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チャイムが鳴り終わると同時に教室へ駆け込んだ。
「ギリギリセーフ。」
にかっと笑う陸。
「アウトだ。早く席につけ。」
呆れた口調の担任。
すいません、と何度か頭を下げ、陸の隣に座る。
「どうしたの?」
声を潜めながら陸が尋ねる。
「朝っぱらから、五月蝿くて。」
「京子さん?」
「ああ」
「若いからじゃん?」
「もう33だぞ。」
「うちは45だよ。」
「関係ないだろ。60になったって多分うるせえぞ。」
「そうかもね。」
「いいよな。陸の母さん、優しいだろ?」
「勉強しろって五月蝿いよ。昨日無視してたら、ゲームのコンセント抜かれたし。」
「そんな風に見えないけどな。」
「外面が良いだけだよ。」
「雑巾集めるぞー。」
担任の声に反応して、周りの生徒は鞄を掴んだ。
ほとんどの生徒が、雑巾を机の上に出す中。
「忘れた?」
陸の言葉に頷くと、それが机の上に置かれた。
「2枚持ってきたから。」
「さんきゅ。」
有り難く受け取ったそれは、名前が書いていない、真っ白の綺麗な売り物の雑巾だった。
賑やかだった教室は、あっという間に無人になる。
否、残っている人間が、俺ともうひとり。
どちらも、すぐに居なくなるだろう。
「帰らないの?」
いつもなら真っ先に教室を飛び出す俺を、気遣ってくれる。
「陸は塾だろ?」
「ごめんね。」
勉強しろと五月蝿い親を持つ、受験生なのだから、仕方ない。
「何で謝るんだよ。じゃあな。」
机に突っ伏し、寝るふりをする。
「ばいばい。」
小さな声と遠ざかる足音が、背中に刺さった。
帰ったところで、母親がいないのは分かっていた。
今日も、朝方になるまで帰ってこないだろう。
それでも、足が遠退く。
オレンジ色に染まった教室。
窓から見える夕日は、寂しくて綺麗だった。
完全に沈むまで見送ってから、俺は教室を後にした。
真っ暗な廊下を進み、下駄箱で靴を履き替え、ぼんやり歩く。




