第13話 中編
さてやってきました秋田県。
今日はゴールデンウィーク2日目という事もありそれなりに人はいるが、余り人気の観光地とは言えないこともあって賑わいはそこそこだ。だが、それがいい。余りにも人が多すぎると、人酔いとかするからな……私が。
「おお~黄色い!一面の黄色!そしてちょっとだけ残ってるピンク!」
菜の花畑でカメラを構えるのは、もちろん巡。最盛期を迎えた菜の花畑、それをパシャパシャと撮影している様子だ。
東北は桜の開花が遅いのか、巡の言うように少しだけ遅咲きの桜が残っていた。ピンクと黄色のコントラストがとても可愛らしい。もっと早い時期に見られたら、より鮮やかな景色が見られただろう。
「保坂せんせ~い、私たちアイス買ってきます!」
「秋田と言えばババヘラアイス、らしいですから」
そう声をかけてくるのは、研究室の院生たち。佐久間と早川だ。2人とも快活な性格の女子で、パンフレットを片手にワクワクとしている様子だ。
「ほいほい、行っておいで。はいこれ、私たちの分もよろしく」
「お小遣いゲット!ありがとです!」
「んじゃ買ってきます!並ぶかな~?」
和気あいあいと会話をしながら、アイスを販売している年配の女性の元に並ぶ2人。なるほど、ババヘラアイスとはそういう意味か……大丈夫だよな?性差別とかそんな文句付けられないよな?これはそういう文化の名前だから!
「って、変な心配している場合かよ……問題はあいつだ」
視線を花畑に戻すと、そこには変わらず写真を撮りまくっている巡。そしてそれを眺める純浦さんの姿が。
(会話チャンスはいくらでもあるのに……ここまで目立った収穫なし、か。予想していたとはいえ思ったよりきついな)
そう、ここまでの新幹線等の移動の間、巡は純浦さんとの会話チャンスに何度か恵まれている。それなのにも関わらず成功回数はゼロ。私や院生がなんとか会話をつないでいたのだ。
純浦さんはスマホを取り出して、菜の花を撮っているようだ。しかし何かが気に食わないのか、首をかしげては何度も取り直している。
「純浦さん、どうかしましたか?」
気になって話しかけてみると、純浦さんは振り向いてスマホを見せてくれた。
「ええ、ちょっと……もっと臨場感のある写真が欲しいんですが、なんだか平面的なのしか撮れなくて」
「ああ、確かに……それなら巡が詳しいですよ。あいつ、あれでもそれなりに写真は撮っていますから。おーい、巡!」
「ん~?」
巡は返事をしながらカメラを下ろし、こちらを振り向いた。私の隣にいる彼女に驚いたのか、一瞬びくりと身体を跳ねさせる。
「な、なに?!」
「写真、もっと臨場感のあるのが撮りたいらしいんだが……なんかアドバイスくれ」
「なにか簡単な方法とか、ありますか?」
私と純浦さんの質問に答えるべく、やつはのそのそと花を避けて歩いてくる。足元にもちらほらと菜の花が咲いていて、意外と歩きにくいのだ。
「こ、こう……しゃがんで空も一緒に撮ると……イイカモ」
実際にしゃがんで角度をつけ、自身のカメラで撮影をして見せる巡。そのデータを見せてもらうと、なかなかいいものが撮れていた。
「へえ、花の黄色と空の青さが合わさって……いいな、これ」
私の感想に純浦さんも同意するように頷いた。
「ああ……本当ですね、花の高さも伝わります。菜の花って意外と背丈があるんですよね、面白いです」
「ア、ハイ……デスネ……」
「本当に、綺麗……ありがとうございます、龍崎さん。早速スマホで撮ってみます」
「ハ、ハイ……!」
ぎこちない声で返事をした巡は、再び菜の花畑へと身体を向けた。その横顔はどこか満足げで……彼女と会話できたことが嬉しかった様子だ。私は少しため息をつきながら純浦さんに声をかけた。
「ごめんね、純浦さん。アイツなんか緊張しちゃってるみたいで……決して、純浦さんが苦手とかそういうのじゃないんだよ……!」
「大丈夫ですよ?悪い人じゃないってわかってますし、こういうのは慣れもありますからね」
なんとも寛大な心で接してくれている純浦さん……本人じゃないけどすごく申し訳ない。早く巡が普通に話せるよう、私も何かできればいいのだが。こればっかりは本人の心持ちと努力次第だ。頑張ってくれ、巡。
