第7話
『――ご覧ください、この大量の鱗片!昨日の昼過ぎから雪のように降り注ぐこれは、みなさんご存じの守護龍のうろこです』
巡のファーストインプレッション大失敗から明けて、4月21日。この日は朝からニュースは大盛り上がりだ……悪い方向にな。
『昨日の昼より続くこの異常事態により、交通は一部麻痺しております。転倒事故が続出しており、救急搬送も増加しています。除雪車が出動し、自治体は全力で鱗片の除去活動に当たっているとのことです。専門家によりますと、近年でこれほど大量に降り注ぐことは極稀で、守護龍に何らかの変化があったと推測される、とのことです。続きまして――』
――プツン。
研究室のテレビを切り、ニュースを切断する。ソファに座り込んだ私は、いつもの如く苦いコーヒーをすすりながら外を見た。
……春の新緑が白く覆われている。水仙など、春を代表する彩すら真っ白だ。
この鱗片の大量降臨事件は昨日の、あの2人の初対面の直後から続いている。つまり、守護龍が2人の子供が産まれる運命が遠ざかったことを嘆いているのではないか……私はそう仮説を立てた。
ということは、だ。あの2人……巡と純浦さんの間をうまく取り持つことができれば、この異常気象は止むと推測できる。それを検証するには巡の力が必要、そう思い連絡をしたのだが……
「あいつ……まだ寝てんのか?」
朝から何度もコールしているが、巡が応答することはない……確実に寝ている。
「寝汚いとこも治さんと、アピールポイントが減るぞ……」
ぶつぶつと呟き、電話のコールを切る。
外ではさらさらと鱗片が降り注ぎ続けている。
(……まずいな。このまま鱗片が降り続けたら、日本経済が回らなくなる)
既に交通が麻痺している部分も出ている。自然に溶けることがない分雪より厄介なこの鱗片は、道路や線路を覆いつくしているのだ。
(しかもこの鱗片、エネルギーが殆ど無い。カスッカスだ)
普段私が研究する科学魔法。それは守護龍の鱗片に含まれるエネルギーを用いる。エネルギーが潤沢な鱗片は銀色に輝くのだが、この降り注ぐ鱗片は白く濁っている。これはエネルギーが殆ど含まれていない状態だ。
(そんな鱗片を落とし続ける守護龍……確実に何かが起きている)
嫌な予感がする。そう思いながらスマホを眺めていれば、ようやく待ち人から連絡がきた。
『もしもーし、依留ちゃん!おはろー』
「……おはろう。早速だが外は見たか?状況は最悪だ」
『え~それより聞いてよ、最悪な夢見たんだけど!俺、純浦さんに振られちゃったんだが!まだ今回は会ってないよな?夢だよな??夢って言って!!!!』
「……その件に関しても、話がしたい。すぐに研究室に来てくれ」
『ひぃん……う~ん、この天気だと歩いて行くしかねえな。ちょっと時間かかるけど待ってて!』
……思ったよりものんきな声を届けて、電話はすぐに切れた。巡がここに来るには、恐らく1時間はかかるだろう。
その間に対策を考えよう。何とかして純浦さんに巡のいいところをアピールし、好印象を持たせねば。
「世界の危機に考えることが、幼馴染の恋愛模様とか……論文にできんぞこんなの」
私は自嘲的な笑いを漏らし、冷めかけのコーヒーを飲み切った。
さて、どんな作戦がいいだろうか。メモ帳を手にして作戦を考えようとしたその時、軽いノックと共に研究室の扉が開いた。
「失礼します。保坂准教授、新しい実験について質問があります」
入室してきたのは、今まさに立てようとしていた作戦のターゲット。今日もピシッと決めている純浦恋歌さんだ。
「はい質問……どの部分ですか?」
「この薬品の濃度なんですが……」
「ん、ああ……これ入力ミスだね。ごめんね、正しいのはこの数字」
「ミス……ですか、保坂准教授にしては珍しいですね」
少しだけ目を見開いて、物珍しそうに私を見る純浦さん。うん、可愛い表情だ。同性の私から見ても魅力的な人で……巡が惚れるのも仕方がないと思える。
……そういえばアイツ、どこで彼女を知ったんだ?4月以前に大学に来たことなんてなかったはずだが……
「……保坂准教授、どうかしましたか?」
「あっ、いや、何でもないよ!」
いけない、思考が分散されて余計なことを考えた。今は純浦さんと会話中だ。
……そうだ。巡本人はいないが…アイツの印象を変えるだけなら、私から話すだけでも効果があるのでは?好印象なエピソードを話すだけでも、大分マシなはずだ。
善は急げともいう。だが急がば回れとも。どうする……私だけで実行してもいいものか。
(――ええい、女は度胸!既に状況は最悪なんだ、当たって砕けろ!)
