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第15話



「んあ~……やっぱり安定しないな……」


研究室で実験データの解析を進めるいつもの時間。パソコンには純浦さんが集めてくれた様々な実験データが並んでいる。その数値は一見同じように見えて、分析してみるとブレが大きいことがわかる。


(なんでだ……以前より鱗片のエネルギー効率が安定しない。やはり守護龍になにか異変が起きている……のか?)


私の研究分野である『科学魔法』。これは鱗片に含まれる特殊なエネルギーに、様々な化学エネルギーをぶつけて化学現象を起こすという分野だ。主に発電等の技術に応用されている。


「……名前の通り、魔法みたいな現象だからな。安定しないのも今更なんだが……だが、最近採取した鱗片は特に安定しない……これは何の影響だ?」


ぶつぶつと呟きながら実験データとにらめっこをする。そうしていると、窓からふわりといい香りが漂ってきた。


「……あ、もうそんな時期か」


窓の外には白い花を咲かせ始めた木々。この大学で多く植えられている、ハリエンジュ……通称ニセアカシアだ。


この大学では農業科学の中に畜産分野が含まれており、そこの学生たちが研修の一環として養蜂業を行っている。そこのミツバチたちが蜜を集めるメインの植物がここのハリエンジュなのだ。


集められたはちみつは収穫祭で販売され、なかなかの販売額を叩き出しているらしい。少し味見をさせてもらったこともあるが、かなりいい味だったと記憶している。


「ミツバチ……そういや純浦さん、ハチ苦手だったな」


先日のちょっとした騒ぎで判明した純浦さんの弱点。これからの時期は敷地内でもよくミツバチが飛行することだろう。彼女にとってつらい時期だ。


去年は特に気にしていなかったが、今年はもう知ってしまっている。研究室に虫よけでも設置するべきか?なにか対策でもしたほうがいいのか……そう思考を巡らせていると、研究室に純浦さんが入ってきた。


「保坂准教授、実験データの分析を進めましたけど……なんだかいつもより数値が低い気がします」


「ああ、ありがとう。やっぱり低いか……鱗片の質が落ちたのか、それとも他の影響か……なんだろうな」


「なんでしょうね……仕入れている業者さんによる変化でしょうか?」


「う~ん、実験前にエネルギー量は確認してるし、そういう差は出ないはずなんだが……」


そういった会話をしていると、ふと純浦さんの服装……というか、服の配色が気になった。いつも通りの白衣なのだが、その下のブラウスやスカートが……なんか、やけに白い。いつもなら黒や紺色の配色が多いのだが、今日は白っぽい配色だ。


「純浦さん、なんか今日はやけに白っぽいね」


そう尋ねてみれば、純浦さんはちょっとだけばつが悪そうに目を伏せた。


「……えっと、その……ちょっと理由がありまして」


「ん、気分転換とか?似合ってるしいいと思うよ」


「あ、ありがとうございます。いえ、そうではなくて……んん、笑わないでくださいね?」


「ん?」


「えっと、その……最近ちょっと増えたじゃないですか、あの、ハチが」


そう言いながら視線を窓の外に移す。その先にあるのは咲き始めたハリエンジュだ。


「ああ、うん。そうだね」


「ハチはよく、黒っぽい色に集まると聞きましたので……逆の色を身に付ければハチ除けになるかと思いまして」


そこまで語ってもらったことで、私も事情を察した。どうやら彼女はよほどハチに近寄ってきてほしくないようだ。


「あ~なるほど、ハチ除けか。苦手だとそこまで気を遣うのか……大変だね」


「い、いえ……」


「でも白い服だと、食事の時とか大変じゃない?少なくともカレーうどんは食べられないね」


「あ、それは大丈夫です。お弁当持参してますし、家では好きな服で過ごせますから」


「そっか、純浦さんお弁当派だったね。それなら平気か……あ、そろそろアポの時間だ。引き留めてごめんね」


「いいえ、お話しできて楽しかったですよ。じゃあ私も実験の続きに戻ります」


「うん、よろしく」


「はい」


そうして会話を切り上げ、純浦さんは実験室へと戻っていった。私はパソコンの作業を一時保存し、ソファとテーブルの上を軽く掃除し始めた。


そうして5分程が経過した頃、研究室の扉がノックされた。


――コン、コン、コン。


規則正しい3回の音。私は軽く返事をして扉を開けた。


廊下に立っていたのは、王塚春人。株式会社龍の爪の営業で、純浦さんの婚約者候補だ。


「保坂准教授、本日はお時間を下さりありがとうございます」


「いえいえ、そんな。どうぞ入ってください」


「ありがとうございます。こちらつまらないものですが、どうぞ」


そういって彼は私に手提げ袋を手渡した。見た目的に菓子類だろうか、あとで頂くとしよう。


「ありがとうございます。そちらのソファにどうぞ」


「はい、失礼します」


そういって王塚はソファに座り、早速カバンから資料を取り出し始める。


今日彼がここに来たのは、純粋に仕事だ。先日の対面後『会社で最近売り出している商品についてぜひお話をさせてください』と連絡がきたのだ。先日彼に水しぶきをかけてしまったという罪悪感もあり、この営業を受けたという訳なのだ。


