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第11話 後半



昼休憩が終わる午後1時。私は巡への研究の説明を切り上げた。巡は軽く準備を整えて、扉の前で深呼吸をしている。


「……そろそろ純浦さんも休憩を終える頃合いだ。準備はいいか?」


「イエス、ボス!名刺もばっちり、歯も磨きました!」


「よし、じゃあ行くか」


私は研究室の隣にある、実験室へと足を踏み入れる。そこには午後からの実験準備をしている純浦さんの姿があった。


「純浦さん、ちょっと時間いいですか?」


「お疲れ様です、保坂准教授。あら、そちらは……」


純浦さんはサンプルを並べる手を止め、こちらを振り返る。清潔な白衣を着こなす彼女は、同性から見てもきれいだ。今日もメガネがよく似合っている。


「実は私、本を出すことにしたんだ。ほら、前に出版社から声がかかっただろう?あれを進めようと思ってさ」


「そうなんですね、素敵だと思います!」


「ありがと。で、こいつは私の執筆を手伝ってくれるライター。前に紹介した幼馴染だ……ほれ、挨拶しろ」


私は巡の脇腹を軽く小突いて、純浦さんの前へと足を進めさせる。巡はぎこちない手つきで名刺を取り出し、純浦さんに差し出した。


「は、は……初めマシテ!龍崎巡でひゅ!」


「初めまして……ですかね?純浦恋歌です。よろしくお願いします」


純浦さんは巡の差し出した名刺を受け取り、そこに書かれた文字を見つめる。


「龍崎さん……かっこいい苗字ですね」


「エッ!カッコ……カッコイ……そソ、ソンナ……」


「保坂准教授の研究は、守護龍との関係が深いですから。ぴったりだと思います」


「ヒョエッ……ア、ア……」


……なんだかこいつ、様子がおかしい。どうしたんだ、全く会話になっていないぞ?


純浦さんは普通に会話をしているだけだ、おかしなところはない。巡が緊張しすぎて会話にうまく応えられないのか?おいおい、しっかりしてくれよ。


「あ~……純浦さん、こいつに今日の実験の説明、軽くしてやってくれない?基礎は教えたけど、まだちゃんとは分かってないと思うんだ」


「そうなんですね、わかりました。龍崎さん、こっちのパソコンにデータがありますから、そちらを見ながら説明しましょうか。こちらへどうぞ」


「ア……ア、ハイ……!」


純浦さんと巡は、奥のパソコンがある机の方へ移動していく。2人にして大丈夫だろうか。心配はあるが、こればかりは巡自身に頑張って貰わないといけない。


「……ん?なんだこれ」


ふと実験台の上を見ると、先ほど純浦さんが並べていたサンプルが目についた。ケースの中にある鱗片はどれも銀色に輝いており、エネルギーが十分に含まれていることがわかる。だが……


「鱗片が、青い……?なんだこれ、薬品でもつけたのか?」


鱗片は基本的に水や油分を弾く。着色するには特殊な溶液が必要となるが……この実験室にはそんなものはないはずだ。だが確かに、1枚だけ淡く青色に輝いている。


どういう現象だ?そう思い鱗片をまじまじと見つめる。そうして1枚の鱗片を見つめていると、不可思議な現象が起きた。


「は?こっちも?さっきまで銀色だったろ……なんで」


他のサンプルケースに入っていた鱗片も、淡く青色に着色し始めた。いや、内側から青く光って変わっていく?どういうことだ?


私は慌ててサンプルケースを開き、薬包紙の上に鱗片を広げた。薬包紙の白色に鱗片の淡い青色がよく映える。まるで青い花びらだ。


そのうちの1枚をピンセットでそっと摘まみ上げ、光に透かして見る。薄いそれは内側から青く色づき、どんどんとその色を濃くしていく。


そうして見つめていると、不意に強い風が吹いた。実験室の窓は閉めているはずだ、どうして。そう思い風の発生源の方を見れば、空調が動いているのが分かった。


「エアコン……こんなに強かったか?」


そんな訳がないだろうと内心で思いながら、私は鱗片をそのままに空調のスイッチに近づいていく。そして電源をオフにして、実験台の方を振り向いた。しかし。


――ゴオオオオオオオッ!


