20話 解放
目指したのは、時計台だった。
通りには、息絶えた兵士たちや消滅したであろう骸骨の装備品などが散乱している。
その中から一本、槍を拾い杖替わりにして歩いた。
それほど遠くはない道のりのはずなのだが、まるで永遠のように長く、険しく感じる。
その道すがら、俺はアメリアの屋敷での日々を思い出した。
アメリアの、ユリちゃんの笑顔は、言葉は、いったい何だったのだろうか。
俺は弄ばれていたのだろうか。
何故そんな必要があったのだろうか。
それなら、アメリアの目的はいったい何なのだろうか。
俺の傷はすっかり塞がり、最早痛みはなかった。
こんな気持ち悪い身体で、俺はいったい何を求められているのだろうか。
そもそも、俺が俺でいられるのかも分からない。
「レイズさん!」
不意に、俺を呼ぶ声がした。
今ではすっかり聞き慣れてしまった、透き通るような女性の声だ。
時計台に向かう途中、瓦礫の散乱する路地裏で、振り返った先にアメリアがいた。
「レイズさん、良かった! 探したんですよ? ご無事で何よりです!」
俺に駆け寄ってくるアメリアを見る。
美しく、可憐であるはずのアメリアが、俺には翼の生えた悪魔のように見えた。
「レイズ……さん?」
アメリアは、何かを察したのか、俺の少し手前で足を止める。
俺は、立ち止まったアメリアに槍を向け、構えた。
もし何かあれば、いつでも槍を届く距離だ。
「アメリア……さん。あんた、いったい何者なんだ?」
「……と、言いますと?」
「とぼけないでくれ。リンク・ストーンも、スプーフィングも、それにあんたの使う蘇生魔法も、全部魔族のものだ。そうだろ?」
アメリアは小さく溜め息をつき、肩を落とした。
そして、表情を曇らせ苦笑いをする。
「……それは、半分当たりで半分外れです」
「半分だと……?」
「確かにリンク・ストーンは、魔族の大陸である“魔界”で採れる鉱石です。そして、スプーフィングという魔法もまた、彼らが編み出したものであることは間違いありません」
魔族の大陸など、そんなものが存在するという話は聞いたことはない。
ただアメリアは、言い逃れをするでもなく、静かに目を伏せ淡々と語った。
そこに何の感情があるのか、その表情からは読み取ることができない。
「ただ、蘇生魔法はあくまで私の魔法です。レイズさんが言っているのはあの骸骨兵たちのことでしょうが、あれはレイズさんとはまったく別の存在と言って良いでしょう。何の感情も、記憶も持たない者たちで、五感すらも満足にはありません。あれでは命などではなく、ただの兵器です」
アメリアは話しながら、徐々に肩を震わせていった。
少しづつ、怒りや苛立ちといった感情を露わにしていく。
しかしその感情は、俺の中で滾るものとはまったく別のものに見えた。
俺は魔法の完成度の話をしたいわけじゃない。
その魔法が人殺しに使われている事実と、俺という存在の関係性、そして魔族の魔法を使う女の目的。
それを聞きたいのだ。
「それじゃあ俺は兵器じゃないのか? あんたの本当の目的はなんだ?」
アメリアは顔を上げ、真っ直ぐに俺の目を見た。
優しくも力強く、意思を持った目だ。
「断じて違います。レイズさんは兵器などではありません。レイズさんがレイズさんでなければ、蘇生魔法など意味を持たないのです。あなたにはあなたの意思で、私の元で生きて欲しい。そして私の目的は、昨日話した通りです。私はこの戦争に加担などしていないし、する気もありません」
「じゃあ何で、あんたは魔族の物を使える? 魔族の魔法が使える? この街を襲った魔族たちと、何も関係ないって言えるのかよ!?」
「……」
アメリアは黙った。
動揺した様子はなく、その立ち姿は依然として堂々としている。
しかしこの沈黙は、彼女と魔族との関係を肯定するものとしか思えない。
「答えられないのか?」
「そうではありません。ただ……」
「ただ?」
「どう伝えれば良いのか分からなくて……せめて、落ち着いた場所で、時間を取って説明させて頂けませんか?」
「駄目だ! 今話せ」
俺は、アメリアがいないと存在を保つことはできない。
だが、良いように飼いならされ、魔族の駒になるなど死んでも御免だ。
もう、はぐらかされはしない。
答え次第では、アメリアを殺す。
もしそれで自分も死ぬとしても、それは本望だ。
どうせ死ぬのなら、せめて人間として死にたい。
俺はアメリアに一歩近づき、その喉元に槍を突きつける。
アメリアは動じず、槍の穂先に手を触れた。
そして、少し寂しげに視線を落とす。
