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第9話


「おい、これから全体ミーティングだ。部外者は出て行ってくれ」


「んえ?」


鱗片の清掃ボランティアの翌日、私の研究室では全体ミーティングを実施することとなった。近々学会もあるし、研究の遅れがないかをチェックするのだ。


当然部外秘な内容も話す。よってこの部外者……巡には外に出てもらいたいのだが。こいつ、今日ものんきに茶をすすっていやがる。


「午後から研究の確認会だ。部外者はとっとと外へ出ろ」


「え~……それって純浦さんも参加する?」


「当然だ。彼女は私の研究補助だからな」


「んじゃ俺も参加する!純浦さんの勇姿を見ねばな」


「研究は部外秘、お前の参加は認めん。ほれ、カフェテリアにでも行っててくれ」


「……う~い」


巡はのそのそと重い腰を上げ、茶と菓子をちゃっかりと持って出て行った。


部外者を追い出した私は、ソファを壁際に移動させる。そして折り畳みテーブルとパイプ椅子を並べていく。簡単なミーティング会場の準備だ。


「あ~……小さくてもいいから、ミーティングルームが欲しい」


この科学魔法研究室には、教授の研究室と私の研究室、そして実験室しか割り振られていない。同じ研究棟には他にも専門違いの研究室が詰め込まれていて、それぞれが最低限の部屋数しか振り分けられていない。要するに、狭い。


実験室でミーティングをするのはちょっと危ない。かといって教授の部屋を圧迫するわけにもいかない。消去法で私の研究室がこうしてミーティングルームになるというわけだ。


そうして準備を終えた頃、純浦さんをはじめ教授、院生と入室をしてきた。


「あ、保坂先生準備ありがとね」


「いえいえ。早速始めますか」


「ああ」


教授と軽い挨拶を交わし、それぞれが着席をする。全員がそろったのを見計らい、私はミーティングを開始した。



「――この鱗片の実験、火力が出すぎて……」

「――そういえば一昨日の鱗片だけど……」

「――論文には、鱗片の肥料活用の方法も……」



それぞれが自分の進捗状況を報告していく中、私はどうしてもちらちらと窓の方を気にしてしまう。なぜならそこには……


『がんばれ!』

『研究ふぁいと!』


ポップな字体で応援が書かれた、でかいうちわ――謎のそれらを持った巡。


意味の分からん光景が、私の視線に入ってしまう。メンバーは背を向けていることもあって気づいていないが、さっきから巡がぱたぱたとうちわを振って応援?してくるのだ。


(何なんだ、暇人め。どこからそんなグッズを持ってきたんだ)


私は内心で大きなため息をつきながら、ミーティングを進めていく。どうやら全体の進捗状況に遅れは見られない。これならば来月の学会に無事に間に合うだろう。


(……守護龍の研究、もう一度過去データも引っ張ってくるか)


巡によって明かされた守護龍の実態。大量の鱗片。つがいという未知の存在。それらの裏付けになるようなデータがあれば、これからの参考になるかもしれない。


(まあ、役に立つ可能性は限りなくゼロだろうが……やらんよりマシだ)


私は研究の追加項目を考えながら、ミーティングの司会という大役を終えたのだった。


「ではミーティングはここまでにして……純浦さん、どうしました?」


私が締めの言葉を発しようとした時、純浦さんがそっと挙手をした。彼女はすっと立ち上がると、ちょっと下を向きながら発言を始めた。


「ええと、今日はお菓子を用意してますので……この後お時間のある方はお茶していかれませんか……?」


お菓子、という言葉に最初に食いついたのは院生だ。


「お菓子!もしかして純浦さんの手作りとか?!」


純浦さんは少し照れた様子で、その言葉に答えた。


「はい……といっても趣味の範疇の、簡単なものですが」


「うおお~!」


院生の歓声に、純浦さんはさらに照れた様に髪に触れた。


「本当に、大したものじゃないので……じゃあ、お茶の用意してきますね」


「あ、私もいきま~す」


院生を数人引き連れて、純浦さんは給湯室へと歩いて行く。お茶をするならばと思い、私は除菌ペーパーで机の上を綺麗に拭いておくことにした。教授は資料をまとめて机の隅に寄せている。


