第18話
『犯人に告ぐ―人質を解放し、投降しなさい』
店の外から聞こえてくる、拡声器を通した声。どうやらすぐに警察が駆け付けた様子だ。
男の要求により店内に流れる和風な音楽は、店外の様子を探るための緊張感あるラジオへと変更された。アナウンサーの緊迫した声が店内に響く。
『先ほど入りました情報によると、犯人は黒い服装で、黒いリュックを背負っており、手にはナイフを持っていた、とのことです。当時店に並んでいた客の証言によりますと、男は突然走ってきて列を乱し、無理矢理に店内に侵入したようです』
「……クソが、デケエことになりやがって」
男はそう呟くと、リュックをしっかりと背負いなおした。そして店内をゆっくりと見回していく。
店内には店員4人、料理人3人、客がおよそ20人。そこまで大きくない店内はほぼ満席で、その殆どが女性客だ。男は巡と料理人1人の計2人しかいない。
「あんなことさえなければ、俺だって今頃……」
男はぶつぶつと何かを呟きながら、ナイフ片手にきょろきょろとしている。非常に警戒している様子だ。気も立っているだろうし、余計なことはできないな。
――プルルルルル……
話し声のない店内に電話の音が鳴り響く。男はその音の発生源を睨みつけると、店員のひとりにナイフを向けた。
「出ろ」
「ひっ……はぃ」
店員はそっと立ち上がり、震える手つきで受話器を取った。
「も、もしもし……」
揺れる声で何とか返事をし、会話をする。店員はゆっくりと犯人に受話器を差し出した。
「あの、警察です……あなたと話がしたいって」
「チッ……代わったぞ」
男は舌打ちをしてから受話器受け取った。警察に何かを聞かれでもしたのか、男は自身の要求を話し出す。
「店の前から警察は離れろ。それから金だ、1億用意しろ。車を用意してその中に積み込め。用意出来たら店の前に車をつけろ。当然エンジンは掛けたままな」
……どうやら金目的の犯行のようだ。だが、なぜこんな立てこもりなど、成功率の低いことを?
そう思っていると、再びラジオからアナウンサーの声が響いてきた。
『続報です。現在立てこもりが起きている事件、犯人は直前に別の場所で強盗をし逃亡していた模様です。強盗に入られたのは宝石店で、複数の宝石を盗んで逃亡したとのことです』
「タイムリミットは午後2時だ。遅れるごとに人質をひとりずつ殺す。以上だ」
男は乱暴に通話を切り、店員に受話器を渡した。店員は慌てて受け取り、元の場所にゆっくりと戻す。
そして店員が床に座り込んだところで、男は店内に響くように大声で話し始めた。
「いいか、下手に動くんじゃねえぞ。反抗した奴からひとりずつ殺す」
私たちは席に座ったまま、テーブルの上に手を乗せている。スマホに触れることはおろか、会話もままならない緊張状態だ。
人の声のない店内、ラジオの声だけが響く。
『……現在立てこもりが起きています地区において、住民の皆様は慌てず避難し、外出は控えるように警察は呼びかけています』
「はっ……避難しても無駄だよ。どんな威力の爆弾かも知らねえくせに」
男はどこか諦めたような表情で、そう呟いた。その声は思ったよりも店内に響き、客たちを騒めかせた。
「騒ぐんじゃねえ!……この爆弾はな、あの龍のエネルギーを利用した爆弾だ!スイッチを入れればこの店なんて軽く吹っ飛ぶぞ!」
「なっ……!」
守護龍の鱗片エネルギーを利用した、爆弾だと?私は耳を疑った。だってそれは国際法で禁止されているはずだ!
鱗片のエネルギーは文化発展に不可欠、そのため武器利用は禁止されているのだ。銃、戦車、爆弾……そういったものへの利用は世界共通の禁止事項。過去に利用した国は必ず世界的な経済制裁を受けている。それほどの重大な事柄だ。
それなのに、こいつ、龍の爆弾なんて劇物を持っているのか?!警察に知られたら、下手したら死刑だぞ?!
