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第17話



青い空、適度な気温、まさに過ごしやすい5月半ば。澄んだ青空とは反対に、私の心にはもやがかかっていた。


原因は明白。先日の青い鱗片の測定結果のせいだ。器具に表示された『TSUGAI』の文字。


その後王塚に確認したところ、器具にそのような文字データは入力されていないと返事を貰った。当然だ、ただの測定機にそんな文字を入れる意味はないからな。


だとすれば考えられるのは、青い鱗片から何らかの異常なエネルギーが逆流して、それに器具が反応した、ということなのだろう。そう考えるのが自然だ。


だが決して、オカルトな推測も否定できない自分がいる。巡がループしているということを事実と仮定するならば、ヤツの発言がすべて事実だとするならば、あれは守護龍からのメッセージだとも推測できる。可能性はごく低いがな。


「はあ……頭痛がする」


ぼそりと呟く。小さな声で呟いたそれは、静かな研究室に思ったよりも響いたようだ。ソファで本を読んでいた巡にもしっかりと聞こえてしまう。


「依留ちゃん、大丈夫?そんなに学会の準備ヤバい?」


「……なあ巡」


「なに?」


「……守護龍ってさ、本当につがいが欲しいのか?」


「……ん、本当だよ。俺ループする度に聞いてるから分かる。寂しいんだよ、あの龍は」


「ん?ループの度に聞いてるってのは……」


巡は本をテーブルに置き、身体をソファの背もたれに預ける。そして天井を見上げながら話し始めた。


「……3月末にさ、守護龍が落ちてくるとき……なぜか毎回俺のところに頭から落ちてくるんだ。そして俺に言うんだよ、寂しい、つがい、会いたいって」


「そう、なのか」


「ん……そうやって100回も聞いてるからさ、龍が求めてるものも何となくわかって……それが俺と純浦さんに関係することなんだって理解できたわけよ」


どこか遠い場所を見つめるような巡。その視線の先には天井があるばかりだが、こいつはきっと守護龍のことを思っているのだろう。


……正直、今の言葉にだって科学的な根拠はない。証拠もない。だが、巡の言うことが嘘だなんて思えない。


(……結局のところ、私も信じてるんだよな。最初から)


こいつがループしていると私に打ち明けたあの時から、こいつの言葉に嘘はない。長年の感覚だ。それくらいわかる。


(うん……この際仮説でも推論でもいい。前提をすべて信じてやろう)


よかろう、信じてやるさ。守護龍、お前が寂しがりの独りぼっちだってこと。つがいが産まれないことに絶望して、落ちてくるくらい重いやつだってこともな。


(信じきれない部分があるのも事実。だが、仮説を定めたならあとは突っ走るだけだ)


「巡、私は覚悟を決めたよ」


「んお?」


巡は視線を私に向け、気の抜けた返事をした。私はそれにニヤリとした笑みで返してやる。


「お前の初恋、実らせる覚悟ができたって言ってるんだよ」


「えっ、今まで本気で応援してくれてなかったの?」


「応援はしていたさ。それが今度からもっと気合を入れるぞって話」


「……よくわかんないけど、よろしく?」


「おう、よろしくされる」


若干の納得のいかない顔をしながら、巡は再び本を読み始めた。読んでいるのは『恋のイロハとその実践について』……先日用意してやった恋愛マニュアルだ。ちゃんと読んでいるようでなによりだ。