そうしていると純浦さんたちが戻ってくる。院生がお茶を配り、純浦さんが小皿に乗ったお菓子を置いていく。


「おお、パウンドケーキ!フルーツたっぷりで美味しそう!」


私は思わず声を上げた。きれいな切り口からは、しっとりとしたドライフルーツたちが輝いている。市販のものと比べても遜色ない出来栄えだ。


「パウンドケーキって、結構簡単なんですよ。しかも一晩置くだけで美味しさが増す、お手軽ケーキなんです」


「へえ~……」


私は感心しながら、まじまじとそのケーキを見つめる。ほんのりと香る洋酒の匂いがこれまた食欲をそそる。


「じゃあ、いただきます」


教授の一言で、皆が一斉にケーキを頬張る。私もぱくりと一口。


「うんまっ!え、すごく美味い!」


「すご、お店出せるレベル!」


皆が口々に感想を呟く。私も思わず声を出してしまう。


「純浦さん、これすごく美味しいです!これが……女子力!!」


私の変な感想に、彼女は笑いながら返事をした。


「大げさですよ、ただの趣味の延長です」


「いやいや、これはほんと女子力の塊です。膨大なエネルギーを感じます!」


「そんなエネルギー存在しませんよ」


くすくすと笑いながら、彼女もケーキを口にする。満足そうに頷いて、お茶を飲む彼女はどこか優雅だ。


ふと思い出し、窓の外を眺める。そこには絶望の表情を浮かべる巡が佇んでいたので……私はちょっとした意地悪をしてやることにした。


そっとケーキを一口切り分け、フォークを持ち上げる。窓の外に見せつけるようにして、私はゆっくりと食べてやる。すると巡は面白いくらいに表情を崩していく。


(……ミーティングの邪魔をした罰だな)


ふふん、とちょっとした優越感に浸りながら、私は美味しいケーキに舌鼓を打ったのだった。


そうしてお茶の時間も終わり、皆がそれぞれの仕事に戻っていく。私は換気の為に窓を開け、テーブルや椅子を戻していく。すると外からは、亡霊のような声が響き始める。


「う~らめしやっ……!」


「力強い幽霊だな。そんなにケーキが食べたかったか?」


「あったりまえだろうが!お前らときたら国宝をあんなひょいひょいと食べて……!ずるい!ずる過ぎるう!俺も食べたいいい!!!!」


「ふん、ミーティングをおちょくった罰だ」


「ふえええええん!!」


ソファをもとの位置に戻し、片づけを完了する。さて、何から始めるか……そう思いながらパソコンを立ち上げると、純浦さんが再び入室してきた。


「保坂准教授、次の実験のデータなんですけど……」


そう彼女が声をかけた瞬間――低い羽音を立てて、黒と黄色の何かが侵入してきた。


「おっ、クマバチ」


私が正体を言うより早く、彼女は動いていた。


――ガタンッ!!