私の焦りを感じたのか、巡は視線を向けてきた。そして静かに首を横に振る。……落ち着け。そういう合図だった。
(そうだ、落ち着け。騒いでも何も変わらん)
私は深呼吸をして男を注意深く見つめる。男の目は暗く、汗を浮かべている。緊張しているのだろう、呼吸も早いようだ。
そうして静かにしていれば、ゆっくりと時間は経過していく。男は呼吸を整え、静かに店内を歩き始める。そうして40分程が経過した頃、再び電話が鳴り響いた。
「……出ろ」
男は再び店員に指示し、受話器を取らせた。そして彼女から犯人へ受話器が渡される。
「もしもし……」
そう言って字電話に出た男だったが、みるみるうちに表情を変えていく。なんだ、警察に何かを言われたのか?そう思うと同時に男は叫ぶような声を上げた。
「ふざけんじゃねえ!都合のいい時だけいい奥さんですってか?!よく交渉電話なんかできたよな?!もとはと言えばお前がっ!!お前が、離婚なんて言い出すからっ!!」
……どうやら電話先は知人のようだ。しかしその電話は、おそらく警察の期待を裏切るものだ。こんなに男を刺激しては交渉の余地はないだろうに。
男は乱暴に通話を切り、受話器を床に叩きつける。受話器は割れ、今後の交渉が不可能になったことを示した。
「あのクソ女がよ……!」
男は再び呼吸を荒くして、先ほどよりもギラギラとした目をしている。完全に怒っている。私たちは刺激しないよう、静かに息を潜めようとした。だが……
「……そこのメガネの女、立て。んでこっちに来い」
「えっ……」
純浦さんが、目をつけられた。彼女自身は何もしていない。ただ静かに座っていただけだ。それなのに。
「そのメガネ、あの女にそっくりでムカつくんだよ……!」
似たメガネをしている。ただそれだけの理由で、標的にされた。
純浦さんは少し迷ったようだったが、すぐに立ち上がろうと腰を浮かせた。だが、彼女の手を押さえて立ち上がったのは、巡だった。
「人質なら俺が代わろう」
そんな巡の声にイラついたのか、男はナイフを店員に向けて叫んだ。
「俺はその女に用があるんだよ!おめえは黙って座ってろ!」
「ひいっ……!」
「っ……!」
店員の悲鳴に巡は眉を寄せ、ゆっくりと椅子に座った。そんな様子の巡に、純浦さんは小声で声をかけた。
「大丈夫です……ありがとう」
そう言って席を立ち、男の元へと歩き出す。ゆっくりとした歩みで進む彼女、その足は、震えていた。
巡は悔しそうに表情を歪め、テーブルの上に拳を作った。私はその腕に手を乗せ、落ち着くようにと視線で語った。
巡はゆっくりと深呼吸をひとつして、握りこぶしを開いた。……どうやら冷静になった様子だ。彼の力が抜けたのを見て、私は手をテーブルの上に戻す。
そうしていると純浦さんが男の目の前にたどり着いた。男は不機嫌そうに彼女をじろじろと睨みつける。そしておもむろに、彼女の頬に平手を食らわせた。
――パンッ!!
静かな店内に、その音は響き渡った。
――巡はまた握りこぶしを作って、今度は怒りを顕わにした。
純浦さんは床に膝をつき、頬を押さえている。メガネは外れ、床の上に放り出された。それを男は忌々し気に踏みつぶす。
――パキッ
「クソが……あの日の、うろこの大量降鱗さえなければ、こんなことにはなってねえんだよ!何が契約だ、天気の影響くらい想定しろよ、違約金なんてしらねえぞ!!」
男はうっぷんを晴らす様にガツガツと床に靴を叩きつける。純浦さんのメガネは粉々になり、もうもとの姿には戻らないことがありありとわかった。
……言葉から察するに、この男は。あの白いうろこの大量降鱗の時に何らかのミスをして違約金を支払うことになり、その金が必要になった……ということだろうか。
いや、そんな推測よりも。純浦さんは大丈夫なのか?かなりの力でぶたれていたぞ?!
純浦さんを見てみれば、彼女は頬に手を当てたまま俯いている。大丈夫か、怪我はしていないか……そう思っていると彼女は何かを感じたのか、頬から手のひらを離し、顔の前に動かした。その手のひらには……
赤い、血が――
私がそう認識した瞬間、奴は動いていた。
――巡。
素早く移動し、あっという間に男の懐に潜り込む。メガネに気を取られていた男は当然反応できない。そして……
――ガッ!!
