第16話
「依留ちゃ~ん、鱗片拾ってきたよ!」
今日も勢いよく研究室に突入してくる巡。
先ほどまで外でハチ関係の作業をしてきたようだ。首に巻いている龍の刺しゅう入りロングタオルがその証拠。
先日純浦さんからお礼としてもらったタオル。それを使ってハチ対策の作業をするのが最近の巡のルーティンなのだ。
本当は私の本の執筆を進めてもらいたいところなのだが、今は私も学会の準備で忙しい。その為巡は、時間を見つけては純浦さんの為になるような作業をしている、という訳だ。
……しかし、なんか匂う。こう、燻したような感じの、煙臭いというかそんなにおいがする。
「……巡、何してきたんだ?ちょっと匂うぞ?」
「えっ俺臭い?!」
「ああ、なんか煙臭い」
「ああ~……さっきまで森林科の先生手伝ってたからだ!ハチ除けに木酢液っていうのが良いらしくてさ、それ作ってた」
「ああ、なるほど。これ木炭作る時の匂いか」
「うんそれ~。依留ちゃん知ってた?木炭の煙を冷やすと木酢液っていうのができるんだって!」
「まあ原理は……てかお前、いつの間に他の学科の先生と繋がり作ってんだ」
タオルの匂いを気にしている巡にそう聞いてみれば、なんともこいつらしい答えが返ってくる。
「この間研究室周りにハチ除け撒いたじゃん?その時にお喋りした」
「……なるほどな、この人たらしめ」
こいつは普通にしていれば人当たりも良く話しやすい。昔から年配の方には特に可愛がられてきたからな、その延長という訳だ。
私はひとり納得して巡を眺めていれば、こいつはポケットから何かを取り出した。
「てかそれよりこれ!キャンパスで鱗片拾ったんだけど……なんか、変じゃね?」
そう言ってポケットから取り出したのは、守護龍の鱗片だ。銀色のそれは先日も数枚、キャンパス内に落ちてきていた。その時に拾い損ねたものだろうか、そう思い巡の手の中の鱗片を見てみれば、そこには明らかな異常が見られた。
「……は、これ……青い?!」
薄い鱗片の内側からどんどんと変色が進み、その銀は青へと変わっていく。先日研究室で目撃した現象と同じだ。
私は慌てて立ち上がり、スマホの録画機能でその様子を撮影した。本当なら撮影用の板の上で撮りたいところだが、そうも言っていられない。今この瞬間に変化が起きているのだから。
巡の手の上の鱗片はどんどんと色を変え、ついには青い花びらのように鮮やかな青へと至った。先日実験室で見た現象と同じだ。私は少々興奮を抑えきれない。
「巡、このまま実験室へ行くぞ。他の鱗片にも変化があるかもしれんし……あっ!」
私は研究室の扉を開け廊下へ出た瞬間、先日の爆発事故についてもようやく思い出した。本棚を浮かせるレベルの爆風を起こした、鱗片。巡の手の上のこれも同じことが起こる可能性がある。すぐに外に出るべきか、どうしようか?!
