17話 恐怖を告げる鐘
山菜の入ったパスタが運ばれてくる。
今の戦況を鑑みても、近いうちにこういった食事を店でとることはできなくなるだろう。
そういえば、アメリアさんはどうやって食料を調達しているのだろうか。
屋敷の周りには当然店などもないし、買い出しに行っている様子もない。
俺の前でパスタを口に運んだセレーヌさんは、何だかんだ言っても嬉しそうに頬を綻ばせた。
その顔を見ると、俺も嬉しくなる。
「ジークはどうしてるんですか? 続けてるんですよね? 冒険者は」
「……」
セレーヌさんはパスタを口に運ぶ手を止め、フォークを皿の上に置いた。
そして、少し俯きながらゆっくりと口を開く。
「ジークは、死んだわ」
「え……」
思わず絶句した。
こういう可能性は、十分あり得ることだったはずだ。
俺もまた、ディバロでのあの夜に死んだようなものなのだから。
それにも関わらず、俺はなんて無神経なことを言ったのだろうか。
「す、すみません……」
セレーヌさんは、俯いたまま静かに首を横に振る。
「良いの……仕方のないことだもの。あの日、沢山の人が死んだわ。あの人だけじゃない。それに、私にはアレクもいる。一人じゃないもの……」
セレーヌさんの目に、うっすらと涙の雫が見える。
俺には、何と声をかければ良いのか分からなかった。
「はい! この話は終わりね!」
「あっ、はい!」
セレーヌさんは涙を拭い、空元気とも思える声を上げて沈んだ空気を断ち切った。
そして、涙の跡が見える顔でにこやかに笑う。
「そう言えば、難民キャンプでフレンに会ったわよ。フレンはレイズ君は死んでしまったって言ってたけど……まさか、あなた幽霊じゃないわよね?」
「ち、違いますよ! ほら! 飯だってちゃんと食べれますし!」
俺はかきこむようにパスタを頬張り、笑顔を作って見せた。
多分、下手くそな作り笑いだったと思う。
一瞬、図星を突かれたような気がしたのだ。
俺は断じて幽霊ではない。
では、俺という存在はいったい何なのだろうか。
俺はその答えを持ちあわせていなかった。
「ただの冗談だったのだけど……レイズ君、ちょっと変よ?」
「そ、そうですか……? で、でもフレンが生きていてくれて本当に良かったです。ディバロでのあの夜も一緒だったんですけど、途中ではぐれてしまって……」
「そうだったのね。私が会った時はだいぶ憔悴しているような感じだったけど……少なくともあの日から一週間は無事だったはずよ。フレンはいつの間にかキャンプを出て行ってしまって、行先も分からないのだけど……」
「そうですか……無事でいてくれると良いですけど……」
フレンの生存は、俺にとってかなり喜ばしい情報だった。
あの時、フレンを最後まで守れなかったことが、ずっと心残りだったのだ。
もしかしたら、このまま探していけば、また巡り会うこともできるかもしれない。
フレンは俺が炎の巨人に貫かれるところを見ていたのだから、俺の姿を見たらきっと驚くだろう。
「多分、キャンプがあった場所の近くにいることはないと思うけど……義勇軍にも参加しないって言ってたし。戦いから逃れるのなら北側か西側かしら」
シアイン帝国の地理として、北と西は山が多く、逆に街や要所となるような場所は少ない。
単純に戦火を逃れるのなら、確かにその方面に行くのが賢明だろう。
「他にも、バクスターとかソフィアちゃんにルーク君にも会ったわ。確か、カミネロにも会ったわね。その皆は義勇軍に参加するって言っていたから、きっと今頃は南の戦場か、もしくは、別の戦地にいるんだと思うわ」
皆、俺がディバロで切磋琢磨してきた冒険者たちの名前だった。
それぞれの顔が脳裏に浮かんでくる。
バクスターは俺の同期でお調子者の剣士、ソフィアさんとルークさんはディバロ最強の魔法士と魔法剣士だ。カミネロさんは、確かセレーヌさんやジークと同じくらいの年の人だったと思う。
知った名前がどんどんと出てきて、胸が熱くなってくるのを感じた。
「私の勝手なイメージだけど、レイズ君も無事だったのなら、義勇軍に参加しているのかと思ってたわ」
セレーヌさんの言葉が、胸に突き刺さる。
熱くなった胸を、ナイフで抉られたような感覚だった。
「それは……すみません」
「あっ、ごめんなさい。つい……皆色々あるものね。私だってアレクを守るので精一杯だし」
「いえ……自分でも、情けないと思っています」
自分の手をじっと見つめる。
何の変哲もない、いつもの自分の手だ。
それなのに、俺の身体は俺の自由にはならない。
ふと、アメリアさんのことを考える。
俺はアメリアさんのことを恨んではいない。
ただ、今の自分の身体のことは、とても恨めしく思う。
