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第七話 異母兄親子との再会と皇帝の思惑

 父娘二人が再会に胸を躍らせている最中、ベルク公がシューレンブルク公夫人グラティアとケルンテン公ニコラウスの来訪を告げた。


 ユラン伯はヒルデガルトの眉の動きに、不快を滲ませる気配を感じた。

 ユラン伯はユーリアに事前に聞いていたことがあった。ヒルデガルトは愛人や庶子という立場の人間を嫌っているとのことだった。


 ヒルデガルトの気配に、皇帝は気づいているのか、気づいていないのか、グラティアとニコラウスを通すように言った。


 ユラン伯は息を呑んだ。ヒルデガルトは明らかに全身から嫌悪感を発しているが、ユーリアはただ静かに立っているだけだった。


 グラティアとニコラウスがマクシミリアンの寝室へ入ってきた。

 彼らは既にいるユーリアとヒルデガルトを見て、緑色の目を見開いた。


「……ユリー……」


 突き動かされたように口を開くニコラウスに、ヒルデガルトが厳しく言った。


「何です? 庶子の身で、皇女たるユーリアをそのように軽々しく呼ぶとは。シューレンブルク公夫人は弁えるということを教えていないのかしら?」

「……申し訳ございません」


 ニコラウスが言うと、さらにヒルデガルトは責め立てる。


「それに、陛下にまず挨拶をすべきでは?」

「ヒルデガルトよ、もうよい。今日はユーリアが帰ってきためでたい日だ。静かにしておくれ」

「申し訳ございません、兄上」

「グラティア、ニコラウスよ、見ての通り、ユーリアが帰国した」


 皇帝はユーリアをグラティアやニコラウスに紹介するように、手で示した。


「……お帰りなさいませ、皇女殿下」


 グラティアは淑女の礼を取った。

 その心に、何が渦巻いているのか、ユラン伯には類推することができなかった。


「只今戻りました。グラティア様」


 ユーリアも礼を取る。グラティアの名を呼ぶユーリアの声音から、懐かしくも愛おしくも思っているような響きをユラン伯は感じ取った。


 ユラン伯の心は水面にさざ波が立つように、僅かに揺れた。

 まだ、ユーリアには情があるのだろうか。己の母親の死は、グラティアとニコラウスが関連しているというのに。


 グラティアはユーリアの声音を聞いて、緊張から解放されたように見えた。ニコラウスもほっと息を吐いている。


 ヒルデガルトという、明らかにグラティアとニコラウスを嫌っている人物がいるにもかかわらず、皇帝の寝室の雰囲気は少々和やかになった。

 だが、その空気を皇帝が破った。


「グラティア、ニコラウス、それにヒルデガルトよ、再会を祝しているところ、また来たばかりで悪いが、余はユーリアにだけ話がある」


 マクシミリアンは紫色の瞳をユーリアに向けた。


「でも、お父様、織物の通商の件が……」


 ニコラウスが言いかけるも、マクシミリアンは手で制した。


「ニコラウスよ、その話はまたにしよう」


 マクシミリアンは威厳を以って言った。

 父帝にそう言われてしまえば、ニコラウスは黙る他ない。

 ニコラウスは己の母親と共に退室した。部屋を出る間際まで、ニコラウスは緑色の瞳をユーリアに向けていた。


 ヒルデガルトも兄に挨拶をすると、ユーリアに軽く微笑み、退室した。

 残された父娘と娘の側近は、観客がいなくなると、暫し沈黙をしたが、やがてユーリアが口を開いた。


「お父様、ユラン伯も退室させますか?」

「いや、ユラン伯は居ても良い。――改めてユーリアよ、よく無事に戻ってきてくれた」

「……こうして戻ってくるまで、決して平坦ではない道のりでした」


 ユーリアはそう言って、目を伏せた。


「そうであろう。だが、そなたはよく耐えた。今やアルジャン女公にしてリュクサン女公、それに、ディジョンまでレグザゴンから取り戻した」

「運が良かっただけかと」

「謙遜をしなくても良い。そなたにこそアルジャン女公もリュクサン女公も相応しい。アルジャンは地方領主も大商人も力を持っていたが、そなたはよく治めているようだ」

「ただ、彼らにいいように使われておりますわ」


 ユーリアの言葉を聞いて、マクシミリアンは軽く笑った。


「先々代アルジャン公は戦争ばかりで戦費を大商人に背負わせ、死後に造反を招いた。そなたはよくやっている」

「お父様にそう言っていただけると嬉しいものですね」


 ユーリアは嬉しそうに笑った。

 その笑みは美しく、童女のような無邪気さがあった。そのようにユラン伯には思えた。


「ユーリアよ、そなたの手腕は認めよう。アルジャンの織物商の行き来を止めさせたのは考えがあってのことであろう?」

「……通商はお父様とお約束したこと。ケルンテン公にではありません。ですので、アウソニアを優先しております」


 ユーリアの声は固かった。


「アウソニアの方が旨味はあるだろう。だが、急に通商を止められては、ホーエンシュタウフェン家の財政に少々打撃があるというもの」

「再開せよと?」

「そなたが余の摂政を務めれば、再開はしたくなるであろうな」


 マクシミリアンは娘の紫色の瞳をじっと見つめた。


「……摂政に?」


 ユーリアが冷静な顔をして、言った。


「そなたは戻ってきた。ならば摂政はそなたであろう」


 あっさりと摂政に任命してきたな、とユラン伯は思った。

 四年前、娘の命を重視しなかった男は、今は娘を重用する動きをしている。


「わかりました、お父様」

「よろしく頼む、ユーリアよ。余は今、体力が不足しておるのでな」


 皇帝はそう言うと、寝台に身体を沈めた。

 ユーリアはローブのスカートの端を摘み、深々と頭を下げた。


「では、お父様、おやすみなさい」


 ユーリアはそう言って、己の父親に背を向けた。

 ユラン伯は、臣下の礼を取ると、ユーリアに慌てて着いていった。

 ユラン伯は皇帝の私室の重い扉を開けて、ユーリアを部屋から出した。

 二人はアルル宮殿の廊下を黙って歩いた。だが、沈黙をユーリアが破った。


「――お父様と私は今、思惑が一致しています」

「思惑、とは?」


 ユラン伯が訊くと、ユーリアはさらりと答えた。


「私は後継者争いにおいて、ケルンテン公よりも先を行っているようです。――四年前では考えられなかったこと」

「わたしには、何故ここまで陛下がユーリア様に傾かれたか、意図が読み切れておりません」


 ユラン伯は己の考えを素直に言った。

 四年前、毒殺されかかったユーリアに対する態度は、明らかにユーリアの命を尊重していなかった。あわよくば死んで欲しいとさえ、願っているようだった。尤も、それは皇帝ばかりを責められない。母であったヘレーネも腹の子ばかりを尊重し、ユーリアの命を軽く扱っていた。


「――私の命もケルンテン公の命も、このアルル宮殿では軽く、その時々によって片方が重くなるのですよ」

「今は、ユーリア様の命は重い方なのですね?」

「願わくば、ずっと重いといいですが」

「……軽くなど、させられませぬ」


 ユラン伯が言うと、ユーリアは声を上げて笑った。

 ユーリアが紫色の瞳をユラン伯に向ける。その瞳には愉快そうな色が見えた。そのようにユラン伯には見えた。

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