空調は静かになるどころか、乱暴に風を出し始めてしまった。その風は強く、実験台の上の鱗片を勢いよく吹き飛ばしてしまう。


「うっわ……!」


風に舞う鱗片は実験室内を飛び回り、ばらばらと飛び散ってしまう。私は慌てて鱗片を拾い集めるが……どうしても1枚足りない。


「貴重なサンプルが……どこにいった?」


床に這いつくばって、じっと実験台の下を覗き込む。そうして鱗片を探していれば、説明を終えたらしい純浦さんが巡と一緒に戻ってきた。


「説明は以上ですけど、わからないことがあればいつでも聞きに来てくださいね。基本的に実験室にいますから」


「ア…ア…アリガ……ゴザイマス……」


「いいえ。本の執筆、頑張ってください」


どうやら巡は、まともに会話できなかったようだな。これほどの恋愛音痴とは……本当に先が思いやられる。


そう思っていると、ようやく最後の1枚を見つけた。実験データの資料が詰まった本棚の下、その隙間に入り込んでしまったようだ。


私は壁に立てかけてあった、それなりの長さの指示棒を使って鱗片を引っ張り出そうとする。ちょいちょい、と棒で触っていると、2人が近づいてきた。


「保坂准教授、何をしていらっしゃるのですか?」


「……探し、モノ……?」


未だに心が芽生えたばかりのロボット状態の巡に、私は呆れた視線を向けてやる。すると彼は若干ばつが悪い様子で視線を逸らした。


「なんか鱗片が青く色づいてさ、おかしいなあって見てたら風で飛んじゃったんだよ」


「えっ……青く?それはおかしいですね」


「でしょ?だからよく観察したいんだけど、この隙間に入っちゃって……」


「私がやってみましょうか?」


「うーん、純浦さんのほうが細いし、腕も入りそう。頼める?」


「はい、任せてください」


私は棒を純浦さんに手渡し、邪魔にならないように後ろに下がる。巡も同様に少し下がって様子を窺う。


「あ~……ちょっと遠いですね。うんしょっと……」


懸命に腕を伸ばす純浦さん。だがやはり簡単には取れない様子だ。


――そうしていると急に、本棚の下から青い光が漏れ始めた。


「――えっ?」



そこからは一瞬の、ほんの瞬きの間だった。


――青く輝く光、パチパチとした火花の音


――チリチリ……



――ボンッ!!!!



純浦さんが異変を感じて手を戻すと同時、本棚の下部分が爆発した。


傾く本棚、しゃがみこんでいる彼女。



――つぶされる!



そう感じ取った瞬間に動いたのは、あいつだった。



――ガッ!!!!



倒れ込んでくる本棚を両手で受け止め、力で押し返す。ギイ、と本棚がきしむ音が響く。


――ゴトン。


巡は本棚を元通りにすると、その足元でしゃがみこんでいる純浦さんの肩に触れた。


「純浦さん、大丈夫?!ケガしてない?!」


「あ……は、はい。なんともありません」


「本当?手とか……」


「反射的に引っ込めたので、手も無事です……びっくりしました」


「よ、よかった……!」


巡は腕を下ろし、安堵した様子でため息をついた。


私も純浦さんに駆け寄り、その無事を確かめる。


「純浦さん、一応保健室で見て貰って。ここの片づけは私がやるから」


「はい……じゃあ、行ってきます」


「うん……巡、ついて行ってあげて」


「アッ、ハイ!……イ、イキマ、ショ……」


「はい」


再びロボット状態になった巡とともに、純浦さんは実験室から出て行った。


……一瞬だけ、彼女の頬が少し赤い気がしたが……気のせいだよな?


……まあ、それは置いといて。私は本棚の下を覗き込む。そこは黒く煤けてしまい、埃は勿論、鱗片の影も形もなかった。


「にしても、なんで突然爆発が……」


本棚の下には青い鱗片以外には何もなかった。可燃性の物質も、変な火薬も何もない。それなのに突如起きた爆発……どう考えてもあの青い鱗片が関係しているとしか思えない。


「そうだ、他のサンプルで実験すれば……」


何かがわかるかもしれない。そう思って実験台の上の薬包紙を見る。そこには青い花びらのような鱗片があるはず……だったのだが。


「ええ?なんで?全部銀色に戻ってる??なんでだよ!?」


さっきの現象はなんだったんだ!確かに青く光っていたのに!


写真を撮っておけばよかったと後悔したが、もう遅い。記録されない現象はないものと同じだ。


私はがっくりと肩を下ろしながら、ふと窓の外を見た。昨日から続いていた鱗片のせいで景色は変わらず白いが……どうやら新たに積もることはなさそうだ。


「止んでる……」


新たな白は降り注がず、代わりに青い空には、ゆらりと身体を動かす守護龍が浮かんでいる。その身をうっすらと青銀色に輝かせながら。


「守護龍よ……運命はお前の望む方向に、進んでいると思っていいのか?」




――誰も見ていない、実験台の上の鱗片。また淡く青に輝いたのは、秘密の出来事だ。


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