第11話 前半
純浦さんと王塚の温泉デートから明けた翌日。外にはまたうっすらと白いうろこが降り積もっていた。
一晩かけて降ったうろこの量は、先日の災害レベルに比べれば可愛いものだ。しかしそれでも近年でみれば珍しいほどの量。ニュースでも再び取り上げられている。
このまま純浦さんの心が、巡より王塚に寄っていくならば……守護龍のつがいが産まれるという運命から世界はずれていく。すると守護龍は弱り、この地球に巨大な身体を横たえることになる。そして大地はぺちゃんこ、人類滅亡。笑えない負のスパイラルだ。
(……このままじゃ、まずい。何とか打開策を考えないと)
白いうろこは、未だにはらはらと地上へと降り注いでいる。爪程の大きさのそれは非常に薄く、まるで花びらが舞っているようにすらみえる。
私は窓枠に積もったそれをひとつ摘まみ上げ、ふっと息をかける。薄いそれはひらりと宙を舞い、地面へと着地した。
(……運命の、つがい、か。確か過去の研究に、守護龍の繁殖について書かれた本があったような)
この宇宙にあの龍は1匹だけ。それは今や公然のこととなっている。しかし龍を生物として見た時に、単為生殖する生命としては不自然で……とか何とかが書かれた生物学書を見た気がする。
私は本棚を眺めながらその本を探す。その時、端っこにある薄い背の本が目に入った。
タイトルは『鱗片の火力発電への寄与と繁栄について』――私が中学生の時に出した同人誌だ。
白い鱗片を用いた火力発電。それが可能であるから、人類は電子力発電への切り替えをせず、結果的に多くの被爆者を生み出さずに済んだ……そんな内容の本。
まだまだ未熟な頃の論文だ。内容も具体的な実数値などがなく推測ばかり。論文としては駄作も駄作だが、巡はこれをすごく褒めてくれた。
『すげえな、依留。研究者になれるんじゃねえか?』
素直な、飾らない言葉での感想。それがとても嬉しかった。
……思えば、あの言葉があったから、私は今こうしてここにいるのかもしれない。もしこの本が否定されていたら、研究という道には進まなかっただろう。
そんな懐かしい記憶を思っていると、ふとひとつの案が頭に浮かんだ。
「そうだ……これなら、あいつが彼女に近づく自然な理由にもなる」
私はその考えを実行に移すべく、必要な資料を机に並べる。予算書、実験データ、過去の実例……それから、拙い同人誌。
「よし、いける。これを事務に提出して……」
私は即座に立てた計画を実行すべく、書類を手早く作り上げた。そしてメールで事務へと提出する。難しい内容ではない。早ければ今日中に返事が来るはずだ。
――ピコン
1時間後、パソコン画面にメールの受信が知らされる。
予想通り、事務の返事は早かった。ファイルを開くとそこには、発行されたばかりの関係者IDが表示されている。
「……よし、やるか」
私はIDの印刷をし、専用のカードケースに入れた。これで準備はOKだ。
私はスマホを取り出して、あいつに電話をかける。何度目かのコールの後、寝ぼけた声が聞こえてきた。
『う~い……おはよ』
「おはよう……もうこんにちはだぞ?さっさと研究室に来い。新たな作戦を実行する」
『んえ?』
「作戦名は……そうだな『ドキドキ☆恋の急接近大計画』とでも……」
『……は?』
「……やっぱり今のは忘れろ!さっさと来るように!ついでに判子も忘れるな!以上!!」
ブツリ、と勢いのままに通話を切る。
私はガタガタと大き目の音を鳴らしながら、コーヒーを淹れてソファに座り込む。
「……作戦名とか……子供かよ……はあ」
自分の発言に若干の後悔をしながら、私はズズッと音を立ててコーヒーを飲んだのだった。
正午ちょうど、巡が研究室へと到着した。
巡はゆったりとソファに座り、朝飯か昼飯かもわからないおにぎりを頬張っている。私は仕方がなく、温かいコーヒーを淹れてやった。
「さんきゅー!でもおにぎりにコーヒーって合わなくない?」
「固定概念に囚われるな。意外と合う……かもしれん」
「合わないってわかってるじゃんか、それ!まあいいや……で、新しい作戦って何?!」
コーヒーをひとくち飲みながら、巡はワクワクとした表情を浮かべる。そんなこいつに、私は1枚のカードを手渡した。
「なにこれ?」
「大学関係者用のIDカードだ。これがあればお前も立派な大学関係者、もっと自由に大学に出入りできる」
「ほーん……で?」
「本題はここからだ。この書類を読め、そしてサインしろ」
用意していた資料と契約書を手渡す。その文章をあらかた読み終えたであろう頃を見計らって、私はペンを手渡した。
「これ、雇用契約書?」
「ああ」
「ふーん……ほい、サインした」
返された雇用契約書。そこにはこいつの名前がしっかりと書かれている。
「……よし」
「で、作戦って?」
「ああ……私はこれから、本を出すことにする」
「ふうん、いいんじゃね?」
「その中身の執筆、お前にも手伝ってもらうことにする」
「……えっ、俺も?」
おにぎりを食べ終わり、コーヒーを飲んでいた巡は驚いて声を上げた。こいつ、契約書ちゃんと読んでなかったな?
「……お前、一応はライターだろうが。本の執筆くらい手伝えるだろう」
「しがないフリーランスですがね……そんで、それのどこが作戦なの?」
「鈍いな。書くのは私の研究についてだぞ?ここ1年分の実験データ半分は、純浦さんが集めてくれたものだ」
「ん……つまり?」
「つまり!私の本を書く、研究について調べるイコール、純浦さんとの自然な接触チャンスとなるわけ!わかるか?会話のチャンスが自然に増えるってことだよ!」
そこまで言ってようやく、巡は事の次第を理解したらしい。目を見開いてキラキラとした笑顔を浮かべ始めた。
「……ってことは、俺は純浦さんに話しかける大義を得たということ?!」
「そうだ!」
「過去の周みたいに、話しかけても不審者にならない?!」
「ならん!むしろどんどん行け!」
「うっひょおーー!やったぜ!!サンキュー依留!」
巡はソファから立ち上がり、万歳のポーズをとる。私も両手を上げ、ハイタッチを軽くしてやる。
「そういう訳だから、まずは改めて挨拶から!純浦さんは今休憩中だ。彼女が戻ったらちゃんと挨拶するんだぞ!」
「おうよ!まっかせてくだせえ!」
「よし、それじゃあ早速私の研究について説明してやる。心して聞けよ」
「えっ」
巡は一瞬ぽかんとした顔になったが、すぐに事態を察したようでポケットからメモ帳を取り出した。
「ああ、そうだよな。基礎知識がないと純浦さんとも会話が弾まないもんな!」
「そういうこと。あと真面目に本も作るから、仕事はちゃんとしてくれ」
「イエス、ボス!」
「じゃあ基礎からな。私の専門は科学魔法のエネルギー変換効率についてだが、鱗片の資源としての有効活用にも注目していて……」
こうし昼休憩の間中、私は巡に研究の基礎について説明した。純浦さんに任せている実験のことも説明したから、きっと会話の種になるはずだ。
――この時の私はうっかり忘れていたんだ。
――こいつの捻じれた恋愛音痴が、度を越してヤバい、ということを。




