第3話
――巡の予言はすべて的中した。
翌日の昼、私はカロリーバーを齧りながら目の前の幼馴染をにらみつけていた。
その巡はというと、へらりとした締まりのない笑顔で来客用ソファに座っている。
「依留ちゃん、昨日はどうだった?元気に過ごせた?」
私は米神がぴくぴくと痙攣するのを感じながら、にっこりと笑顔で答えてやる。
「ああ、とても有意義に過ごせたよ。学生の爆発事故にコーヒーのぶちまけ、誤字20か所の狂気のレポートに、夕方には狂犬チワワ3匹のお出ましだ。おかげでミントティーでのスッキリとした目覚めを夜に体験してしまった」
「それは最高の日を過ごせたね!」
「ああ、最高に最低な日だったよ…」
ほんのりと甘いバーを口に放り込み、コーヒーで流し込む。昨日の報告書と始末書、学生レポートのチェックと忙しく、ろくな昼食も摂れない羽目になるとは。
私はコーヒーを飲み切ると、巡の顔をまじまじと見つめる。彼の顔は昔から見慣れているが、どこかうっすらと疲れているように見えた。
「仕事は休みなんだろう、何に疲れているんだ」
「あー…依留にはわかっちゃうかあ…」
「20数年来の幼馴染を誤魔化せると思うな。で、一昨日のことと言い、お前は一体何を知っているんだ」
私が真面目に話を聞く体制に入ると、彼もすっと姿勢を正した。どうやら本当に、彼の身に何かが起きているらしい。以前なら寝っ転がったまま話し始めただろうに。
巡は一呼吸置くと、とんでもないことを語り始めた。
「――単刀直入に言うよ。俺はこの4月からの1年間を、繰り返している」
「……は?」
「タイムループってやつだ。もう何回目かも覚えていないけど……何回も世界の滅亡を迎えては、また4月に戻る。そうやって俺は……100年近く生きているんだ」
「は……あ?!100年っておまっ……!」
「本当なんだよ、もう俺、100年も繰り返して繰り返して…守護龍の落下を防ごうって必死にやってきた、色んな方法も試したけど……もう限界なんだ……」
ぐしゃりと顔を歪め、苦しそうな表情を浮かべる。巡のこんな表情は見たことがない。
「頼む…もう落下を防ぐには、俺一人の力じゃ足りないんだ。今度こそ終わらせないと、俺…もうもたないよ…!」
涙をにじませる巡の顔は、真剣そのものだ。どこにもふざけた雰囲気などない……本気の、彼だ。
「……本当、なのか。その、100年も繰り返したって……」
「っ……ああ、正確な数字はもうわかんないけど……90回は超えてると思う。何回も、何回やっても、最後には守護龍が目の前に落ちてくるんだよ……」
「そう、か……」
「……」
…正直、信じがたい言葉だった。冗談だと言ってくれた方がマシなほどだが、彼の涙に嘘などない。幼馴染の私だから分かることだ。
私は手慰みに、空になったカップをなぞった。
…今の巡は、どう見ても限界を超えて我慢している。このままじゃ心を空っぽにして壊れてしまうかもしれない。そんな危うさがにじみ出ている。
だが本当にあるのか?タイムループなんて、そんな神話じみた現象が……
(……いいや、原理よりも……信じるべきはこいつ、か)
私は立ち上がり、ポットからコーヒーを並々と注いでやった。再びソファに座ると温かいそれをごくりと飲み、ため息を一つ。
「……とても信じがたい現象だ」
「っ……!」
「そんな神話じみた現象、実証もなしには信じられん。先の予言だってお前がすべて裏で糸を引いていたと言われた方が現実的だよ。全く、とても非科学的な話だ」
「……依留ぉ……」
絶望したような巡の悲しい声が研究室に響く。その声を遮る様に、私は少し乱暴にカップを置いた。
……ここまでは前置き。私は一呼吸おいて、本題を口にする。
「だがな、私の勘が言うんだよ。お前を信じろってな」
「……依留」
「女の勘は、時に科学を凌駕する…なんてな」
私はニヤリとした笑みを浮かべ、アホ面を晒している幼馴染をまっすぐに見つめ返した。
「巡、私はお前の言うことを信じよう……さあ、言ってみろ。私に何をして欲しいんだ?」
巡は信じられないものを見る目で、私の目を見つめる。こんなに見つめあったのは保育園以来じゃないか?そう思うくらい、私たちは見つめあった。
「依留……本当に、本当に信じてくれるのか?」
「信じるよ、非科学的すぎて驚きはしたが…お前が予知能力に目覚めるよりも可能性は高いと思うしな」
「依留……!ありがとう!!」
私の皮肉に、まっすぐな感謝を伝えてくる巡。こんな不細工な笑顔向けられたら、さすがに少し照れてしまうな。
「ん……それで、私は何をしたらいいんだ?」
「あ、ああ!実は守護龍の落下を防ぐ方法はもう分かってるんだ」
「なんだ、ならばすることは決まったな……それで、私の役割は?」
「ああ、世界の滅亡を防ぐために…お前には必要不可欠な役割を果たしてもらう」
ごくりと唾液を飲み込んで、私は巡の言葉を待った。
「いいか、この上なく重要な役だ。お前に世界の半分がかかっていると言っても過言じゃない」
「そんなに……どんな役なんだ……?」
「その役割とは……」
「……役割とは……?」
「……」
「……」
巡は少しだけ目を伏せ、どこか照れた様子で言葉を紡いだ。
「……………………恋の、キューピッドだ」
「………………………は、あ?」
――窓の向こうで、またひとつ、守護龍が身震いをした。




