう……だね。少なくとも、あの屋敷には帰れない。アメリア……さんは、どこにいるの?」
ユリちゃんは黙って首を横に振る。
「……言えない。レイズさんとアメリアが戦うところなんて見たくない」
「そっか……」
「……私は、レイズさんと、アメリアと、皆で一緒にご飯を食べて、一緒にお話しをしたり、お掃除をしたり、そんな風に暮らしたい。それは、できないことなの?」
ユリちゃんの純粋で切実な願いが、俺の胸を締めつける。
しかしそれは、俺にとって到底許容できることではない。
「ユリちゃんの気持ちは嬉しいけど、俺にはそれはできない。ユリちゃんは、アメリア……さんのことはどこまで知ってるの?」
「……アメリアのこと?」
ユリちゃんは不思議そうに首を傾げる。
もしかしたら、ユリちゃんはアメリアの本当の顔を知らないのかもしれない。
知らないほうが幸せということもあるかもしれないが、知ることもまたユリちゃんの権利だ。
もしもユリちゃんが望むのなら、俺はこの娘のことも、アメリアから解放してあげたい。
「そう。例えば、俺たちがの使ったリンク・ストーンは、どこからきた物なのかとか」
「……あれは、魔族のお城からきた物」
「……知ってたのか」
ユリちゃんは黙って頷く。
そして、首を傾げながら、口を開いた。
「……レイズさん。アメリアのしてることの、何がそんなに悪いの?」
思わず、言葉を失った。
もしかしたら、このユリちゃんのような存在こそ、アメリアが俺たちに求める形なのかもしれない。
ユリちゃんは、ただ純粋にアメリアを慕い、ともに生きている。
自分を真っ直ぐに慕い、何でも言うことを聞く存在など、都合の良いことこの上ないだろう。
アメリアは、俺たちの身体だけでなく、精神にも干渉してくる。
もしかしたらユリちゃんは、その過程で正常な倫理観すら失ってしまったのかもしれない。
「ユリちゃん。アメリアのしていることは、多くの人族を傷つけることに繋がっているんだ。この国の人たちは皆、傷つき恐怖に怯えている。それはとても悪いことじゃないかい?」
「……それは、魔族の人たちがしたこと。アメリアは誰も傷つけてない」
「少なくとも、このホクレイを襲った骸骨たちは、アメリアの魔法が生み出したものだよ?」
「……そ、それも、使ったのは魔族の人たちで、アメリアは何もしてない」
「……」
驚くほど話にならない。
実行したのは魔族たちだから、アメリアは悪くないなんて理屈が通るはずがない。
元々魔族のものだった技術はまだしも、蘇生魔法に関しては、アメリアは人を殺すための手段を魔族に渡したことになる。
武器を使った奴だけが悪なのだろうか。
違う。
武器を渡した奴も十分悪だ。
「……わ、私は、アメリアに沢山のものを貰った。ご飯の温かさも、言葉の心地良さも、全部、アメリアが教えてくれた。私は、アメリアのことが好き」
「……そっか。分かった」
ユリちゃんのアメリアに対する信頼は、絶大的なものだ。
ユリちゃんの理論には、ユリちゃんの感情が多分に含まれている。
それを一つ一つ説明していったとしても、きっと俺の言葉はこの娘には届かない。
善悪の解釈以前に、ユリちゃんはアメリアを盲目的に信じているのだ。
俺は荷車に向かい、諸々の荷物を手に取る。
中身を見てみるが、特段怪しいところはなさそうだった。
俺はアメリアが憎い。
あいつは俺を弄び、利用し、尊厳すらも踏みにじった。
許せるわけがない。
その上で、何か思惑を感じる状況なのだ。
アメリアのほくそ笑む顔が浮かんできて、余計に腹が立ってくる。
できることなら、今ここに引きずり出して、洗いざらい吐かせた上で、殺してやりたいとすら思う。
後ろにいるユリちゃんは、恐らくアメリアの居場所を知っている。
力ずくででも居場所を吐かせることができるのなら、それも選択肢の一つだが、それは難しいだろう。
何よりユリちゃんはかなり強く、俺が彼女を組み伏せられる可能性は低い。
俺たちが使ったリンク・ストーンの前で待ち伏せするという方法もあるが、それも同じ理由で難しい。
それに、最後にアメリアにやられたように、抵抗の余地なくやられてしまっては、あまりに無意味な抵抗に終わってしまう。
そんな形だけの抵抗では、何の意味もない。
俺はどうすれば、アメリアに一矢報いることができるだろうか。
「……レイズさん。これ」
立ち尽くしていると、ユリちゃんは石の上から降りて、俺に小瓶を差し出してきた。
薬のような物が入った小さな瓶だ。
そのラベルには『ユリ』とだけ、綺麗な文字で書かれている。
「……これは?」
「……その、体調が良くなる薬。辛くなった時、飲むと楽になる。え、えっと、一ヶ月分はないと思うけど、これがあればレイズさんの時間も増えると思う。私は、アメリアに言えば貰えるから」
