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第5話


私の米神は限界を迎えている。


理由は明白。このアホ幼馴染の巡のバカすぎる行動に、呆れを通り越して尊敬の念すら覚えたからだ。まるで拍手を送るかの如く米神は痙攣し続けている…なんてことだ。


「ふーっ……よし、わかった。サンプルを整理しよう」


「おう!」


「まず初回の時は、奥手すぎて行動すらできなかった…まあこれは置いておこう。問題は初回のループからだ。結婚指輪を用意して初対面公開プロポーズ――玉砕」


「純浦さんは恥ずかしがり屋さんだったんだと初めて知ったよ」


「……次の周では研究室宛てに毎日分厚いラブレターを送り続け――ストーカー容疑がかかる」


「脅迫状なんて書いてないんだけどなあ……おかしいよな」


「………さらに次の周以降では婚約者候補とのデート中に何度も割り込み――最終的に接近禁止令がなされる」


「なんだよ接近禁止って!俺は世界を救うために必死なのに!」


「…………今度は自分も婚約者候補に名乗りを上げ、毎週釣書と自身の写真集を送り続けてまたまたストーカー容疑。さらに次周は大学の用務員になって純浦さんの写真を撮り続けてこれまた接近禁止令。……別周では事故を装って彼女と街角でぶつかり続け、そのたびに服をダメにして嫌われる。また別周ではプレゼントを郵送で贈り続けたが海外へ引っ越しをされる……」


「……こんなに毎回頑張ってんのに、なんで俺の気持ち、純浦さんに伝わらねえんだろ……ちゃんと大好きなのに……」


「………」


私は米神をあやしながら、メモ帳をテーブルに放り投げた。ソファにぐったりと身体を預け、ぼんやりと天井を見上げる。


こいつ、ループの途中で倫理観を置いてきたのか?恋愛センスもないし人としての常識が欠け始めている。普通に狂気だ。


そして極めつけの行動が次だ。


「……直前の周では、首に縄を巻きながら彼女の前で泣き落とし……精神衰弱と診断され、精神病棟行き―――お前が」


「『俺と結婚してくれなきゃ死んじゃうぞ!』って、本気の気持ちを伝えたつもりなんだけど……なんでダメだったんだろ……」


ダメだ……もう突っ込む気力すら沸かない……


天井の染みを数えながら、こいつの奇行の数々を想像してみるが――うん、普通に犯罪。周回ボーナスつけても救えない。


嘘だろう……幼馴染なのに知らなかった。こいつ、こんなに恋愛音痴だったのか。


守護龍よ、こんなやつの子供がお前のつがいとか……何かの間違いだろ。世界の神秘よ、頼む……嘘だと言って、威厳を保って……!


「さて、依留よ!データはもう十分だろ?問題はこれからなんだよ。俺は、これから、何をしたらいいんだ!?」


巡は期待に満ちた眼差しで私を見つめてくる。おそらくこの世界でただ一人の協力者である私に、この難問が解けないはずがないとばかりに期待していやがる。


私は視線をメモ帳に戻し、本日何杯目かもわからないコーヒーを飲んだ。そしてこのアホに真実を伝えるべく、静かに口を開く。


「いいか、巡。今のお前がすべきことは、まずひとつだ」


「おお、なんだ!どうしたらいい?!」


「……これまでの恋愛の価値観をすべて捨てろ。お前がやってきたことは全部逆効果なんだ」


「えっ……」


「これじゃあ純浦さんどころかその辺のアリすら落とせん。まずは恋愛のイロハを学ぶべきだ」


「…………」


「そのうえで純浦さんの好みに寄せた、しっかりとしたアプローチ方法を……」


「………って…と…」


「……巡?」


「………だ……よ」


「……なんだ?はっきりと言え」


俯きながらぼそぼそと何かを話す巡に、私は話を促す。すると巡は勢いよくテーブルを叩き…?!


バキイッ!!!!!!


……割った。真っ二つに折りやがった、だと?!


「なっ……巡、おまっ……!」


何なんだ、その人外じみた怪力は!そう言葉を続けようとした私の目に、理解できないものが映る。


「…っぐ……うぅ……っ!」


巡が……泣いている。静かに、ぼろぼろと涙を流している。


「なんだ……?い、痛いのか?!」


「……っ違う……俺……情けなくて……」


「は……?」


「俺っ、100年も、繰り返してんのに……っ、純浦さんに、迷惑ばっかかけてて…!」


「あ、あ~……まあ、うん?」


「お前はすぐに、間違ってるってわかったのに!俺は、好きだって気持ちばっかで暴走して……!」


「……」


「こんなんじゃ……純浦さんに、好きだって、言う資格っ……ないっ……!」


「巡……」


「やっぱり俺、もう諦めた方が……」


「…歯あ、食いしばれよ!」


――バチンッ!!