「こちらの研究室では鱗片を使用することが多いですよね?」


そう会話を切り出した王塚に、私は率直に答えていく。


「そうですね、専門が科学魔法ですから」


「鱗片の研究をしていて最初にすることといえば、エネルギー含有量の検査ですよね。でも正直……二度手間ですし、面倒だなあと感じることってありませんか?」


「まあ、正直」


「ですよね。そこでこちらの機材なんですが……」


そう言って王塚ははどんどんと自社商品を紹介していく。営業トークはなかなか聞き心地が良く、ついつい私からも話を振ってしまうこともあった。話していて気持ちが良い相手とは、話し上手でもあるが聞き上手でもあるようだ。つい会話が弾んでしまう。


それに商品自体もやはりいい。大手の開発企業だからというのもあるが、研究畑に必要な細かな器具も視野に入れている。かゆいところに手が届く感じの小物も多く、ついサンプルを多めに注文してしまった。


「いや、王塚さん。今日は面白い商品の紹介、ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ!サンプルを沢山ご注文くださって嬉しい限りです」


「使ってみて、よかったら正式に注文します。ちょっと楽しみです」


「ええ、何か不都合がありましたらその際もぜひご連絡ください。現場の声は貴重ですから」


「はい。本日はありがとうございました」


「こちらこそ。それでは失礼しますね」


そう言って王塚は研究室の扉を開けた。するとちょうど入室しようとしていたのか、純浦さんと鉢合わせた。


「あ、王塚さん」


「純浦さん、お疲れ様です」


「はい、お疲れ様です」


「純浦さん、今日はなんだか……花嫁衣裳みたいですね。白い服も似合っていますよ」


「えっ……そうですか?ありがとうございます」


「いえいえ……おっと、長々とすみません。お2人とも、本日はお邪魔いたしました」


王塚はそう言って一礼し、颯爽と去っていった。そんな彼の背中を見ながら、私はつい純浦さんに話しかけてしまう。


「……花嫁衣裳とか、さらりと褒めていきましたね」


「そういうところあるんですよ、彼。ちょっと恥ずかしいですね」


「そうなんですか?」


「まあ、悪い気はしませんけど……気障すぎても、ちょっと」


「ふうん、そういうものですか」


「そういうものです。あ、実験室の薬品が減っていますから、補充注文してもいいですか?」


「うん、よろしくお願いします」


「わかりました。では失礼しますね」


どうやら注文確認の話だったようだ。純浦さんは薬品の注文書を見ながら実験室へと戻っていく。


私も研究室に戻り、中断していた作業を再開しようとパソコンに触れた。そのとき、王塚が持ってきた土産袋が目について、片手間に食べようかと包装紙を開いた。


「……なんだ、これ」


袋の中から出てきたのはお菓子……ではあるのだが、その名称が微妙だった。


――『橋本新喜劇 劇場限定 張り手のツッコミ唐辛子チョコ』


また橋本新喜劇。しかも唐辛子チョコというイロモノなお菓子。


どうやら王塚、巡の言った通りプレゼントのチョイスセンスが無いようだ。天は二物も三物も与えはしないのだな……なんだかそう実感できるものだった。


私は試しにそのチョコをひとつ食べてみる。ぽい、と口に入れてみれば甘いチョコがとろけだし、中から唐辛子のペーストが出てきた。


「……ぐえっほ、ぐえっ、げほげほげほ!!!」


うん、普通に辛い。なんだこのチョコ、罰ゲーム商品かよ!王塚、水しぶきのこと実はわかってて仕返しに持ってきたんじゃねえのか?!そう思えるくらいひどいチョコレートだ。


「んん……コーヒー……」


私は慌ててコーヒーをいれ、ごくごくと飲み干していく。そして一息ついたころ、研究室に一人の男がやってきた。


「おいっすお疲れ依留ちゃん!今日はちょっと暑いね、初夏って感じ!」


そう言いながら入室してきたのは、麦わら帽子にTシャツ姿の巡だ。手にはゴミ袋をぶら下げている。何かは知らんが、どうやら外で作業をしてきた様子だった。私はついでに巡の分のコーヒーをいれてやり、テーブルの上に置いてやる。