果たして、受け取って良い物なのだろうか。
確かに、俺の生きながらえる時間が増えるということは、非常に魅力的だ。
しかし、これは間違いなくアメリアが調合したものだろう。
そんな物を口にするということを考えるだけでもおぞましい。
「……わ、私、レイズさんが私を助けてくれた時、何で、レイズさんが私を庇ってくれたのか分からなかった。レイズさんとお話ができれば、それが分かるのかもしれないと思って、アメリアにお願いしたの。そ、それで、レイズさんが辛い思いをしたのなら、全部わたしのせい。本当に、ごめんなさい」
ユリちゃんの涙腺は決壊し、大粒の涙がその両頬を濡らしていた。
この娘は、本気でアメリアが自分のお願いを聞いて、俺に蘇生魔法を使ったと思っているのだろう。
ユリちゃんの人格が、本当にユリちゃんのものなのかは俺には分からない。
ただ、こんなにも純粋で、こんなにも想いの乗った涙に、何の打算があるだろうか。
アメリアにあったとしても、この娘自身には、そんなものはない。
ユリちゃんは出会った時から今まで、ずっとこうだったはずだ。
思わず貰い泣きしそうになり、俺は涙に暮れるユリちゃんを優しく抱きしめ、頭を撫でた。
「ユ、ユリちゃんが悪いわけじゃない。俺のほうこそごめん」
ユリちゃんは激しく首を横に振り、何度も俺に謝った。
俺の胸の中でしゃくりあげる背中は、あまりに小さく、そして儚い。
思えば、俺がユリちゃんを庇った理由なんて、たいしたものじゃなかったはずだ。
あの時俺がするべきことは、俺を信じてくれていたフレンを最後まで守ることだった。
それに、元も子もないことを言えば、ユリちゃんは俺がいなくても自力で何とかできただろう。
安っぽいヒロイズムに浸り、誰も守れず、勝手に死んだ自己満足野郎は俺だ。
俺は残された最期の時間を使って、アメリアに復讐することばかり考えていた。
もし、アメリアに玉砕覚悟で挑み、一矢報いたとしてどうなる。
俺の自己満足以外に何が残る。
自分だけ満足して、それで終わりだというのなら、何てくだらない時間だろう。
一度死んでおいて、結局俺は自分のことだけだ。
何も変わらない。
無性に、自分に対して腹が立ち、情けないと思った。
俺が、これから最期の命を燃やしてするべきことは、単なるアメリアへの復讐ではないはずだ。
俺がするべきことは、必ず意義のあるものでなくてはならない。
俺にしかできないこと。
俺だけが残せるもの。
あるじゃないか。
アメリアの元で、俺自身が見たものや体験したことは、一人の人族として唯一と言って良いものだ。
魔族の技術も魔法も、俺は知っている。
俺一人が知っていても大勢は変えられないし、たいした意味を持たないかもしれない。
なら、この世界ならどうだ。
俺の持つ情報は、人族全体にとって、今の苦しい戦局を変える呼び水になり得るのではないだろうか。
ユリちゃんが落ち着くのを待って、その身体を解放する。
ユリちゃんは、目を腫らしながら俺を見上げた。
そして俺は、少しだけ笑って見せる。
およそ笑えるような気分ではなかったはずなのに、不思議なものだ。
「ユリちゃんの気持ちは十分過ぎるくらいに伝わってきたよ。ありがとう。これは、受け取っておくよ」
俺は、ユリちゃんの手の中から薬の入った小瓶を取り、荷物の中に入れた。
そして、ユリちゃんに背中を向ける。
この薬を飲むかどうかはまだ分からない。
要は、必要かどうかだ。
それはアメリアの思惑など関係なく、俺が俺自身で決める。
勿論、アメリアに対する憎しみは変わらない。
むしろ、ユリちゃんをも利用しているあいつに、更に憎しみが募ったくらいだ。
ただ、俺にはやるべきことがある。
それだけのことだ。
「……レイズさん」
不意に、呼び止められる。
しかし、俺は振り返らない。
俺は背中越しに手を振り、ユリちゃんへの『さよなら』の代わりにした。
今回の話で、第二章は完結となります。
もし、ここまで読んで下さった方がいるのなら、それはとても幸福なことだと思っております。
流行りのジャンルでもないですし、自分の文章力にも自信はありません。
それでも、読んで頂けている皆さんには、本当に感謝しています。
貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございます。次章も是非、楽しんで頂ければ幸いです。
土や枝葉を被り隠れるように仮眠を取った俺は、身体を起こし西へと向かった。そして、自らのタイムリミットに焦り、奔走する……
次話 3章 Road to hope 第22話 Miss Swing
是非、見て頂けると嬉しいです!




