第14話
アナウンスの声は止まり、花火の打ち上げも中断された。
ホテルの屋上では客たちがざわざわと騒めいている。誰もが不安の声を上げながら空を見上げていた。
「なんっ……だ、これ」
空の遠く、はるか上空に浮かび上がるはこの地球の守護龍。普段は銀色に輝いているはずのそれは赤く染まり、まるでオーロラのように浮かび上がっている。
(なんだ……何が起こっているんだ?!)
私は驚きながらも何とか院生たちに指示を出した。
「部屋に戻るんだ。避難指示があるようだったらそちらに従いなさい」
「は、はい……」
不安げな声を上げながら、彼女たちはエレベータの方へと歩いて行った。それに気づいた他の客たちも、何人かは部屋に戻ろうとしているようだ。エレベータは若干の混雑を見せている。
「これって、まさか……!」
ハッとした表情で呟いたのは、巡だ。私はその言葉を聞き逃さずに、すかさず話を聞いた。
「お前、何か知っているのか?!」
「……いや、確証はないんだけど……」
「なんでもいい、今は情報が欲しいんだ」
「ん……とりあえず、ちょっとここから離れよう」
「……わかった。純浦さん、先に部屋に戻っていてください。私はちょっと調べ物をしてきます!」
純浦さんにそう言い残し、私は巡と階段を駆け下りていく。
「ったく、研究者に肉体労働させるなっての……!」
文句を呟きながら、階段を次々と降りていく。階数が多くないのだけが救いだ。田舎のホテルは低くて助かるよ。
そうしてホテルの玄関から外に出ると、目の前の菜の花畑が見えた。守護龍から光が発されているのか、うっすらと赤く染まっている。昼間に見た黄色とは違うそれに、私は異常な事態であることを肌で感じた。
巡は花畑の端に歩いて行くとそこで立ち止まり、すっと空を見上げた。
「……100年間のループで、1回だけ見たことがあるんだ。この状況」
「っ!前例があるのか?!」
私は巡の言葉に驚き、大きな声を上げてしまった。巡はこちらを振り向くことなく空を見上げ続けている。
「ん……多分だけど、原因は予想ついてる。ただ……解決方法は、合ってるかはちょっと分からないんだ」
「なんでもいい、聞かせてくれ。原因は一体なんだ、その解決方法って?!」
焦りを孕んだ私の声に、巡は真剣な表情でこちらを振り向いた。ホテルの明かりに照らされたその顔は、どこか迷っているようにも見えた。
「本当に、正しいかはわからない。それでも聞く?」
「……当然だ。どんな可能性だって否定はしない、私の研究だって半分は推測と仮定で成り立っているようなもんなんだ」
こちとら科学魔法という未だに不明部分が多い分野を研究しているんだぞ。舐めるんじゃない。そんな気持ちを込めて睨んでやれば、巡は観念したかのように語り始めた。
「まず原因だけど……今から5回は前のループでのことだ。その時の俺は偶然にも純浦さんと街角でぶつかって……つい反射的に彼女を抱きとめてしまったんだ」
「……ん?」
んん?なんだ?守護龍の話をするんじゃないのか?なんで純浦さんの話が出てくるんだ?
私の疑問を無視し、巡は語り続けた。
「そしたら通りすがりに『お似合いのカップルだね!』って囃し立てられて……俺も純浦さんも真っ赤になっちゃったんだ」
「ほ、ほう……?」
巡は再び空を見上げ、守護龍を見つめる。そして静かに口を開いた。
「……そしたらさ、なってたんだよな」
「……なにが?」
「……守護龍が、真っ赤に」
「……うん……?」
うん、わからん。今の話題と守護龍に、なんの関係があるんだ?こいつが純浦さん抱きとめて?そしたら守護龍が赤くなってて?
……うん、だから、何……?
私の疑問が表情に出ていたのか、雰囲気に出ていたのか。よくわからんが巡は私の方に視線を移してよくわからんことを話し始めた。
「だーかーら、俺と純浦さんが近づく、ラブの気配出す、イコール、守護龍が赤く染まるってこと!タイミング的にこれなの!これが原因ってこと!」
「はぁ?」
「つまり、この事実から推測されることはただひとつ!それは……」
「……それは?」
「守護龍は、照れている!しかも盛大に!!」
「…………ほああ????」
私は盛大に口を開け、首を大きく傾けた。なんだ、何を言っているんだこいつ。守護龍のつがいの話の時よりも理解が及ばないぞ?
