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第12話


「巡くんよ~……その後どう、ちゃんとお話しできた?」


パソコンの前、肩をごきごきと鳴らしながら私はヤツに話しかけた。


巡はいつもの定位置、研究室のソファでしょんぼりとして座り込んでいる。


「……できてません」


「ほ~う。保健室まで連れて行って、その行きも帰りも、話せなかったと?」


「……ハイ」


昨日の爆発事件のすぐ後、純浦さんを保健室まで送らせたのだが……どうやら碌に会話できなかった様子だ。これでは先が思いやられる。


「あのさ、お前自身がちゃんと会話できないとどうしようもないじゃん。私がいくら場所やら雰囲気やらをセッティングしても意味ないよ」


「……おっしゃる通りです」


「この間までの勢いはどうした?なんで本命にだけぶつかっていけないんだ」


「……本命だからだよおっ!わかってよ、この男心!!」


「わからん。あんなにぺらぺらと喋る練習だってしてたくせに、なんだってできなくなるんだ」


「そこがっ!恋の、大いなる、壁っっ!!……マジな話、ガチガチに緊張しちゃってさ……彼女の前だと全部吹っ飛んじゃう」


「ふむ……今までの周ではどうしていたんだ?」


巡はぼんやりと宙を見上げながら、昔のことを思い返す様にして話し始める。


「え~と……お手紙書いたり、応援うちわでメッセージ送ったり、顔見ないように目を閉じて叫んで話したり……」


「つまり、まともに会話をしたことがない、と」


「……そうです……ふえ~ん……」


わざとらしい泣き声をあげ、巡は顔を両手で隠してしまう。私はため息をついてパソコンを閉じた。


「よくもまあ、そんな状況で100年も頑張ったもんだ。もっと早くに私に助けを求めればよかっただろうに」


「……だって……できれば、自分の力で頑張りたかったから……」


「お前は本当、そういうとこだけは根性あるよ……気になっていたんだが、お前は一体どこで純浦さんを知ったんだ?」


無様な泣き真似をやめ、巡はすっとこちらに身体を向けた。どこか気恥ずかしいようで、視線は天井を見上げているが。


「あ~……懐かしいな。もう100年も前のことなんだ」


「まあ、そうなるだろうな。覚えているのか?」


「うん……今でもはっきりと思い出せる。あれは、お前で言うと今年の正月の話になる」


今年の正月……つまり約3か月前か。そんなころにいったい何があったのか。私は話の続きを促した。


「正月に、どうしたんだ?」


「えへへ……俺、ライターだろ?なんかネタはないかな~ってカメラ持って初詣に行ったんだ」


「うん」


「出先の龍神社、すっごい混んでてさ……迷子もたくさんいて、迷子案内用のテントが立ってた。そこにいたんだよね、純浦さんが」


「ほお……バイトか?」


「多分。巫女さんの服着てたし。そこであの人は、迷子ひとりひとりの涙を拭いて、鼻をかんでやって、ぬいぐるみであやして……寒がる子には甘酒も渡してあげてた。親が迎えに来るまでずっと……すごくいい笑顔で相手してあげてさ。その雰囲気がめちゃくちゃ良くて……気づいたら、写真撮ってた」


そう言うと、巡はメモ帳の後ろから折りたたんだ写真を取り出した。それには巫女姿の純浦さんらしき人と、泣いている迷子の姿が写っていた。


やさしげな手つきで子供の頭を撫でる彼女。その表情はとても穏やかで、写真集に載ってもおかしくないくらいの、いい雰囲気が伝わってくる。


「……いい写真だ」


「だろ?やらんぞ!」


「……遠慮しとくよ。それで?」


「ああ。その迷子案内所はさ、他にも何人か巫女さんはいたんだ。皆笑顔で迷子をあやしてて、同じように仕事してんのにさ……なんでか、俺……彼女しか目に入らなかった。あんなの初めてだった。そんで、ぼんやりとしたまま家に帰って、写真を現像してようやく気付いたんだ……ああ、俺、恋しちゃったんだって」


