18話 薄紫
魔族の襲来は、何の前触れもなく起こった。
今日、街の外からホクレイを見た時、ホクレイの周りに魔族が集結しているような様子はなかったはずだ。
それなのに、魔族たちは既に街中へ侵入している。
ディバロでのあの夜が、脳裏にフラッシュバックされ、俺の胸を締めつけた。
「セレーヌさん。アレク君を」
「レ、レイズ君……」
泣き叫ぶアレク君をセレーヌさんに手渡し、槍を抜いて頭の中を素早く切り替える。
今俺がするべきことは、ジークの忘れ形見である目の前の二人を、確実に守り抜くことだ。
「セレーヌさん。俺がセレーヌさんたちを守ります。この街に、避難できる場所はありますか?」
「……一応こういう場合を想定して、避難所が決められているわ。ここから一番近いのは、“ホクレイ中央図書館”ね。あそこも今は、軍と地元の冒険者が常駐しているはずよ。走れば十五分くらいで行けると思う!」
セレーヌさんは、流石元冒険者であり俺の先輩だ。
この状況でも取り乱すことなく、落ち着いている。
もし、ディバロの時のような戦力で攻め込まれれば、街のどこにいようと安全な場所などないだろうが、闇雲に走るよりは戦力が集まり易いところに行くのが良いだろう。
避難所が決められているのであれば、ひとまずそこを目指すのが得策に思えた。
「分かりました。まずはそこを目指しましょう。案内お願いします!」
「ええ! 分かったわ! まずは右の通りを真っ直ぐ行って、突き当りを左よ!」
「了解です!」
混乱する群衆の中、俺たちは図書館に向けて走り出した。
そして通りに入ってすぐ、見えてきたのは皮の鎧を着て剣を持つ、骸骨のような魔族たちだ。
数は三匹。
骸骨の魔族など、見たことも聞いたこともない。
「どけえぇぇええ!!」
俺は勢いのままに突っ込み、槍で骸骨たちを薙ぎ払う。
骸骨たちはあっけなく吹き飛ばされ、その身体の骨を離散させたが、すぐに薄紫の光を放ちながら立ち上がり、徐々に再生していった。
(薄紫の光? あれはまるで……)
それは、俺の身体から出る光と同じに思えた。
「“ウィンド・カッター”!」
若草色の光が虚空に灯り、風の刃が骸骨たちを襲う。
セレーヌさんの風属性魔法だ。
一匹の骸骨が、腰から上と下に真っ二つにされるが、それも数秒でくっつき、再び立ち上がってくる。
まさか、俺もあんな風になるのだろうか。
「クッ、魔法も駄目なの……?」
「……多分、頭です」
「え?」
「多分頭を潰すか、首を落とせば良いんです」
「……レイズ君、あいつらを知ってるの?」
「いえ、なんとなく……勘てやつです」
俺の今の心臓とも言える魔力核という物は、頭にあると言われている。
考えたくはないことだが、もし、この骸骨たちが俺と同じ特徴を持つのなら、その頭をやってしまえば良いはずだ。
「いきます!」
俺は槍で一突き、一匹の骸骨の頭を抉った。
すると骸骨は再生せず崩れ落ち、薄紫の光を放ちながら消滅する。
(何だよこれ……俺も、最後は消滅するって……)
胸が苦しくなり、呼吸が浅くなる。
そんな暇などないというのに、頭の中がぐちゃぐちゃになり、自分が今何をやっているのか、よく分からなくなってきた。
不意に、背中を強く叩かれる。
「レイズ! 守ってくれるんでしょ!? シャキッとしなさい!」
セレーヌさんの鬼気迫る声が、俺の頭に直接響いてくる。
(そうだ……俺は……!!)