「たぶんだけどさ、守護龍は照れてるんだ。今までつがいができるかもっていう実感が湧いてなかったんだよ、きっと。でもいざ俺と純浦さんの距離が近づいたら、つがいのできる運命でも感じとったのかな?それで照れちゃったんだと思う」
「……待て、頭痛がしてきた」
「頑張って聞いて!だからつまり、守護龍は照れて赤くなってるだけだから、時間が経てばもとに戻るだろうってこと!これが、時間経過が、解決方法です!」
空を見上げれば、そこには変わらずに赤く色づいた龍が浮かんでいる……が、ほんのりと銀色に戻ってきているようだ。
私は米神を押さえながら目を閉じた。なんか頭痛がしてきたからだ。
「ほら、なんか色が薄くなってきた。もうすぐ銀色に戻るんじゃないかな?」
「……そっか……うん、そうか……」
「依留ちゃん、どうした?そんなに頭痛い?」
「ん、ものすごい頭痛だよ……この世でもっともくだらない推論を聞いたせいかな」
「くだらなくない!だって過去に見たことあるの俺だけだよ?!立派な証言!実体験から来る推測!」
「~~……っ信じられるか!!!!守護龍につがいがいるというだけでもいっぱいいっぱいなのに、照れて真っ赤になるだと?!非科学的だ、データをよこせ!」
「でも事実なんだもん!ほら、大分赤みが引いてきた!俺の言った通りじゃんか!」
「ぐっ……!」
空の守護龍は確かに、元の銀色に戻りつつある。悔しいがこいつの言った通り、一時的な現象のようだ。まあだからと言って推測があっているとは限らんがな!
「ふーっ……とりあえず、この現象が一過性のものだということは認めよう。だがな、私は信じないぞ。守護龍が照れてどうこうというのは」
「え~っ!絶対そうだって!もしくは守護龍が俺と純浦さんの恋模様を覗いてるんだよ!刺激的過ぎて照れてるとか!」
「それこそあり得んわ!中学生の恋ほども刺激的なことしてないだろうが!」
「してるもん!さっき『かっこいい』って言われたもん!!」
「自己紹介でも言われてただろうが!苗字がかっこいいって。それと同レベル!」
「ひどおい!幼馴染の恋、盛り上げてよ!」
「十二分に盛り上げとるわ!この旅行だけでも仕事は存分にしとるわ!!」
「……そうかも?」
「……だろ?」
「……」
「……」
私たちの間に、風が吹いた。菜の花がそよそよと揺れ、小さな花びらを舞い上げていく。
「……守護龍、戻ったね」
巡の言葉に、私は空を見上げた。そこにはすっかり元通りの銀色に輝く守護龍が浮かんでいた。
「納得はせんが……とりあえず、アホ推論は保留だ。戻ろうか」
「……ウッス」
私は力なく肩を下ろし、ホテルへと戻った。巡もどこか力なく、しゅんとして部屋へへと戻っていったのだった。
――そして、明けて翌日。帰りの新幹線にて。
午後の車内はどこかゆっくりとしているが、聞こえてくるのは昨夜の守護龍の騒動についてばかりだ。
「昨日の、写真撮れたんだよね~」
「マジ?俺寝てたわ」
そんな客たちの会話を聞きながら、スマホでネットニュースを読んでいく。どこもかしこも守護龍の変化に興味津々の様子だ。
『先日の大量の降鱗に続いて、今度は変色……いったい何が?!』
そんな見出しで一杯のニュース。当然目撃者である私たちの会話もそれが中心となってくる。
「この間は、実験室で青い鱗片を見ましたよね?それなのに守護龍は赤くなって……なにが起きているんでしょうか?」
純浦さんは当然の疑問を口にする。私はそれに力なく答えた。
「まあ実験室での現象と今回のは別物……とも言い切れないのが現状ですね。今後も要観察、としか言えません」
「ううん、あの青い鱗片の写真が撮れなかったのが残念ですね。あ、写真と言えば……」
「うん?」
純浦さんは隣のシートに視線を移した。そこにはシートを軽く倒して休んでいる巡がいる。
「龍崎さんはお疲れみたいですね。もうぐっすりです」
巡は写真の確認をした後ぐっすりと眠りだしてしまった。朝早かったからな、寝汚いこいつには厳しいものがあったのだろう。
(にしてもこいつの語った推論……マジだとしてもどうやったら確認ができる?再現性は?再びこいつと純浦さんを抱き合わせでもしたらまた赤くなるのか??あ~もう、こんな論文にもできないオカルト、なんで気になっちまうんだ!!)
そんなことで頭が一杯の私は、ぐるぐると思考を巡らせる。この不可思議な現象、謎の色、そして巡と純浦さんの恋模様について。
(全く、せっかくの旅行だってのに……結局は守護龍に振り回されてしまったような気がするな)
――新幹線の窓から見える守護龍は、なんだかいつもよりも輝いていて……どこか、機嫌がよさそうにさえ見えたのだった。




