第4話
ズズッ……
照れ隠しのつもりなのか、巡は大きな音を立ててコーヒーをすすった。
私は先ほどの彼の言葉を理解しようと、信じがたい単語を口に出してみる。
「こいの……キューピッド……」
こい……鯉?故意?
なんだ、『こい』って。どんな学問用語だ?そのキューピッド?故意に矢を射るキューピッドになれと?どういう意味だ、全く分からん。
私は頭の中でぐるぐると意味不明な天使を想像する。しかし巡は理解の及ばない私を置いて、猛スピードで話を展開していく。
「あの守護龍、実はかなり弱っているんだ。つがいがなかなか現れなくて、落ち込んでるみたいでさ」
「つがい……って、伴侶のことか?」
ふわふわと頭の周辺を飛ぶ天使を何とか払いのけ、私は彼の話に食らいついていく。
巡は大きく頷いて、どんどんと新事実を語っていく。
「そうだ、そのつがい。龍は生涯に一人だけつがいを得るらしくてさ、それが人間の中に産まれるらしい」
「は?龍の伴侶が人間??」
「よくあることだろ、異種婚姻」
「ねえよ」
「あるってことにしといて。んで、そのつがいってのがどうやら俺の子供みたいでさ……いや~まいっちゃうよな……」
「んあ???お前の????子供が??????ほんまか??????」
とんでもないワードの羅列に、私の頭はもう限界寸前だ。しかし巡は止まることなく、さらに言葉を重ねていく。
「そんでどうやら俺が想い人とくっつかないと、その子供は産まれないみたいで……」
「ほああ……?」
「いや~~~ほんと、まいっちゃうね!俺の恋愛が世界の命運握ってるなんて!!」
いやマジでどういう事だよ、とか。まいっているのはこっちだよ、とか。言いたいことは山ほどあるんだが……私はひとつだけ確認しなければいけない。
「それって……まさか、相手…………私じゃ……」
「いやちげーよ。んなわけあるか」
巡はこの上なくズバッと言い切った。
……よかった。私はこのアホと恋愛しろと言われても100パー無理だからな。候補から外れてよかった。
だが、となると相手は一体誰なんだ……?
私の疑問を感じ取ったのか、巡は妙にきりっとした表情で私を見据えた。
「ゴホン……俺の想い人なんだがな……実は………その………」
「うん………」
「お前の…………」
「私の……?」
「…………………さん」
「は?聞こえん、もう一回言ってくれ」
「んんっ………だからお前の……………秘書の……………純浦、さん」
純浦、さん。純浦…純浦って…
「私の研究室の、純浦恋歌さん……?」
「そ、そうです!恋しちゃいました!!」
「っハアアアアアア?!お前、ばか、あの人今婚約の話が進んでるんだぞ!!なんでもっと早く言わねえんだ!!」
私はテーブルを叩きながら猛抗議をした。だってこいつ、やることが遅い!
――純浦恋歌、25歳、独身。メガネをかけた黒髪の知的美人。料理も得意で運動神経もバッチリ、人当たりも良く、大学時代には非公式ファンクラブもあったとかないとかの噂だ。
そんな才色兼備の優良物件に結婚の話が持ち上がらないはずもなく、つい一か月前に見合いの話が挙がったばかりだ。
それなのにこいつ、恋しちゃったのか……?!なんでせめて婚約の話の前に言わねえんだ!!
私の鬼気迫る表情に押し負けたのか、巡はしょぼしょぼとしながら言い訳を始めた。
「だって……何回ループしても戻ってこれるのはこの4月なんだもん……!俺だって戻れるならもっと早くに戻りたいよ…」
「くっ……ループのタイミングめ……」
「こればっかりはもう仕方ないんだよ!しかもいっつも純浦さんに恋愛対象としてすら意識してもらえなくってえ……」
「絶望的じゃねえか…」
「だから頼む、依留!お前だけが頼りなんだ……世界を救うためにも、何とか手伝ってくれ!」
世界を救う……ね。聞こえはいいが、やることはこのアホの恋愛成就……しかも相手の難易度はベリーハードだ。
私は眉間を揉みながらため息をついた。そして白衣の胸ポケットからメモ帳を取り出す。
「……まずはサンプルをよこせ。お前がこれまでにやってきた恋愛アピール、全部語れ。失敗のサンプルも貴重なデータだ」
「ああ、俺の華麗な活躍を語ってやるよ!」
「……全敗記録を……嬉々として……はあ、もういい。で、何から始めたんだ」
「ああ、最初の頃は……」
そうしてこの日は巡の恋愛譚を聞き取りしたのだが……私は絶望することになる。
――こいつの壊滅的な恋愛センスに。