俺は気合の咆哮を上げ、残る二匹の骸骨の頭を粉砕した。
幸いにも、骸骨たちの動きは鈍重で、ただ再生してくるというだけの雑魚だ。
頭をやれば良いということが分かれば、特に苦戦するような相手ではない。
「骸骨は頭が弱点だぞーー!!」
俺はそう叫びながら、通りを駆け抜けた。
戦っているのは俺たちだけではない。
少しでも多くの人たちに、情報を届けたかった。
そして俺たちは骸骨たちを蹴散らしながら進み、やがて目的の図書館が見えるところまで進んだ。
すると、少し異質な骸骨を目にすることになる。
三メートルに迫る体高に、竜のような長い尾を持ち、まるで刃物のような鋭い伸長した肋骨を持つ。
そして、頭部にはかなり丈夫そうな兜を被った骸骨だ。
恐らく、元はスラッシュ・リザードという魔族だろう。
推奨討伐レイヤは、レイヤ6の強力な相手だ。
さながら、スカル・リザードとでも命名しておこうか。
スカル・リザードは、骨でありながらもその鋭い肋骨は健在であり、俺たちの目の前で人間を両断して見せた。
そして、複数の骸骨たちとともに、図書館へと迫っている。
「レ、レイズ君……」
セレーヌさんの、少し弱気な声が聞こえた。
アレク君は相変わらず、セレーヌさんに顔を押しつけ泣いている。
「……」
ここを突破して図書館を目指すべきか、それとも別の避難場所を探すべきか、決断の時だった。
しかし次の瞬間、アレク君が身体を反らし、更に大声で泣いてしまう。
その声がスカル・リザードの耳にも届いたのか、スカル・リザードはやや反転し、こちらを向いた。
もうやるしかない。
やらなければ、全員天国行きだ。
俺は一直線に走った。
スカル・リザードもまた、かなりのスピードで向かってくる。
ユリちゃんよりは遅いが、それでも俺よりはだいぶ早い。
その肋骨による斬撃を、何とか槍で受け止める。
だが、すぐにもう片方の肋骨が迫り、俺はすんでのところで顔を伏せて躱した。
しかし、その先に後ろ足が飛び込んできて、俺の身体は軽々と吹っ飛ばされる。
俺は建物に打ちつけられ、地面に転がりながら呻き声を上げた。
あばらが何本か持ってかれたような痛みだ。
普通であれば、内臓もいかれているかもしれない。
「レイズ君!!」
セレーヌさんの悲痛な声が聞こえ、こちらに駆け寄ってくる足音がする。
やがてセレーヌさんは、泣き続けるアレク君を抱えたまま、涙ぐんだ顔で現れ、俺の顔を覗き込んできた。
俺の身体の内側からは、薄紫の光が発光し、十数秒が経った頃、なんとか立ち上がれるようになる。
そして俺が寝ている間に、また何人かやられたようだ。
地面に転がる死体が増えている。
相手は、確実に格上の相手だ。
普通にやっても勝ち目はない。
今の俺にできること。
今の俺にしかできないこと。
それを、最大限に活かす他に、この敵を倒す術はない。
「……セレーヌさん。俺があいつの動きを止めます! その隙にあいつの首を落として下さい!」
「え? あっ?」
セレーヌさんは唖然としたような顔で戸惑っている。
こんなことでは、頼りにすることなど到底できない。
「セレーヌ! シャキッとする!」
「は、はい!」
先ほどのお返しとばかりに、セレーヌさんに強く声をかけた。
セレーヌさんは、相変わらずへたりこんだままだったが、その目ははっきりとスカル・リザードを睨む。
「よし!!」
俺は腹回りの痛みに耐えながら、兵士や冒険者たちを切り裂くスカル・リザードに向かって、勢いよく突っ込んだ。
襲いくる長い尾を、身体を回転させながら躱す。
しかし次の瞬間には、こちらに向き直ったスカル・リザードの鋭い爪が、上から振り下ろされた。
槍での防御を試みるが、木製の柄などでそれが止まるはずもなく、槍は粉砕され、俺の胸から腹にかけてを切り裂く。
「ぐ……はっ……」
激しい痛みで意識が飛びそうになった。
その時、背後から俺の名を呼ぶセレーヌさんの悲痛な叫び声が俺の耳をつんざき、本能的に足が前に出る。
何とか踏みとどまり、スカル・リザードを見上げた。
武器もなければ、強力な魔法もない。
だが、まだ終われない。
倒れるわけにはいかないのだ。
「”マッド・ウォール“!」
足元の地面を隆起させ、足場を作る。
そして俺は、空中へと飛び上がった。
スカル・リザードの迎撃を身体を捻りながら躱そうとするが、躱しきれず左脇腹を切り裂かれる。
最早、傷や痛みに構っている暇などない。
俺は身体ごとスカル・リザードの頭に飛び移り、槍を捨ててその兜の突起を掴んだ。
そのままスカル・リザードの背中側へと身体を持っていき、スカル・リザードは頭を引っ張られ、上を向くような形になる。
「セレーヌ!!」
スカル・リザードは激しく首を振り、俺を振り落とそうとする。
俺は必死にしがみつき、堪えた。
そして次の瞬間、セレーヌの風魔法がスカル・リザードの首元を切り裂き、その頭蓋骨は宙を舞った。
あっさりと舞った首とともに、俺は地面へと落ちる。
硬い鱗を持つ本来のスラッシュ・リザードであれば、こうはいかなかっただろう。
ただの骨だったからこそ、一撃で沈められたのだ。
頭を失ったスカル・リザードの身体は糸が切れたように崩れ落ち、薄紫の光を放ちながら消滅していく。
そして、俺の胸や脇腹からもまた、薄紫の光が激しく発光した。
人ならざる身体。放たれる薄紫の光。それは周囲の人間からすれば、どのように見えるのだろうか……
次話 第19話 DOLL
是非、見て頂けると嬉しいです!