基礎を学ぶことも大事なのだが、結局はこいつの行動にかかっているのも事実。私はその後の進展について尋ねてみた。


「タオル貰った後、どうだ。何か進展はあったか?」


「ん~……ちょっとお喋りしたくらい?」


「会話になっているのなら上々だ。そろそろ片言も卒業しろ」


「誠意努力中で~す」


「ん……そういえば」


私はふと思い出し、学会の資料を確認した。そこには日時、場所、参加者等について書かれている。その場所の住所を見て、ひとつ考えが浮かんだ。


「なあ、巡。今度の学会だけど、この辺りって前に取材してなかったか?」


「あ~したね。和食屋さんとか、ラーメン屋さんとかのご飯処発掘記事書いたわ……懐かしい、100年前の記事だ」


本から視線を移した巡は、再び遠い目をした。そうだった、こいつにとってはそんなに昔のことになってしまうのだ。私は少々配慮に欠けていたかと内心で反省をした。


「……そうか、それも100年前になってしまうのか」


「まあ、相手側にとっては数か月前の話だけどね。それがどうかした?」


「ああ、ん……今度の学会、このすぐ近くの大学を借りてやるんだ。学食もいいが、昼休憩は皆で外食をしたらどうかと思ってさ」


そう説明をしながら、私はネット上にある巡の記事を探す。ちょっと調べればそれはすぐに見つかり、大学近くの食事処についてまとめられた人気記事が見られた。


「記事、結構読者がついているな。食事処も混んでしまうかな」


「大丈夫、今からでも予約入れられるよ?どこがいい?」


「それについてはお前に一任しようと思う」


「え、行きたい場所あるんじゃないの?」


巡は不思議そうな表情を浮かべた。私は身体ごと巡の方に向き、真面目な顔で話を始める。


「そろそろ、次のステップに踏み込むべきだと思うんだ」


「次って?」


「お前と純浦さんだよ。そろそろ食事くらい一緒にしてもいいだろう?」


そう言ってやると、巡は分かりやすいほどに動揺した。


「えっえっ、ごはん一緒に?!流石にまだ無理だよ!」


「何も最初から2人でいけとは言わんさ。でも旅行の時も一緒に食事はしたし、次は日常でもできたらいいと思ってな。今度の学会の昼、純浦さんをエスコートするつもりで場所を選んでみたらどうだ?事前練習にもなるだろう」


「あっ、そ、そういうこと!……まあ他にも人がいるならなんとかなる、かも?」


「そうか、なら決まったな。やれ」


「うっ……き、緊張するけど……うん。やってみる」


恋の進展には巡も積極性が出てきた様子で、自分からまともな行動を取れるようになってきた。思ったよりもまともに動けているな……いいことだ。


私は学会の昼食場所については巡に一任し、再びスライドの作成を進めた。もう間もなく本番だ、あとは微調整の範囲なのだが……


「ね、ねえ依留!純浦さんって洋食派?和食派?イタリアン派?どうしよう、嫌いなものとかあるのかな??」


「……旅行の時を思い出せ。好き嫌いなく食べていたと思うが?」


「でもでも、好きなものがあるならそれ食べてもらいたいじゃん!デザートはさっぱり派?甘さ重視派?あ~どうなんだろう????」


「……もう本人に聞けよ」


巡のふわふわした不安に答えながらの仕事は、遅々として進まないのであった。







――そうして迎えた、学会当日。




空はうっすらとした曇り、気温は平年通り。ぼちぼちとした天候の中、科学魔法分野の学会が開催された。


私と教授の発表は午後からの予定だ。午前は席に座って各発表を聞いたり、実際に最新技術の研究設備を見学したりして過ごした。


巡はカメラマンとして参加しており、可能な限りの設備の撮影をしてもらった。純浦さんは白い鱗片の活用方法として、新たにプラスチック資材への応用を目的とした技術開発に興味を示した様子だった。巡もそれには気づいており、資料を積極的に貰ったり写真を撮ったりなど忙しそうだ。