大きな音に反応し、私と巡は視線を向ける。するとそこには……


――低いテーブルの下に無理矢理潜り込む、純浦さんの姿が。


「おお……?純浦さん……??」


「すみませんハチはダメなんですはやく何とかしてくださいお願いします!」


「あ、はい……」


私はクリアファイルでぱたぱたと仰ぎながら、クマバチを誘導してく。温厚な性格のハチだ、攻撃しなければ怖いことはない。


そっとクマバチを窓の外へと逃がす。私が動いている間、巡は純浦さんのことをガン見していた。ちょっと怖い。


「純浦さん。ハチ、外に出しましたよ」


「本当ですかもういませんか、神に誓っていただいてもいいですか?!」


「えっ……何の神に誓えば……」


「トイレの神様でもなんでもいいです!誓ってください!!」


「あ、はい……トイレに誓ってもうハチはいません」


うろたえながら私がそう言えば、純浦さんはこっそりとテーブルの下から這い出してきた。


そして白衣を整えながら、私に向かってお辞儀をする。


「……取り乱しました。申し訳ありません」


「いえいえ……純浦さん、ハチ駄目なんですね。ちょっと面白かったです」


純浦さんは顔を赤く染め、視線を逸らしながら口を開いた。


「わっ、忘れてください……実験に戻りますねっ!」


ぱたぱたと靴音を鳴らしながら、彼女は研究室から出て行った。きっと恥ずかしかったのだろう。だが、意外な一面が見られてちょっと楽しかった。


窓をそろそろ締めようかと顔を向ければ、巡がやけに真面目な顔をしていた。


「どうした、何かあるのか?」


訊ねてみると、巡はとてもまじめな口調で言葉を紡いだ。


「非常に……可愛らしかった!」


「……」


――パタン、ガチャ


私は呆れてモノも言えず、ただ窓の施錠をしてやることしかできなかった。




さて、そんなちょっとした出来事もあり、午後の仕事の時間はあっという間に過ぎて行った。


薄暗くなり始めの夕刻、誰かが研究室の扉をノックしてきた。


――コン、コン、コン。


規則正しい3回の音。私は返事をして入室を許可する。


……ちなみに巡はソファに座り、まだ純浦さんのハチ事件について思い返している。ちょっと気持ちが悪い。


そんな奴のことは置いておいて、私は入室してきた人物に視線を向けた。


きちんとしたスーツに、清潔に切りそろえられた髪。柔らかな、人を警戒させない笑顔の男性だ。薄手のビジネスコートを手に掛け、反対の手には小さな袋を持っている。


「ええと……どちらさまで?」


「初めまして。私、株式会社龍の爪にて営業をしております、王塚春人と申します。今日はご挨拶に伺いました」


株式会社『龍の爪』。大手の開発企業だ。私の科学魔法研究とも関係ある部門でもある。そんなとこの営業……?何だろうか。


「ええと、営業のアポは貰っていませんが?」


「ああ、いえ。今日は仕事じゃなくて……純浦恋歌さんの職場に軽くご挨拶を」


「純浦さんの……?」


その言葉に、巡がハッと現実に戻ってきたのが見えた。


私が頭に疑問を浮かべていると、ドアの後ろから純浦さんが姿を現した。


「王塚さん、迎えに来ただけで挨拶はいりませんって……」


「でも純浦さん、いずれは必要になりますよ?」


「気が早すぎます。私はまだ了承していません」


「まあまあ、細かいことは気にしないで……あ、こちらつまらないものですが、どうぞ」


そう言って小さな袋を私に持たせる王塚。


「はあ……」


「ほら、保坂准教授も混乱しています」


「すみません。私は今、純浦さんに婚約を申し込んでいる最中の者でして……一応ご挨拶ができればとうかがった次第です」


「えっ……もしかして先月の婚約の?」


私は驚いて王塚に話を振った。それに彼は頷いて答えた。


「はい、お見合いの相手です。まだ正式なお付き合いはしていませんが、いずれはそういった関係になれればと思っています」


「それはそれは……ご丁寧に」


「ですから、王塚さんは気が早すぎますって。こういうのはまだ後からでいいんです!」


純浦さんはそう言いながら、王塚の背中をぐいぐいと押して退室を促す。王塚は柔和な笑みを浮かべながら、ゆっくりと足を進めた。


「純浦さんが照れてしまいましたので、今日はこれで。では失礼します」


「照れていません!ほら、行きますよ……保坂准教授、お疲れさまでした」


「はーい、お疲れさまでした……」


バタバタとした足音を鳴らし、2人は退室していった。時間的に、このまま一緒に帰るのだろうか。


私は妙に静かにしている巡へと視線を向ける。


――巡は無表情で、私の持つ手土産を睨んでいた。


「……あいつが、最大の障害なんだ」


「なるほど……これは手ごわい」


巡が100年かけても恋の成就がならない理由。そこにはこいつの問題だけではない、複雑な理由があったようだ。


巡はおもむろに立ち上がり、私から手土産の袋を取り上げた。


「だが、あいつは来年の3月末まで絶対にプロポーズはしないヘタレでもある。そこに俺の勝機はある!」


「100年分の経験からくる発言か?……しかしあれは強敵だぞ」


「多分大丈夫!なぜなら……見てみろ!」


巡は袋から土産を取り出して私に見せてくる。それは……


「『橋本新喜劇トランプ』……なんだこれ」


「あいつはアホなくらいプレゼントのセンスがない!これは大きなアドバンテージ!!」


「……うん、センスがないのは分かったけど……お前も似たようなものだからね?」


「そんなことないもん!俺の方がまともだもん!!」


「ちゃんとアプローチできてる分、あっちの方が優勢だよ」


「ひいん……とにかく、そろそろ動かないとまずい!」


変なトランプを机に置いて、私はその発言に同意を示す。


「そうだな」


「そこで今やるべきことはひとつ!あの2人の尾行&妨害だ!!」


「えっ?」


「このままじゃ2人は感じのいい店で楽しい夕食タイムだ!これ以上あいつにリードされたくない!行くぞ!!」


「えっ、えっ?!」


巡はぐいぐいと私の白衣を引っ張って歩き出す。鞄を持って部屋の電気を消し、研究室から素早く出発をした。


巡の車、後部座席に乗せられた私はぽかんとして奴の後頭部を見つめた。


「悪いな、助手席に最初に乗せるのは純浦さんと決めてるんだ」


「いや知らねえよ、んなこだわり」


「とにかく出発!2人はレストランに向かっているはず、お前はそれを妨害する方法を考えてくれ!」


「えっ、作戦私なの?!」


「頼むぜ相棒!フルスロットルで飛ばしていくぞ!」


巡はアクセルを踏み込んで、駐車場から勢いよく飛び出していく。


「ちょ、待って!せめて交通法は守ってくれよ!?」


「大丈夫、俺100年優良ドライバーだから!」


「なんも安心できねえぞこのスピード!初心者マークつけろこの100歳児!」


「はーはっはは!」


「マジで警察だけは勘弁してくれ~!!!!」


白い車体の中、私の情けない声が響く。



――薄暗い空の向こう、守護龍は淡く輝いていた。



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