食事を終えた後、俺はセレーヌさんとともに教会へと向かった。
何でも、今は教会が難民の託児施設を兼ねているようで、セレーヌさんが仕事をしている間、アレク君は教会に預かって貰っているらしい。
どうせならアレク君にも会って行って欲しいとセレーヌさんに頼まれ、俺も一緒に行くことになったのだ。
セレーヌさんは、自分だけ美味しい物を食べたのでは申し訳ないからと、アレク君の好きな甘いパンとジュース、そして果物を買いつつ、アレク君の元へと向かった。
やがて、昨日アメリアさんたちと待ち合わせをした時計台の下に差しかかり、リリア教団の教会が見えてくる。
教会は少し古そうな建物だったが、敷地は広くそれなりに立派な門構えをしていた。
そしてその正門には、祈りを捧げるエルフの女性と、それを囲うように少し細長い花びらを描いた紋章が刻まれている。
これが、リリア教団の紋章だ。
リリア教はシアイン帝国の国教であり、大陸の中でも最も規模の大きな宗教だった。
エルフの女神“リリア”を神として崇めていて、その名は通貨の呼び名にもなっている。
クリスのいる聖騎士団もまた、このリリア教団に属する組織だ。
教会の中へと入ると、近くにいた修道女が挨拶をしてきて、賑やかな子供たちの声がする部屋へと案内される。
部屋を開けると、ざっと二十人くらいの子供たちがいた。
年齢も様々で、乳児もいれば十歳くらいに見える子もいる。
「ママ!!」
セレーヌさんの姿を見つけたアレク君が、目を輝かせながら駆け寄ってきた。
大袈裟に音を立てながら懸命に走る姿は、なんとも愛くるしい。
セレーヌさんは身を屈めてアレク君を向かい入れ、抱き抱える。
アレク君は声を上げながら嬉しそうに笑った。
屈託のない、天使の笑顔だ。
「アレクお待たせ~! 今日も待っててくれてありがとう~!」
セレーヌさんの笑顔はとても綺麗で、温かかった。
思わず俺も表情が緩む。
「アレクほら、レイズお兄ちゃんだよ~」
セレーヌさんはアレク君の顔をこちらに向け、俺とアレク君は目が合う。
「アレク君、久し振り~」
俺は目一杯の笑顔で、挨拶をした。
アレク君は少し驚いた様子だったが、すぐにとびきりの笑顔を返してくれる。
ジークの面影のある笑顔は、あの日の酒場で笑っていた、ジークの笑顔と重なって見えた。
「レイじゅ! いた!」
舌足らずなところもまた、可愛らしい。
アレク君はセレーヌさんの腕の中から身を乗り出し、俺に向かって手を伸ばす。
俺はセレーヌさんに促されアレク君を抱き抱えた。
小さな身体にはしっかりと重みがあり、大人より少しだけ高い体温が心地良い。
「たかいたかい! やって!」
「高い高いか~。良いぞー、何回でもやっちゃうぞ~」
そういえば、アレク君と会った時はいつもこうだった。
俺はジークやセレーヌさんよりも背が高いから、見える景色も違うのだろう。
アレク君の身体を勢いよく振り上げると、悲鳴にも似た甲高い声で笑ってくれた。
数回繰り返し、やがてアレク君は俺の肩の上に座る。
俺は結構子供が好きだし、わりと子供にも好かれるタイプだった。
将来子供は二、三人は欲しいなんて妄想したこともある。
今となっては、それが現実になることはないだろうが。
ふと、部屋の中の子供たちに目がいく。
俺たちとうって変わって、雰囲気は暗い。
俺たちの様子を羨ましそうに見て、不満を態度に現している子もいる。
何というか、子供たちの目には光がなく、何かを諦めてしまったような、そんな目に見えた。
セレーヌさんが修道女と少し話しをした後、俺たちは帰路に就く。
アレク君は相変わらず俺の肩に乗ったままだった。
たいして重くはないのだが、案外首が疲れる。
「アレク~、今日はアレクの好きなメロメロパンを買ってきたわよ~、それにジュースとバナナも! レイズお兄ちゃんが買ってくれたのよ!」
「メロメロパン~!! アレくんだいちゅき! れいじゅ、ありとと~!」
アレク君は興奮した様子で、俺の顔をバシバシと叩いた。
どうやらとても喜んでくれたようだが、細く小さな指が容赦なく目に入ってきそうで怖い。
その時、少し離れたところで何かが爆発したような大きな音が鳴った。
俺の肩に乗るアレク君は、驚きあっという間に泣き出してしまう。
そして、すぐに時計台の上にある鐘が激しく鳴り響き、男の叫び声が聞こえてくる。
「敵襲ーー!! 敵襲だーー!!」
まだ日は高く人も多い中、街が混乱と恐怖に包まれるのに、そう時間はかからなかった。
現れたのは骸骨のような魔族だった。槍で薙ぎ払い、骨を離散させる。そして……
次話 第18話 薄紫
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