「あ~、と……純浦さん、昨日の話なんだけど」
「昨日と言いますと……荷物のことですか?なにか不手際がありました?」
「いや、それじゃなくって……講義室でのことなんだが」
「……ああ、ご友人とご歓談中でしたね」
「うん、それ。あのね、アイツは龍崎巡っていって、決して怪しい奴なんかじゃないんだよ……」
「はあ……」
まずい、純浦さんが不審がっている。どうする、ここからどう持っていく?!
「んんと……そうだ!小学生の時の話なんだけど、私はその頃自分だけの守護龍のうろこが欲しくてね、落ちてくることがあるっていう川に通っていたんだ」
「はい」
「そこは地域のガキ大将がよく居着く場所でね、運悪く私も見つかっちゃって……ようやく拾った鱗片を取られちゃったんだ」
懐かしい話だ。あの時の鱗片は真っ白く濁っていて、今見ればなんのエネルギーもないカスだとわかる。けれども自分で拾ったそれは、何よりも輝いて見えたんだ。
「そうやって泣いてた私を慰めてくれたのが、巡なんだ。あいつは私より2歳も年上なのに、ガキっぽくて、体格だって貧相で力も弱くって……でも人一倍まっすぐで。かなわないってわかってるのに、アイツひとりでガキ大将に挑んでいったんだ」
「あら……」
「ふふっ……巡ってばボロボロになって帰ってきてさ、しかも私より泣いてるんだ。痛かったんだろうな。でも手にはしっかりと鱗片を握っていたよ。そして私に言うんだよ『もう取られんなよ、次はマジで負けるから』って。アイツ、次があってもまた挑むつもりはあったんだよな、泣いてるくせに」
「男の子の、意地……なんですかね?」
「そうだね、意地かも。昔っからそうなんだ。無謀で、諦め悪くてさ……でも大事な幼馴染なんだ」
「……」
「ん~……だからって訳じゃないけどさ、アイツのこと、あんまり邪険にしてやらないでくれると嬉しい。昨日のは……まあ勢いみたいな発言だから、余り気にしないでやって」
私がそう言い終わると、純浦さんは淡く微笑んでいた。口元に手を当てて、上品な笑い声をあげる。
「ふふっ……すみません。昨日のことなら気にしてません。ちょっと変な人だなあとは思いましたけど……」
「うっ……そうだよね」
「でも、素敵な方ですね……本当に仲がよろしいんですね。その龍崎さんって方と」
微笑んだまま、純浦さんは言葉を続ける。
「保坂准教授のお話が聞けて、よかったです。あんまり雑談とかしないタイプだと思ってたので……」
雑談……そういえばあんまりしていなかったかも。そうか、雑談にはこうやって交流を円滑にする作用があるのか。今度からもっと取り入れてもいいかもしれない。
「確かに、私は余り会話を膨らませるタイプじゃないからな。でも気にしないで、どんどん話を振ってくれていいんだぞ?会話は嫌いじゃないんだ」
「はい、次からはそうします。そろそろ実験に戻りますね」
「うん、聞いてくれてありがとう」
「では、失礼します」
そう言って、純浦さんは研究室を後にした。ちょうど誰かが廊下にいたらしく、彼女は涼やかな声で挨拶をして去っていった。
そして1分後、巡が彼女と入れ違いに入室してきた。
「い、い、いいいい、依留!お、おお、おおおおおおおおれ!」
「落ち着け、まず落ち着け」
「ウス……ひっひっふー、ひっひっふー……よし落ち着いた」
「実際にそれやるヤツ初めて見たよ」
「それよりそれより!依留!おれなにしたの?!?!今そこで、純浦さんに、普通に挨拶されたんだけど!!??!?振られたんじゃないの???!!」
その言葉で、私はすべてを察した。
「……ふふっ、さあ?何をしたんだろうな?」
「えええ?!?!?昨日何したの俺!!振られた記憶しかないよ!!」
「……もっと過去のことを、ちゃんと思い出すんだな」
まあ、巡にとっては100年以上も前のことだ。もう覚えてはいないだろうが。
私は機嫌よく笑いながら、窓の白い景色を見る。
春の白は、はらはら、ひらひらと―
徐々にその数を減らしていく。
――誰かに想いが届いた、のかもしれない。
ほんの、ちょっとだけな。