「……初恋か?」


「ん……初恋。おっそい初恋だろ?そんなん中学の時にでも済ませとけって話だよ!」


明るい風を装って、巡は少しだけおちゃらけた。照れ隠しのそれは、私にはばればれで……巡はすぐに写真に視線を戻した。


「でも、俺さ……初恋がこの人でよかったって思うよ」


「ふうん……100年もかかっている、難攻不落な恋のようだが?」


「高い山ほど燃えるっていうだろ?それに今はひとりじゃない、お前も一緒に登ってくれているからな!」


「ふっ……遭難だけは勘弁してくれよ?」


「2人いれば大丈夫だろ!見てろ。頂上に着いたら俺と彼女の結婚式だ!」


写真を大切そうに仕舞い込みながら、巡は笑顔でそう言った。全く、碌に会話もできていないってのに、よくもまあ結婚だ何だと騒げるな。


(まあ、前向きなところはこいつの美徳だ。応援はしてやるさ)


私は少しだけ柔らかな表情で、巡の行動を見つめる。恋する幼馴染という貴重なサンプルだ、今のうちによく観察してやるさ。


そうして静かに会話が途切れた時、扉を叩く音が聞こえた。


――コンコン。


「純浦です、龍崎さんはいらっしゃいますか?」


噂をすればなんとやら、か。純浦さんの登場のようだ。


しかし巡に用事?いったい何だろうか。


「巡ならここにいるよ。入って」


「はい、失礼しますね」


――ガチャ


扉を開け、入室してくる純浦さん。その手には小さな可愛らしい包みがある。


「お2人とも、お疲れ様です」


「はい、お疲れ様です」


「オッ……オツカッ…サマデス」


残念なことに巡はまたロボット状態になってしまった。先はまだまだ長そうだ。


そんな巡の前に立つ純浦さん。手の中の包みを差し出しながら、軽くお辞儀をした。


「昨日は、危ないところをありがとうございました。お陰様で怪我もなく無事に過ごせております。これは、その……つまらないものですが、お納めください」


「エッ…アッ……ハイ……」


巡はおそるおそるその包みを受け取った。その様子に満足したようで、純浦さんは微笑んで言葉を続けた。


「甘いもの、お嫌いでなければいいんですが……では、失礼しますね」


そう言って彼女は研究室を後にした。残されたのは呆然と扉を見つめる巡と、その手の中の包みに興味津々の私。


「もしかしなくても、これってお礼の品?」


「おっ、お礼?!俺なんかした?!」


「いやしただろ。怪力で本棚を押しのけたよ」


「あ、それ?!別にお礼言われることじゃ……」


「いいから開けてみろよ。甘いものとか言ってたな」


「あっ、うん……」


巡はやけに慎重な手つきで、包みのリボンを解く。そして包装をそっとはがしていくと……そこにあったのは、可愛らしいクッキーだった。しかもアイシングがされている。


赤い椿と、ピンクの桜が描かれたそのクッキーは、ふんわりと香ばしい香りが漂ってくる。手描きであろうそのアイシングはとても丁寧で、彼女の気持ちが込められているような気さえした。


「すご……アイシングクッキーもできるのか、純浦さん」


私は感動してそのクッキーを見つめた。椿も桜もどちらも丁寧なつくりをしており、花びらまで再現されている。これはすごい。


巡は口を半分開いたまま、椿のクッキーを持ち上げた。そしてそれを見つめながら、こんなことを語りだした。


「……あの時も、椿が咲いてたんだ」


「え?」


「正月の、出会いも……神社に椿が咲いてて、すごく、彼女に似合ってたんだ……」


「へえ……そうなのか」


巡はそっとクッキーを袋に戻し、大切そうに両手で包み込んだ。


「偶然だとは思うけどさ、俺……やば、すっごく嬉しい」


「……よかったな」


「俺、やっぱり純浦さんのこと、大好きだ……!」


「ん……さっきから顔真っ赤だからな、わかるよ」


「えっ、そんなに真っ赤?親にも見せたことないのに!お婿に行けない!!」


「……純浦さんに貰ってもらえ。私の手には余る」


「……うん」


そう返事をした巡は、再び袋を開けてクッキーを眺める。1枚1枚、丁寧に飾られたそれを、長々と見つめていた。


その表情がこの上なく幸せそうで、なんだか私までくすぐったい気持ちになった。


(……守護龍よ、見てるか?こいつは私が運命に乗せてやるさ……必ずな)



――そんな空の上、守護龍はふわりと身体をゆらした。銀色のそれはどこか、うっすらと、椿色に染まっているようにも見えた。



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