「ほれ、水分補給」


「ありがと!でもコーヒーって利尿作用あるんじゃね?」


「じゃあその分がぶがぶと飲むと良い」


「なんか本末転倒な予感!……お、チョコ!いただきまーす!」


巡はよく確認もせず、唐辛子チョコを口に放り込み、ガリゴリと音を立てて咀嚼する。そしてすぐに目を見開いてコーヒーをがぶ飲みし始めた。


「んぐっ……!ちょっと依留ちゃんなにこれ!罠?!」


「王塚の土産」


「アイツか!やっぱプレゼントのセンスねえよ!!」


「そのようだな……で、お前は何してたんだ?」


私がそう尋ねれば、巡はコーヒーを飲みながら視線をうろうろと動かした。そして手にしていたゴミ袋を後ろ手に隠し始めた。


「なんだその怪しげな動き。その袋に何がある」


「え~と、別に?大した事してないよ??」


「じゃあ見せろ」


「いやこれゴミだし、見るほどのもんじゃないって!」


「いいから見せろ!」


「ああっ!」


私は勢いよく巡の背後に回り、その手からゴミ袋を取り上げた。そして袋の口を開け、その中身を確認してやる。


そこに入っていたのは、いくつかの空のスプレー缶。それから薬剤の空容器。


「……なんだこれ、どれも防虫用の薬ばっか」


「だ、だから大したことしてないって言ったじゃん!」


「いや待てよ、この時期の防虫……しかも研究室周辺での作業、さらにお前の行動理念を考えると……」


そこまで口にして、私はピンときた。


そう、ハチだ。


この男、純浦さんの為に研究室周りにハチ除けスプレーをぶち撒いてきたのだ。


「ほほ~ん?純浦さんのために、わざわざ、ハチ除け薬品を撒いてきたのか」


確信をもってそう尋ねれば、観念したように巡は肩を落とした。


「あ~そうですよ、やってきました!ハチ除けをぶっかけてきました!この研究室周辺の窓やら換気扇やら全部やりました!」


「いやいや、いいんじゃないか?陰ながら助力する男ってのはポイント高いぞ?」


「いいんです~!これは自己満足なの!知られなくていいんですう~~!!」


「それにしても意外だな……お前ならハチを利用したラブコメ的ハプニングでも計画するかと思ったのだが」


正直にそんなことを口にすれば、巡はぎろりと私を睨みつけてきた。


「そんなことしたら純浦さんがかわいそうだろ!わざわざ怖がらせたりはしたくないの!」


「そうかそうか、いや、どうやら私はお前を見くびっていたようだな。すまない」


「わかればよろしい!それからこのことは純浦さんには……」


――ガチャ


「……私がどうかしましたか?」


「ウッヒョオオオオ??!!」


いつぞやの如きタイミングで現れたのは、もちろん純浦さん。手には一枚の紙を携えている。


「すみません、私の名前が聞こえたのでつい……保坂准教授、注文書ができました。ご確認をお願いします」


「ああ、はい。どれ……うん、おっけー。これでよろしく」


「ではこれで注文しておきますね。それで……私がどうかしましたか?」


「アッ……ソノ、別にタイシタコトジャ!!」


そうやって挙動不審な巡の姿に、首をかしげる純浦さん。私は彼女に、ごみ袋の中身を見せてやった。


「こいつ、ハチが多いからって研究室周りにハチ除け撒いてきたんだって。今日はちょっと暑いし大変だったねって話してたんだ」


「えっ……ハチ除けを?」


「うん、そうらしい。苦手な人がいるならって。ああ、自己満足らしいから気にする必要はないよ。こいつが好きでやったことだから!」


私は若干にやにやとしながら、巡の仕事を暴露してやった。こういうのは外野から聞かせてやると効果が高いのだ。私が語る分には問題ないだろう。


「もしかしてわざわざ、私の為に……?」


「アッ、イヤソノ……エエト……」


「……龍崎さん、お気遣いありがとうございます。研究室では少し安心して過ごせそうです」


純浦さんがぺこりとお辞儀をすれば、巡も慌てて頭を下げた。


「イヤイヤ、その、本当、自己満足ナノデ!」


「それでも、ありがとうございます……嬉しいです」


「ヒョオッ!!!!」


にっこりと微笑む純浦さん。彼女の笑顔にやられたのか、巡はもう気絶直前の様子だ。


「今度また、お礼をさせてくださいね。では失礼します」


彼女は注文書をもって、研究室を後にした。残された巡は白目をむきかけており、どうやらもう戦闘不能状態に近い様だ。


「よかったな~またお礼してもらえるぞ!」


「い、依留ちゃん!わざわざ言わなくてもいいことを!」


「いいじゃないか、別に悪いことをした訳じゃないんだし」


「そ、そうかもだけど……あ~恥ずかしい!」


「はいはい、存分に恥ずかしがってくれ」


私がそう言ってからかえば、巡はちょっとすねた様子で再びチョコレートを口にした。


「あ~もう、不味いチョコでも食べてないと気絶しそう!……オッヴェまっず!」


「無理して食うなよ」


「んあ~~~もう!依留ちゃんのせいだから!!」


「はいは~い」


そうして適当な返事をし、私はパソコンとまたにらみ合いを始めた。


ハリエンジュの香りが漂い始めた、そんな午後の話。




――守護龍は、今日も銀色に輝いていた。



――風に乗り、はらり、ひらりと……



――数枚の銀が、キャンパスに降った。













――数日後。


「い、依留ちゃん!俺、純浦さんからタオル貰っちゃった!龍の刺しゅう入り!かっこいい!」


「おいおい、まさかこの刺しゅう……ワンポイントとはいえ、手縫いか?!」


「お、俺の為に……手縫い?!ヤバい、もう地球滅んでもおかしくないわ」


「おいシャレにならん冗談止めろ!」


「すーっ……なんかこれ、いい香りするかも……」


「さすがに変態くさい、やめろ」


「ウーッス……ふわふわ……うれし……!」



――そんな会話が、あったとか。




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