そうこうしていると、アイスを買いに行った院生たちが帰ってきた。2人で5つのアイスを買ってきたようで両手が一杯だった。
「せんせ~い、純浦さんも。アイス受け取ってくださ~い」
「早くしないと溶けちゃう!龍崎さんも!」
私たちはそれぞれアイスを受け取って見たのだが、その造形に少し驚いた。
ピンクと黄色のシャーベットアイスが、花びらのように盛り付けられていのだ。花を見に来ていることもあって、これはなかなか目にも楽しい。
皆そう思ったのか、それぞれスマホを取り出して自撮りをしている。巡は輪から少し離れ、私たち全員をカメラに収めていた。
「皆撮ってるよ~ヘイ!笑って!」
「あっ、は~い!いえ~い」
「ピースピース!」
巡の掛け声に気づき、院生たちがポーズをとる。その横で私と純浦さんは控えめに微笑みを浮かべた。
そうして写真が撮り終わると、皆がアイスを口にし始めた。ぽかぽかとした陽気の下で食べる、シャーベットアイスはなかなかに美味しい。ほんのりとバナナの風味がしている。
「なんというか、小さい頃に食べた味がするな」
私の率直な感想に、純浦さんも同意を示した。
「わかります、なんというかこう……駄菓子屋さんのアイスケースに入っている、そんな感じのアイスの味ですよね」
「うん、そんな感じ。結構うまいんだよな、あれ」
私たちの会話に、院生たちはいまいちピンと来ていないようだ。
「駄菓子屋……行ったことないなあ」
「でも盛り方とかそれっぽかったよね。なんかしゃもじみたいな平たい金属のヘラでうす~く削って、コーンに盛り付けてたんですよ」
「それね!職人技っぽいって言ったら、『なんも、んだことね』って!方言でいわれちゃった」
突然の方言の真似に、私は興味をそそられた。折角東北に来たのだ、地元の言葉に触れるのも楽しいだろう。
「へえ、なんて意味だって?」
「『全然そんなことないよ~』って意味らしいです」
「すごい言葉違うよね、びっくりしちゃった」
「旅行の醍醐味だ。方言や文化、存分に味わってくれ」
「は~い!」
そんな会話をしていれば、あっという間にアイスを完食してしまう。コーン部分も食べ終えたころ、巡も写真を存分に撮ったのか輪の中に入ってきた。
「いや~いい写真がいっぱい撮れたよ。現像するの楽しみ」
「そうか。良く撮れたやつはくれ。研究室に貼っておこう」
「おけおけ!てかデータなら皆で共有できるっしょ。送ろうか?」
「あ、そうだな。巡、今のうちに皆のアドレス教えてもらえ。私から送る手間が省ける」
「んもう依留ちゃんたら、そうやって横着する!」
巡がふざけて起こったふりをすれば、院生たちは笑いながらスマホを取り出した。
「龍崎さん、メアド教えるよ~……ほい」
「おっサンキュー!」
わちゃわちゃとスマホをいじり、巡と女子たちのメアド交換がされていく。それを純浦さんも参加したしたそうに眺めている。
「ほら、純浦さんも交換しましょ?」
「フォッ!」
私がそう声をかければ、巡はこちらを振り向いて固まった。カチコチとした巡の元に、純浦さんはそっと近づいていく。
「私も写真欲しいので……お願いします」
「アッ、ハイ!もちろんヨロコンデ!」
「ふふ、ありがとうございます」
巡は先ほどと違いもたもたとした様子で、メアドを何とか登録していく。その姿を院生たちは面白そうに見ている。
「おっ……これは……ねえ?」
「だよね……いひひっ……」
どうやら彼女たちにも、巡の異常な行動の理由は分かってしまった様子だ。まあ、ある意味わかりやすいからな。仕方がない。
「……気づいたとは思うけど、あんまりからかうなよ?アイツ、あれで繊細なとこあるから」
こっそりと2人に耳打ちしてやれば、彼女たちは心得たとばかりに頷いた。そして楽しそうにニヨニヨとして巡の方を見ている。
「いや~最近そういうのなかったからね、こりゃ楽しみだ」
「純浦さんはガードが固いぞ?さてどうするのか……」
「……頼むから、本当。放っておいてやってくれよ?」
私は一抹の不安を覚えながら、巡たちを見守ったのだった。
――青い空、黄色い花畑。守護龍もどこか気持ちよさそうに泳いでいる……ように見えた。