「依留、どうしたの?」
私の声に驚いた巡は、鱗片を両手で包み大切に持っている。私はすぐに巡に顔を向け事実を端的に説明した。
「巡、この鱗片爆発するかも。とりあえず外に出よう」
「ホワッツ?!爆発!?え、俺の手吹っ飛んじゃう??」
「実験室から保管用の頑丈な箱を取ってくる。ちょっと待ってろ!」
素早く実験室の扉を開け目的の箱を実験棚から取り出すと、私はすぐ巡のところへ戻った。そして鱗片を箱に入れると、すぐさま玄関の方へと走り出す。
「急げ、慌てず騒がずに急ぐんだ!」
「結構無茶だよそれ!」
「いいから!」
箱を持ったまま私は研究棟の外へと移動する。巡と一緒に外へ飛び出すと、ちょうど休憩から戻った純浦さんと鉢合わせた。
「あら、お2人ともそんなに急いで……どうかしたんですか?」
「あっ純浦さんちょうどいい!実験室から新しい器具持ってきてくれる?簡易検査のやつ!」
「えっ……外でやるんですか?」
純浦さんの当然の疑問に、私は簡潔に答えを返した。
「鱗片がまた青くなったんだ。爆発の危険があるからこのまま外でやるよ」
「っ!わかりました、すぐに持ってきます!」
即座に状況を把握した彼女は、速足で実験室へと向かっていった。私と巡は研究棟横の広めの空き地に移動した。そこの地面にハンカチを敷き、その上にそっと箱を置く。上から中を覗いてみたが、どうやら鱗片はまだ青い状態のままだ。よしよし、このままデータを取らせてくれよ……
「持ってきました!」
純浦さんが小さな段ボールを抱えて小走りで近づいてくる。それには先日王塚の会社から貰った簡易検査の器具が入っている。
「よし、鱗片にコードを繋ぐよ」
「はい」
この器具は小さな電子測定器になっており、コードの先に触れた鱗片のエネルギー総量を簡易的に測定できるというものだ。これで鱗片の異常が少しでも分かればいいのだが……
――ピッピッピ……
「……どうだ?」
器具は電子音を鳴らしながら、どんどんと数字を変化させていく。そうして数秒が経過したとき、異常が発生した。
――ピピ―――――――――!!!!
――『ERROR』
「えっなんで?!今朝はちゃんと測定できただろうが!」
器具は納品時にちゃんと試した。こんなにすぐ壊れるはずがない。だとしたら考えられるのは一つ、この鱗片のエネルギー総量が器具の想定以上という可能性だ。
「おかしい、通常の鱗片の30倍のエネルギー総量でも測定できるんだぞ。それよりももっとエネルギーが高いという事なのか?」
私がぶつぶつと呟いていると、何かに気づいた巡が声を上げた。
「あれっ……この器具、なんか表示バグってない?」
「えっ?」
私と純浦さんは驚いて器具の電子表示を確認した。その画面は確かに、エラー表示とは異なる文字を映し出している。
――『T■U■A■』
画面は揺れ、まるで砂嵐のようにその文字を表示する。
「なんだ、T、U、A……?」
そう私が呟いていると、電子画面から異音が発せられる。
――ジジジジジッ!!
――不味い、爆発するかも!
そう思った私は、反射的に純浦さんを立ち上がらせた。巡も立ち上がり純浦さんを守る様に器具との間に身体を滑り込ませる。
その時だった。
画面に、ひとつの文字が、示される。
――『 TSU GA I 』
――ジジッ……ボンッ!!!!
器具は火花を散らし、煙を上げた。純浦さんは慌てて研究棟へと走り出した。
「しょ、消火器もってきます!」
「あっ、俺が行きます!」
巡も慌てて彼女を追いかける。すぐに2人は研究棟玄関に設置されている消火器を持ってきた。
――ブシャアアアアアア……
消火器の薬剤が器具の上にかかり、煙はすぐに落ち着いた。火花こそ出たが周りへの延焼はなく、器具がひとつ壊れただけで被害は済んだ。
だが……
先ほどの文字が、頭から離れない。
『TSUGAI』……『つがい』という文字。
青い鱗片に繋いだ器具に表示された、明らかにデータ外の文字。
それが意味することとは……
(いや、そんな馬鹿な。そんなことがあっていいはずがない。だが……)
まさか……守護龍からのメッセージだとでもいうのか?
巡の言うように、『つがい』を求める、守護龍からの。
(そんなことが……それじゃあまるでオカルトだ。あるわけない、あるわけがないのだが……)
そんなオカルトを引っ提げて生きている人間を、私は既に知っている。
――龍崎巡、かの人だ。
(……巡、お前の言う事……事実だと認めても、いいのか?)
巡を信じていないわけじゃない、だが奴がループしている確実な証拠も、守護龍のつがいの信憑性を表す実証もなかったのが事実。だというのに、ここへきてのオカルトだ。
私はぐるぐると回る思考を止めようと、空を見上げた。そこにはいつも通り、銀色に輝く守護龍がいて……
「っ……!」
空には、巨大な守護龍の顔が見えた。
銀のうろこ、たてがみ、長いひげ……そして、銀色の瞳。
――その瞳は、こちらを認識しているようにみえた。