……私は、手を振りぬいた。巡の頬一直線に。


ぶたれたことに理解が追い付かないのか、巡はぽかんとした顔で私を見ている。


「巡。私はな……今この世で一番情けない男をぶっ叩いた」


「……うん」


「なんでかって言うとな……そのアホは、100年もかけた恋を、相手に迷惑だからって諦めようとしてるからだ」


「っ……当たり前じゃん……」


「そう、当たり前だよ……恋なんてのはさ、基本的に迷惑でしかない感情だ」


「んえ…?」


「一目惚れだ、遺伝子の相性がいいだ……なんだかんだと言い訳をして、相手を自分のものにしたいという暴力的な気持ちを正当化する言葉、それが恋だ」


「ぼ、暴力って……」


巡の表情がしゅんと沈む。その視線の先には壊れたテーブルがある。


私は言葉を続ける。


「だがな、人間はそうやって何十万年とかけて繁栄してきた。人間と恋は切っても切れない感情なんだ。科学的に根拠がなくても、バカにするような問題じゃないと私は思っているよ」


「……」


「あー……その、何というか……ん、俗っぽい言い方にはなるが……お前は100年ずっと、ひとりの女性だけを愛してきたんだろ?タイムループまでしてさ」


「……うん」


「……それってさ、世間的になんていうかわかるか?――運命だよ」


巡は呆けた表情で私に視線を動かした。そしてぼんやりと、わからない単語を繰り返す様に私の言葉を反復する。


「うん、めい……?」


「ああ。お前が純浦さんとくっつかないと世界は滅ぶ。それって逆に、世界全体がお前たちを認めているってことなんじゃねえかな。くっつかねえと容赦しねえぞ、的な」


「……」


「それから、お前が一方的に彼女の気持ちを決めつけるのもちょっと気に食わん。過去はどうあれ、これからの純浦さんの気持ちを決めるのはこれからの彼女自身だ。お前が決めつけんな」


「……」


「ん~……まあ、つまり、な。だから、簡単に諦めるな!私の言葉ひとつで、100年分の自分を否定するな!お前はもっと自信を持て!諦めの悪さはお前の武器だ、捨てんじゃねえ!」


私は巡の肩をバシバシと叩きながら、そう言って激励をしてやった。しかし巡は段々とまた、視線を落としていく。


「……巡?」


「俺、諦めなくていい……?純浦さんのこと、好きでいてもいい……?」


「当然だ!まあ私にそんなこと決める権利はないが……応援はできる!いくらでも応援するぞ!」


「依留……ありがとな…」


「ん……」


巡は目を擦りながら、私に礼を言う。


……こいつがどんな思いで100年も繰り返してきたのか、私には想像するしかできない。しかし、ひとりの女性を100年愛し続けるってのは、並大抵のことではない。それだけは理解できる。


……よし、決めた。私は何としても、こいつに真っ当な恋愛をさせる。そして純浦さんとくっついてもらい、世界の滅亡とやらを防いでもらおうじゃないか!


涙を拭き終わった巡は、にっこりとした笑顔で私に向き直る。


「わりいな、弱気になってたわ!俺、これからも純浦さんのこと大好きでいる!」


「ん、そうしろ!」


「やっぱり俺の諦めの悪さって武器みたいだし、これからも頑張る!」


「おう!」


「じゃあまずは準備してたこの指輪を持って、もう一回プロポーズからだな!」


「……んん??」


巡はポケットから小さな箱を取り出し、キラキラとした純粋な目をしやがる。


「初回は公開だったからダメだったのかも!今回は実験室なら他人の目もないしうまくいく!」


「いやいやいやちょっと待て、なんで指輪があるんだ」


「周回する度に最初に買うんだよ。願掛け的な」


「おっもい!重いわお前!!なんでそんな行動力だけあるんだ!?」


「諦めの悪さと行動力は俺の武器!」


「変に開き直るな!間違ってはいないけど、開き直りはやめろ!」


「んじゃ、行ってくるわ!」


「待て待て待て待て~!!……くっそ、力つええ!なんだお前ゴリラかよ!!!」


「あ、それ周回ボーナス」


「倫理観に使えこのアホ!!」


ずりずりと私を引きずったまま、アホは純浦さんのいる実験室へ向かおうとする。


私は何としても奇行を止めようと、割れたテーブルに足を引っ掛けて踏み止まる。


「た、頼むから!まともな恋愛をしてくれ~っ!!!!」


科学魔法研究棟に、私の情けない声が響き渡った。



――これが、100年分のやらかしを矯正する地獄の始まり。4月19日のことであった。




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