第8話 後半
皆がお茶を飲み終わり休憩が終わる頃、自然とそれぞれが再び作業へと戻っていく。
巡と私も作業に行こうと軽トラックをみると、見覚えのない子供が荷台に乗っていた。恐らくは教授たちの身内だろう。見覚えのある教授が子供を見守っている。
「杉浦教授、お孫さんですか?」
「ああ、保坂さん。うちの初孫だよ。『おじいちゃんのとこに遊びに行く』って聞かなくて……」
そう答えたのは隣の研究棟の教授、杉浦氏。農業科学が専門のおじい様だ。
「初孫ですか。目に入れても痛くない、というやつですね」
「そうそう。今年から保育園に入ったんだが、あんまりうまくいかなくてね……こうして平日もうちにいることが多くて」
「それはそれは……」
杉浦さんは少し寂しそうな表情で、お孫さんを見つめる。
「お友達に譲るっていうことができないらしくて……いつも同じおもちゃを独り占めして、孤立しているらしいんだ。家ではそんなことないのに、どうしてだろう……」
「ふーむ……なぜでしょうね」
子供の問題か……私の不得意な分野だ。子供と言えば未知の存在。次の瞬間に何をしでかすか予測がつかない。そういったところがちょっと苦手だ。
私では役に立たないが……隣の男はどうだろうか。
ちょっと視線をやれば、巡はすぐに理解した様子でお孫さんに話しかけに行った。
「こんにちは、巡です。君のお名前は?」
巡は腰を低くして、子供の視線に合わせる。口調もいつもよりずっと柔らかだ。
にこやかな巡に心を許したのか、子供は言葉を発した。
「んとね、すぎうらひろ、です!」
「ひろくんか!何歳ですか?」
「みっつ」
「おお、お兄さんだね!」
「んふー!」
巡の言葉に気を良くしたのか、ひろくんはちょっと嬉しそうだ。
「ひろくん、保育園、楽しい?」
「たのしくない!」
「だよねー!」
「えっ」
私は思わず声を上げてしまった。何を言い出すんだこいつ、ひろくんを保育園に行かせる説得をするんじゃないのか。もしくはおもちゃの独り占めをやめさせるとか……
そんな考えの私を横目に、巡はひろくんとどんどんと会話を続けていく。
「ひろくん、楽しくないとこ、どこらへん?」
「あのね、みんなひろのこと、いじわるする」
「あらら~そりゃいやだ。なんでみんないじわるかな?」
「……ひろが、おもちゃあげないから」
「なるほど~でもひろくん、おもちゃあげたくないよね?」
「うん」
「あげたくないって、どんなきもち?」
「やさしいきもち」
「ほほ~ん。どうして優しいかな?」
「あのおもちゃ、ひろじゃないと、あぶないの」
「なるほど。どんな風にあぶないの?」
「あれね、ぎゅってするとちくちくするの。いたいの」
「なるほどわかった!ひろくん、他の子のこと、守ってるんだね?」
「!それ!ひろ、まもってる!おもちゃ、いたいの!」
「わかった!じゃあ先生に言って、おもちゃ、治してもらおう?そしたらさ、みんな痛くないよ!」
「おもちゃ、なおる?」
「治る!先生ができなかったら、お兄さんが治してあげるよ!」
「ん、なおして」
「おっけー!……ということみたいですね!」
「いやどういう事だよ。何を聞き取ったんだお前は」
ひろくんと巡の会話に割り込むこともできずただ聞いていたが、我慢できずに突っ込んでしまった。ひろくんは満足した様子で軽トラから降り、杉浦氏に抱っこをせがんでいる。
「えーわかるだろ!ひろくんは優しい子だって!」
「うーんと……守ってるって言ってたこと?」
私が眉間を揉みながらそう言うと、巡はにこやかに答えた。
「そうそれ、わかってるじゃん!」
「いや、全部はわからん。最初から説明してくれ」
巡はひろくんに手を振りながら、私にもわかるよう順序だてて話し始めた。
「まず最初に、おもちゃ…たぶんぬいぐるみ系だな、それの中身が壊れています」
「なんでそれがわかるんだよ」
「言ってたろ『ぎゅってするといたい』って。子供がぎゅっと抱きしめるおもちゃと言えばぬいぐるみだろ。な~ひろくん!」
巡の声に反応して、ひろくんはすぐに答えた。
「うん。うさちゃんだよ」
「な?」
正解をさらりと当てた巡。そのことに私は驚きを隠せない。子供好きとは知っていたが、ここまでとは。
「まじか」
「ん。で、他の子がうさちゃんを抱きしめると、多分痛くて泣いちゃう、怪我しちゃうと思ったんだよ、ひろくんは。だからうさちゃんを離さないで、ずっと独り占めしちゃったんだ。そうだよな、ひろくん?」
「うん!」
「……なんと、そうだったのか?ひろ?」
杉浦氏も驚いて、ひろくんに確認をしている。ひろくんは大きく頷いて、杉浦氏に抱き着いた。
「そうか……そうだったのか」
「……ってことは、おもちゃを直せば一安心という事?」
私は巡に確認をする。巡は手で大きなマルをつくり、笑顔で答える。
「そういうこと!明日、保育園行ったら先生に確認取ってみてください!」
「でも、今も保育園におもちゃはあるんだろ?早くしないと他の子が怪我しちゃうんじゃ…?」
そう私が心配をすると、ひろくんが声を上げた。
「うさちゃん、かくしてる。ひろしかしらないとこ」
それを聞いた杉浦さんは、ひろくんの頭を撫でながら笑顔で言った。
「そうなのか!じゃあ明日、おじいちゃんと保育園行こう!おもちゃを出して、先生に直してもらおう?」
「ん、いく!」
「2人とも、ひろの話を聞いてくれてありがとう。これでひろも保育園に行けるだろう」
微笑みながら言う杉浦氏。巡は照れくさそうに手を振った。
「いやいや、ひろくんが優しい子だってわかってよかったです!」
「だな……よし、そろそろ作業に戻らんとな」
「ああ、そうだな。んじゃひろくん、またね!」
「ばいばい!」
ひろくんは大きく手を振って、杉浦氏はお辞儀をして去っていった。
私は巡の横っ腹をちょいと突いてやる。
「やるじゃないか」
「年の功ですな……なんせ100歳は超えてますんで」
「微妙にシャレにならんのよ、それは」
「ほっほっほ……」
そう言いながら、鱗片の除去作業に戻る巡。私も再び雪かき用のスコップを持って活動を始めた。
――そんな私たちを見つめる視線があったとは、知らずに。
人込みから離れ、建物の影に隠れた女性は、スマホで電話をかけ始めた。
「……もしもし、明日のことでちょっと……はい、少し遅めの時間にしてもらえますか……」
電話を終え用件を伝えた彼女は、再び人の輪の中に戻っていく。
――ちらりと、巡の方を気にしながら。
春の陽気。空の守護龍が銀色に輝いた午後のことだった。




