14話 返り血を浴びた少女
朝になり、俺は荷車を引きながら、少し肌寒い街を歩いた。
アメリアさんが昨日のうちに手配していたようで、この荷車一杯にレア・クリスタルを持ち帰るのが目標らしい。
「今回は戦闘系の依頼になりますから、そのつもりでいて下さいね。レイズさんのことも頼りにしていますから」
「はい。期待に沿えるように頑張ります」
今回受ける依頼は、鉱山付近に住み着いた“レッドベアー”の討伐ということだった。
レッドベアーは、本来この地域には生息していない魔獣だが、最近南方から群れで移動してきて住み着いてしまったらしい。
もしかすると、戦争が付近の生態系にも影響を与えているのかもしれない。
街を出て関所を通り、ホクレイ近くの山間部を目指す。
隊列は、ユリちゃんを先頭にアメリアさんが続き、最後尾を俺が守る形となる。
やはりユリちゃんのことが心配だったが、ユリちゃんは特に緊張している様子もなく、いつも通りだった。
休憩を挟みながら目的地に到達した頃には、既に太陽は空高く昇っていた。
目的のレア・クリスタルは想定通りあちこちに転がっており、アメリアさんが嬉しそうに採集して荷車に載せている。
そして採集を進めているうちに、レッドベアーの巣穴らしき洞穴を発見した。
この時間帯のレッドベアーたちは、朝の活動を終えて休んでいる頃だろう。
本当は、攻撃系の魔法士がいれば有効な先制攻撃ができるのだが、そんな贅沢は言っていられない。
俺とユリちゃんで、ゆっくりと、できるだけ音を立てないように、洞穴に近づく。
「ユリちゃん、無理しなくて良いからね? レッドベアーたちが出てきたら、俺の後ろについてて」
俺は小声で、囁くように言った。
すると、ユリちゃんは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「……後ろだと、戦えない」
「それでも大丈夫だよ。俺に任せて」
レッドベアーは力も強く、それなりに素早い魔獣だ。
ユリちゃんのように軽装では、一発噛みつかれでもしたら大怪我に繋がりかねない。
いくら回復するとは言っても、相当な痛みがあるはずだ。
ユリちゃんのそんな姿は、できれば見たくなかった。
洞穴の入口にたどり着き、慎重に中を覗いてみる。
やはり当たりだったようで、中で眠っているレッドベアーが数体確認できた。
恐らくは、五、六体といったところだろうか。
腰袋から幾つかの“火炎球”を取り出す。
魔力を込めれば、数秒で爆発するといった代物だ。
あまり威力はないが、まともに当てられれば、それなりの傷を負わせることはできるだろう。
基本的には、この火炎球で先制し、“マッド・ウォール”で洞穴の出口を塞ぐ。
そして、その隙間から更に火炎球で攻撃し数を減らすという作戦だった。
ユリちゃんは分かったような、分かってないような顔で聞いていたが、大丈夫だろうか。
「それじゃあ、いくよ」
ほどよく緊張しながら、火炎球に魔力を込める。
そして、眠るレッドベアーたちの中心目がけて投げ込んだ。
炸裂音が鳴り響き、火の粉がレッドベアーたちを襲う。
飛び起きたレッドベアーたちは、激しく怒り狂い、こちらに一直線に向かってきた。
「よし! マッド・ウォ……」
魔法を使おうとした時、あろうことかユリちゃんが飛び出して行く。
細身の剣を抜き、その動きは素早い。
(ユリちゃん!? 何で!?)
「くそ!!」
ユリちゃんが前に出てしまっては、土壁も火炎球も使うことができない。
全てがご破算だった。
戸惑うとともに腹が立つが、そうも言ってられない。
俺は槍を構えながら駆け出し、ユリちゃんの背中を追いかける。
そして次の瞬間には、俺の目の前で信じられないような光景が展開された。
ユリちゃんは一陣の風のように鋭く、素早い動きでレッドベアーたちを翻弄したのだ。
更に、その首を正確に、いとも簡単に刎ねていく。
そして、一匹のレッドベアーがユリちゃんを躱し、俺のほうへと向かってきた。
その姿は、まるで怯えているようにも見える。
俺はユリちゃんの戦いに驚愕しながらも、冷静に向かってくるレッドベアーの眉間を槍で捉えた。
それとほぼ同時と言って良いようなタイミングで、そのレッドベアーの首は、胴体から切り離される。
崩れゆく胴体の先には、返り血を浴びたユリちゃんが、無表情で立っていた。
その凍てつくような眼差しに背筋が凍り、冷たい汗が垂れてくる。
「……これで終わり」
ユリちゃんは、降りかかった返り血を拭うこともせず、こちらに向かって歩いてくる。
思わず息を飲むが、ユリちゃんは戦いの前と同じように首を傾げた。
「……レイズさん、どうしたの?」
そう。
恐らくこれは、ユリちゃんにとっては普通のことなのだ。
ユリちゃんはきっと、傷を負うことなど考えていなかっただろう。
それだけの自信があったのだ。
ユリちゃんの動きは淀みなく、華麗だった。
ディバロにもスピードを売りにしている者はいたが、これほどの速さは見たことがない。
多分、きっと、認めたくはないが、ユリちゃんは俺よりも強いだろう。
レイヤにすればレイヤ6、もしかしたら7もあり得るのではないだろうか。
「レイズさーん! 大丈夫ですかー?」
後方で控えていたアメリアさんの声が聞こえてくる。
俺もユリちゃんも洞穴の中に入ってしまったから、アメリアさんからは状況が見えなくなってしまったのだろう。
「……レイズさん。行こ?」
「そ、そうだね。あんまり心配させちゃいけないな」
ユリちゃんは表情を緩め、俺の後についてくる。
冷たく無慈悲な抜き身の刃が、華奢で小さな少女という鞘に、綺麗に収まってしまったかのように感じた。
“人界”という言葉は初めて聞く言葉だ。人族は、自分たちの住む世界をそんな風には言わない……
次話 第15話 ROOTS
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