「ぐぼっ……!」
鈍い音を響かせながら、巡の拳が男のみぞおちに吸い込まれていく。男はこらえきれずに胃液を吐きながら床に伏せた。
巡は床に落ちたナイフを蹴飛ばし、男から遠ざけた。そして男の髪の毛を掴んで顔を上に向かせ、無表情に告げた。
「俺の大事な人に、二度と、手を出すな」
「ひゃ……ぐっ……」
男は声にならない声をあげ、巡に許しを請うような表情になった。勝敗は決した。誰もがそう思いほっと息を吐きだした、その時だった。
――ピッ、ピッ…ヴィン…ヴィン……
男の背から、異様な電子音が鳴り響く――爆弾だ。
音の原因に皆思い当たったのか、客も店員も立ち上がって悲鳴を上げる。私は急ぎ純浦さんのもとへと駆け付けた。
「純浦さん、立てる?」
「あ……はい、多分鼻血だけなので……」
「よし、立って。急いで店から出よう!店員さん、鍵開けて!!」
私の大声に反応し、客は一斉に出入り口へと殺到する。店員が何とか鍵を開けようとするが……手が震えているのか、なかなかうまくいかない様子だ。
そんな間にも、電子音は大きくなっていく。
――ヴィン、ヴィン、ヴィン……
巡は男からリュックを奪い取り、その中を漁った。宝石がいくつか出てきたが、そんなものに構ってはいられない。
「あった、爆弾!依留、これ何とかならない?!」
そう言って私に爆弾を見せてくる。全く、無茶を言ってくれる幼馴染だ!
「それ……電池は入ってないか?!」
前に研究記事で見たことがある、時限タイマー。武器利用を想定してないその作りの仕掛けなら、何とかわかる。
「ある!」
「それを抜け!」
巡は素早く私の声に反応し、爆弾から電池を抜き出した。しかし。
――ヴィン、ヴィン、ヴィン……
異様な電子音は止まらない。まだ何か仕掛けがあるのか。そう思い爆弾を見れば、電池とは別部分のエネルギー供給装置がついていた。銀の鱗片を繋ぎ合わせた精密機械、これが動いてしまったのか!
「これ、最新の鱗片利用の充電装置か?ならコードを切るしかない。今から言う順番に切ってくれ!」
「おっけい!」
「っふうー……まず右端の黒、次に横の緑…………っ最後にプラグを抜け!」
「信じてるよ依留ちゃん!」
巡は順番にコードを千切っていく。指先までゴリラかよ。そんなツッコミをする間もなく、最後のプラグが外された。
――ヴィン………
同時に、奇妙な電子音は鳴りやんだ。……どうやら止まったらしい。
「と、止まったあ~~!!」
巡の声に皆が振り返る。それと同時に扉が開いて、警察が駆け込んできた。
「皆さん落ち着いて!犯人は?!」
警察の声に答えるように、皆の視線が男を指し示した。男はすっかり伸びてしまい、巡が手を上げて犯人を警察に知らせる。
「あ、この男が犯人で――」
「確保―!!!!」
「えっ?」
……無力化した爆弾を持っていたのが悪かったのだろう。巡は警察に取り押さえられてしまった。
「ちょ、犯人あっち!気絶してる方!!」
「犯人確保!負傷者2名、至急救護を頼む!」
「違うって、犯人あっちで……!」
「言い訳は署で聞く!」
そんなドラマのセリフのようなことを言い、警察は巡を連行しようとする。私は慌てて警察の腕に掴みかかった。
「違うんです!犯人はあっちの黒い男です!!」
「そ、そうです!その人は私たちの連れです!」
私と純浦さんの必死の訴えにより、なんとか警察は巡を解放してくれた。そして改めて犯人を確保し、外へと連れて行った。
私と巡は、救護の人に連れていかれる純浦さんに付き添って外に出た。男に打たれたんだ、念のためレントゲンだって必要だろう。そう考えながら救急車に乗り込んだ。
「すみません、鼻血くらいで救急車なんて……」
「いやいや、殴られてるからね?ちゃんと診て貰わなくちゃ!」
「そうですよ!ちゃんと診察を受けないと!!」
……巡は片言も忘れて、純浦さんの心配をしている。もしかして私はお邪魔か?そんな思いが頭をよぎった。
「でも……保坂准教授、学会が……」
「あ~そういやそうだったわ……ま、もう間に合わないし仕方ないさ」
「……ごめんね、2人とも。俺があの店を予約したから……」
気弱になる巡に、私は笑って肩を叩いてやった。
「何を言ってるんだ。店のセンスは良かったぞ!運がなかっただけだ」
「そうです、お店は素敵でした。龍崎さんは悪くありませんよ」
「でも……」
巡は納得がいかない様子で、まだ俯いている。全く、仕方のない幼馴染だ。
「どうしてもお前の気が済まないなら……また改めて食事会をしようか。会費はお前持ちでな!」
「っやらせていただきます!俺のおごりで食事会、やらせてくださいっ!」
巡は必死な声でそう言った。余りの必死な様子に、私も純浦さんも苦笑することしかできなかった。
――救急車の窓から見える曇り空、守護龍はいつも通り銀色に輝いていたのだが……どこか椿色に見えたのは、私の見間違いなのだろうか。




