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第8話 前半


春の朗らかな午後―


そう、季節は春。なのに大学キャンパスは真っ白に覆われている。


うたた寝に誘われる陽気の下で、私たちは大量の白いうろこと戦っていた。


「ひい……ふう……」


雪かき用のスコップを持って、せっせと白い山を軽トラックに積み込んでいく力仕事。普通の研究者がやる仕事ではない。少なくとも職務規定にはなかったぞ。


「こんなこと……学生のボランティアに……させるべきだ」


先日の巡と純浦さんの最悪なファーストインプレッションの後、あの地球半周分のサイズの守護龍から大量の鱗片が降り注いだ。ほぼ丸1日降り注いだそれは、積雪にして約1メートル分。とんでもない量だ。


降り注いだ鱗片の9割9分が白く、エネルギーが殆どないカスである。しかし極稀に銀色に輝く鱗片も落ちていたようで、政府は一応鱗片の分別作業をするように呼び掛けている。貴重な科学魔法のエネルギーだ、無下に捨てることは大きな損失を示す。


という訳で我が大学構内の鱗片を分別していたのだが……うん、ひっじょうに重労働である。暇な学生をボランティアに呼んでも追い付かないほどには重労働。そのため准教授どころか教授まで作業に引っ張ってこられる始末だ。


(しかし……これ、私が巡のアピールをしなかったら止まなかったんだよな?もしそうなっていたらと思うとゾッとする量だ)


あのまま、純浦さんの心から巡が離れていったら……最悪、本当に守護龍は落ちてきたのかもしれない。そうしたら……


(地球はおじゃん、人類壊滅……だよなあ)


そんなことにならなくて良かったと思う一方、この先を思うと気が重くて仕方がない。


なにせ100年分拗らせた恋愛音痴である巡を、何とかして純浦さんの恋人にまで持っていかなければならんのだ。その苦行を想像したらため息も出てくる。


「みなさーん、お茶とお菓子が用意できました!休憩にしましょう!」


はきはきとした、よく通る涼やかな声。純浦さんだ。


この足場の悪い環境の中、彼女は率先して買い物に行ってきてくれたようだ。女子学生たちと仲良く会話をしながら、外に出されたテーブルの上に手際よくお茶と菓子を並べている。


「保坂准教授、コーヒーと緑茶がありますよ。どちらにしますか?」


「んおー……ありがと。コーヒー貰います」


「どうぞ」


純浦さんは私に気が付くと、すぐに飲み物を持ってきてくれた。有難い。


「この調子だと、今日の実験は諦めた方がよさそうですね。スケジュールには影響ないと思いますが、念のため明日は全体の進捗を確認した方がいいかと」


「そうだねえ……まあ学会には影響ないだろうけど、明日は院生も含めて研究室全体のチェックしようか」


「はい、全体連絡をしておきますね」


「うん、よろしく」


純浦さんは去年から私の研究の補助と秘書を兼ねてくれている。良く気が利くし、リーダーシップもあって優秀な人だ。


科学魔法の研究と秘書、どちらにも興味があったらしく募集に応募してくれたらしいが……うん、来てくれて本当に助かっている。特に学生たちとのコミュニケーションが上手くて、私よりもずっと慕われているかもしれない。


今も学生たちに囲まれて、なんだか生き生きとしている。明るくて真面目で、非の打ちどころのない純浦さん。この完璧な要塞に、巡は挑むというのか……


(にしても本当に、巡はどこで彼女を知ったのやら……)


そんなことを考えていると、裏門の方から一台の軽トラックが戻ってきた。先に鱗片を運んでいった車だ。今度は入れ替わりで、今まで鱗片を積み込んでいた方の軽トラックが出て行った。


帰ってきた軽トラックの運転席を見れば、そこにはにこやかな巡が乗っていた。


「おっすただいま!ボランティア巡、帰還しました!」


帰ってきた軽トラックの荷台には鱗片ひとつなく、丁寧に仕事をしてきたことがわかった。


(……妙なところで丁寧なんだよな、こいつ)


昔からの癖は、どうやら100年経っても健在のようだ。私は巡に近づいて、重要な情報を告げてやる。


「おかえり。あっちで純浦さんが飲み物配ってるよ」


「なんだと?!重要無形文化財レベルのイベントじゃねえか!握手会の開催は?!」


「ねえよ」


「そんな、まさか時代が彼女に追い付いていない……?」


「追い付けてねえのはお前だよ。さっさと行け」


「あいって!」


軽トラックから降りてきた巡の背中を、私はそこそこの力で叩いてやる。巡は大げさに痛がるふりをしながら、よろよろと純浦さんの方に近づいていく……が。


「あ、軽トラのひと、お疲れ様で~す!お茶どーぞ!」


「おっありがと!助かり~!」


……途中で女子学生にお茶を差し出され、普通に受け取った。


(……まあ仕方ないか。なら菓子をちょっと貰いに行け!)


私の眼力に気づいたのか、巡は再びこそこそと純浦さんの方に近づいていく。今度こそ巡が彼女に話しかけようとした……その時。


「お、軽トラのひとお疲れ様っす!このチョコうまいっすよ、どうぞ!」


「お~ありがと!俺チョコ大好き!」


……今度は男子学生に菓子を貰っている。そしてそれを皮切りに、今度は教授とか年配の人たちからも菓子の攻撃が始まった。


「おお、若いのに感心だね。手伝いありがとう、饅頭食いな」


「こっちのせんべいも美味いよ。甘いとしょっぱいは最高の化学反応だ」


「あざーっす!これ食ってまたがんばりまっす!」


両手いっぱいの菓子と飲み物を持って、私の方へ戻ってくる巡。その顔にはどこか悲し気な微笑みを浮かべていた。


「……ドンマイ」


「いいんだ……お茶も菓子も、誰から貰っても美味いから……」


ポリポリと菓子を食らう巡。あと数歩だったのに……おしかったな。


……そういえばこいつ、昔から年寄りに菓子を貢がれていたな。なんだろう、親しみやすいとかそういうオーラでも出てんのかね?


(本人が気づいてないだけで、こいつ……結構好かれる要素はあるんだよな)


そうだ……こいつ、雰囲気はいいんだ。妙に明るくて、優しくて、話しかけやすくって、ノリも良くて。一緒に過ごせばこいつはいい人だってわかる。土台自体は悪くないんだ。


(問題は……捻じれ曲がった恋愛音痴っぷりか)


……やはりネックはそこか。こればっかりは、私が何とかしてやるしかない。協力者となったからにはやりきらねば。たとえそれが恋のキューピッドとかいう不名誉なものだろうと。


そんなことを考えながら菓子を食べていると、ふと視線を感じた。


顔を向けると、こちらを見ていたらしい純浦さんと視線が合った。彼女はぺこりと頭を下げ、すぐにお茶出しに戻っていく。


(今……巡の方、見てた?)


何となくだが、私よりも巡の方に視線が向かっていたような気がする。だが彼女が巡を観察する理由がわからない。


(……気のせい、か?)


……うん、気のせいだろう。


そう思い、私はコーヒーを飲みながら巡を眺める。饅頭とせんべいの化学反応を楽しみながら菓子を食う巡は、いつも通りののんきな顔をしていた。


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