第13話 後編
「んあ~……ヤバい、満腹だ」
秋田の菜の花ホテル、客室にて。私は座椅子に背を預け、少々食べ過ぎた胃をさすっている。
夕食は全員でとったのだが、地酒にきりたんぽ鍋、刺身に山菜の天ぷら……如何せん美味しいものが多すぎた。ついつい食べ過ぎてしまったが、まあこれも旅の醍醐味だ。
その横で純浦さんも座椅子に座ってのんびりとしている。テレビを付ければいつもとは違う地域の天気予報図が映り、なんだかより旅をしている気分になるのだった。
「夜8時から、花火が上がるらしいですよ。春に花火って珍しいですね」
純浦さんはホテルで貰ったパンフレットを眺めている。そこには今夜夜8時から、30分ほどの短い時間だが花火が打ち上げられると書かれていた。
「へえ、花火競技会の試し打ちみたいですね。このホテルの屋上からも見えるみたいですよ」
「これは見ないといけませんね。休憩したら皆を誘っていきましょう」
純浦さんはいつもよりワクワクとした様子だ。どうやら花火が好きらしい。私は頷いてスマホを取り出した。
「花火まであと30分か。もう少ししたら部屋を出ましょうか?」
「はい!皆さんにメールしておきますね」
純浦さんは手慣れた様子でサクサクとメールを送っていく。今頃、受信した巡はひっくり返っているだろうか。その様子を想像するだけでなんだか笑えてきた。
そう思いながらスマホをいじってみれば、花火の情報が出てきた。
「へえ、秋田って夏に全国の花火競技大会をしているんですね。それで春もやっているのか」
「ああ、有名ですよね!観覧チケットの抽選、今度参加してみようかな……」
「いいんじゃないですか?当たったら教えてください。ちゃんとお休みつけますよ」
「いいんですか?!ありがとうございます!そのときはまた皆で行きましょうね」
「ええ、当たるといいですね。……そろそろ行きますか?」
「はい!」
テレビを消し、貴重品を持って私たちは部屋を後にした。エレベータで屋上へと向かえば、そこにはすでに巡が到着していた。カメラを構え、どうやら星空を撮っている様子だ。
「よう、写真家さん。映りはどうですか?」
「アッ……2人とも、コンバンハ!星がキレイデスヨ!」
……ぎこちないが、何とか文章になっている。純浦さんの前でも多少は喋れるようになった様子だ。この小旅行が強制的なリハビリとなったようで何より。カメラ係として連れてきた甲斐があったよ。
「おお、空気が澄んでいるな」
「ちょっと風もありますけど、花火を見るならちょうどいいですね」
純浦さんの言葉に反応し、巡は片言で質問をした。
「カ、風がアルと、イインデスカ?」
「はい。花火の煙が風に流されるので、次に打ちあがる花火がきれいに見えるんです」
「ああ、なるほど確かに。火薬の煙が残ってしまうと隠れてしまいますよね」
「そうなんです。雲も少ない今日は花火日和ですよ」
「ナ、ナルホド……!」
頑張っている。巡が頑張っている……!いいぞ巡、その調子だ!私は心の内でこっそりと応援を送った。
屋上の少ない明かりに照らされて、巡の耳が赤くなっているのが見える。どうやら照れているようだが、なんとか会話に参加している。今日だけでものすごくステップアップしてるぞ。いい感じだ。
そして夜8時になる5分前、院生の2人も屋上にやってきた。他にもちらほらと観光客が来ており、屋上はそれなりの人数が集まっていた。
「花火って映るのかな?」
「夜景モードでいけるんじゃない?」
そんな観光客の会話が聞こえてくる。私たちはスマホを仕舞って準備は万端だ。なにせ専属のカメラマンが撮ってくれる予定だからな。
少しすると小さくアナウンスの声が聞こえてきた。どうやら花火の紹介をしているらしいが、残念ながらここではうまく聞き取れない。
「ちょっと遠いね」
「まあ花火が見れればオッケーっしょ!」
――どん、どん
心地よい音を立てて、花火が打ちあがった。
「わあ……」
純浦さんから感嘆の声が上がる。観光客たちも小さく歓声を上げた。
赤、青、黄、緑。様々な色が夜空を彩る。
大輪の花、輪っかの花、滑り落ちるような火花、それぞれ美しい作品が次々と上がっていく。
「へえ……いいな」
花火など所詮は炎色反応の延長。そう思っていたが、こうも次々と新作と言われる花火が打ちあがると……うん、いいな。それに音が、こう……耳に残る、心地よい感じがする。
なるほど、花火とはこの体験含めて芸術たり得るのか。夏に見るものとばかり思ったが、このほんのりと肌寒さを感じる春の夜もまた、花火を感じるのにちょうどよい。
そうして皆が遠くの空ばかりを見上げている時、スマホを構えた男性が視界に入った。画面に映る花火に気を取られている様子で、足元が覚束ない。どうやら酔っ払いでもあるようだな。気を付けよう、そう思った時だった。
「おっと、と……」
「きゃ……」
男性が足を引っ掛けて、後ろによろけてしまう。そのすぐ後ろにいるのは純浦さん。男性が彼女にぶつかってしまう、そう思った瞬間に奴は動いていた。
「おーっと、おいちゃん。危ないっすよ!」
片腕でひょい、と男性の肩を掴み姿勢を戻してやる。あの怪力は間違いなく巡だ。
男性は姿勢を戻すとすぐに振り返り、謝罪の言葉を口にした。
「おっと、ごめんね。ぶつかるところだった」
「大丈夫だけど、気を付けなよおいちゃん?」
「ああ……すまんね、彼女さんにぶつからなくて良かったよ。彼氏さん、力つよいね!たくましくて羨ましい限りだ!」
「オンエッ?!カ、カノジョ?!」
巡は男性の発言に驚いて声を裏返した。純浦さんは特に否定もせず、巡を見つめている様子だ。
「……怪我する前に寝るかな。すまんかったね!」
そう言って男性はエレベータの方へと歩いて行った。
残された巡と純浦さん。その間には何だか少し違う空気が流れている。
「ア、ア……スミマセン、彼女とか……」
「あ、大丈夫ですよ?ただの勘違いです、よくありますよ」
さらりとかわす純浦さん。流石だ、場慣れしている。巡はその言葉に若干ダメージを受けた様子だが。
「勘違い……ソウデスネ……」
「龍崎さん、力が強いんですね。この間もそうでしたけど……鍛えていらっしゃるんですか?」
「ア、イエ……そういう訳デハ……」
「そうなんですね。でも……また助けられちゃいましたね……ありがとうございます」
「ヒョ……!」
……花火の音で、2人の会話が聞こえなくなってきた。だが巡が挙動不審なことだけは分かる。なんだ、何を言われたんだ巡!
「…………なんだか、男性らしくて……かっこよかったです」
「…………っ!」
――ドオオン
一際大きな花火が打ちあがる。ほぼ同時に太鼓のような音も響き渡り、多くの客が歓声をあげた。
……巡は固まったまま、純浦さんを見つめている。屋上の少ない明かりでも分かるほど、彼の耳は真っ赤に染まっていた。
どうやら何かを言われたらしいが、私にはよく聞こえなかった。何だったんだろうか、少々気になるな……
そんなことを思っていると、客から悲鳴が上がった。
「うわあっ!」
「えっ……赤い……?」
「なに、あの空……?!」
口々に上がる恐怖。私は反射的に空を見上げた。
――そこには。
――真っ赤に染まる、守護龍が、浮かんでいた。