さてそうして午前はあっという間に過ぎ去り、いよいよお昼の時間。そろそろ移動しようかと声をかけたところ、教授は鞄から弁当を取り出した。


「あれ、教授。お昼持ってきたんですか?」


私が尋ねてみると、教授は申し訳なさそうに返事をした。


「うん、家内と孫がね。おじいちゃんの遠征お弁当つくるって張り切っちゃって……すまないけど私は控室で食事をとるよ」


その内容に、純浦さんはほほえまし気な顔をした。


「いいですね、素敵なお弁当だと思います」


「ありがとう。そういう訳だから、また午後にね」


「はい。どうぞ味わって食べてあげてください」


そうして教授と私たちは分かれて昼を過ごすこととなり、食事に行くのは私、巡、純浦さんの3人となった。


「予約してるらしいけど、人数変更は大丈夫か?」


「減る分には大丈夫だと思う。一応電話してから行こうか」


私と巡の会話に、純浦さんも自然と参加する。


「今から行くお店、ネットのごはんログにも載っていましたね。人気店みたいなので楽しみです」


「アッ、ソ、ソウデス!創作和食、女性に人気ミタイデス!」


「和食ってヘルシーだし、デザートの種類も豊富みたいですね。女性人気も納得です」


「ソウデスネ!」


「……ほれ、はよ電話しろ。……ネットだと和膳がメインみたいだけど、夜にはコース料理もあるみたいですね」


「お酒と和食の組み合わせも素敵ですね。日本酒、結構女性にも受けてますし」


「ですね」


そうこうしていると巡は店に確認をし終わったらしい。問題ないとのことだったので、私たちはタクシーで店へと向かった。


そして数分後、無事にタクシーは和食屋へと到着した。


店の名前は『和食処・龍彩』。店の前にはすでに十数人の列ができていたが、私たちは予約済みなのですぐに席へと案内された。


店内には静かな和風音楽が流れており、雰囲気が良い。観葉植物も盆栽を置いていて面白いと思う。


私たちは席へ着くと、早速メニューを広げる。色とりどりの季節の和膳、単品料理、サラダ、デザートなどの写真が圧巻だ。


「この天ぷら、衣がうっすらとピンク色だ」


「紅ショウガを使っているんでしょうか?美味しそうです」


「コッ、ココの一番人気は、この、彩り和膳ミタイデス……」


「あ、デザートもついていてお得ですね。しかも食後にお茶のサービスも……これにしようかな?」


「いいですね、私はこの天丼セット……いや、その和膳も捨てがたいな……」


「ゆっくり選んでネ!時間はあるカラ!」


巡はそう言って、緊張しているのかお酒のメニューまで広げだした。おいおい、仕事の途中だぞ、飲酒はしない。純浦さんもそう思ったのか、笑いながら指摘をした。


「龍崎さん、ノンアルは裏面みたいですよ?」


「ファッ?!ア、そうですネ!」


「ふふ、お酒はまた今度のお楽しみですね。へえ、スパークリングの日本酒も置いてるみたいです」


「ふうん、飲んだことないな。今度試してみようかな?」


そうして和やかにメニューを眺めていると、他の客席へ料理が運ばれていく。出汁のきいた煮物や、西京漬けのいい香りが漂ってくる。


「……美味しそうだな」


「ですね。これは期待しちゃいます」


私と純浦さんは料理のメニューとにらめっこを始める。巡もメニューを眺めながら、会話に参加する。


「コ、この期間限定サラダ、3人前からお得ニナルみたいですネ」


「いいですね、これは頼んじゃいましょう」


「ハ、ハイ!」


巡は何とか純浦さんと会話が続けられている。よしよし、温泉デートを邪魔した時とは雲泥の差だ。このままいけば楽しく食事ができそうだ。


そうして和気あいあいと会話をした後、ようやくそれぞれが注文を決め、店員に声をかけた。


店員がメモを手に歩いてくる。彼女が出入り口を横切った。




――その時だった。




突然、入り口側から悲鳴が聞こえてきた。


「キャアア!!」


声の方を見てみると、出入り口で黒いリュックを背負った壮年の男が、ナイフを掲げて叫び始めるのが目に入った。


「全員動くな!俺は爆弾を持っている!店員、入り口に鍵かけろ!!」


「えっ、えっ?」


動揺する店員に対し、男は手にしていたサバイバルナイフを見せつける。その手はわずかに震えが見えた。


「早くしろ!!」


「は、はいっ!」


店員が出入り口に鍵をかけたのを見計らい男は背負っていたリュックを持ち上げ、大声で宣言をした。


「いいか、お前らは人質だ!下手に動くなよ、動いたらこの爆弾で店ごと消し飛ばしてやる!本気だぞ!!」


「……おいおい、マジかよ」




――どうやら私たちは、とんでもない事件に巻き込まれてしまったようだ。




――店の外、空の上。守護龍が心配そうに身体を揺らした……のかもしれない。



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