「こうして槍を向けられると、やっぱり怖いものですね」
「……次に動いたら殺す」
「でも、すぐに殺さないということは、レイズさんも少しは、私のことを信用してくれているということですよね?」
「余計なことを喋るな!!」
俺の怒鳴り声に、アメリアは少し委縮したように、一歩後退った。
どうやら、恐怖を感じているということだけは、嘘ではないらしい。
「レイズさん……少し、怖いです」
「あぁ。俺はあんたが怖いよ」
「……」
「……」
アメリアは少し考えた後、諦めたように俯いた。
「……結論からお伝えしますと、リンク・ストーンは魔族からの借り物です。スプーフィングは、リンク・ストーンを使うために習得しました。そして、魔族が使った骸骨兵は、確かに蘇生魔法の一端であり、それを彼らに教えたのは私です。ただそれは、人族を虐げるためにやったわけではありません。リンク・ストーンやスプーフィングは、レア・クリスタルの採集を効率的に行うために有用だった。それに、魔族に魔法を教えたのは、もう二百年も前のことです。それは、魔界において私自身とエレンの身を守るために必要なことでした。理解して頂くことは難しいかもしれませんが私は……」
「もういい……」
俺はアメリアの言葉を遮った。
要は、この女はその魔界とやらに住むエルフだったということだ。
俺はそんなアメリアの元で、身体を造り替えられ、養われ、あまつさえ目的のために利用されていた。
人間という尊厳を奪われた上で、これ以上の屈辱はない。
槍を持つ手に力が入る。
俺は、アメリアが憎い。
心の底から憎い。
どうしようもない怒りと殺意が湧き上がり、はらわたが煮えくり返る。
俺の心が、魂が、震えるのを感じた。
「レイズさん……すみません。“エクス・チェンジ”」
薄紫の光が灯り、その瞬間、頭の中が真っ白になった。
(……あれ? 俺は?)
俺は無意識の内に、構えた槍をおろしていた。
そして、アメリアはゆっくりと歩みを進め、近づいてくる。
手の届く距離までくると、その手を伸ばして、俺の頬に触れた。
「レイズさんのことを見つけた時、魂に曇りがあるのが見えました。きっと、辛いことがあったんですよね? 何があったのか、私に話してみて下さい。そして、私にも話をさせて下さい」
アメリアさんの言葉が、驚くほどにすんなりと頭に入ってくる。
確かに、俺にとって辛いことばかりだった。
セレーヌさんや、他の人族たちからの拒絶。
そして、アメリアさんの告白もまた、俺の心に大きな傷をつけた。
「できれば、少し昔話をさせて下さい。もしかしたら、レイズさんとももう少し良い関係になれるかもしれません。落ち着いた場所でゆっくりと。そうですね、紅茶でも飲みながら、二人で話をしましょう」
確かに、アメリアさんの言う通りかもしれない。
一度落ち着いて話をするべきだ。
善悪の区別なんてものは、人それぞれ違うものなのだから、ちゃんと理由や経緯を聞いた上で判断するのでも、遅くはないだろう。
それにしても、アメリアさんのことが不思議なほどに愛おしく思える。
(アメリアさんは綺麗だ?……違う……俺はもしかしたら、アメリアさんのことが好きなのかもしれない?……違う! ……俺はアメリアさんを愛している?……違う!! これは、これは俺の感情じゃない!!)
「あああああああああ!!」
「きゃあ!」
俺はアメリアを突き飛ばし、近くにあった壁に頭を打ちつけた。
強い衝撃が走り、頭が朦朧とする。
「レ、レイズさん! 頭はだめです!」
「うるせえぇぇええ!!」
「っ……! “プロテクト”!」
滅茶苦茶に振った槍が、アメリアの作りだした魔力壁を捉える。
そして、急激に頭が冴え、アメリアに対する激情が再び燃え上がった。
槍を持ち換え、今度は的確に鋭く、アメリアに向かって突き出す。
しかし、アメリアの魔法も流石であり、正確に魔力壁を展開され、そう簡単に槍は通らない。
「レイズさん、どうして……」
「俺は、お前の思い通りになんかならねぇ! 俺は、お前の人形じゃねぇ!!」
「っ……!」
ほとばしる怒りと憎しみが、俺を掻き立てる。
俺が俺であるために、アメリアは、この女は、殺さなくてはならない。
「仕方ありません、“リブート”!」
アメリアの詠唱の後、今度は目の前が真っ暗になった。
皆で一緒にご飯を食べて、一緒にお話しをしたり、お掃除をしたり、そんな風に暮らしたい。それは、できないことなの……?
次話 第21話 さよなら
是非、見て頂けると嬉しいです!




