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第六話 父娘の再会


 アルジャン女公ユーリア・フォン・ホーエンシュタウフェンとバイウヴァリー大公妃ヒルデガルト・フォン・ホーエンシュタウフェンは四週間という時をかけて、ブルグントのアルル宮殿に到着した。


 アルジャン公国内では、領民の歓声に包まれる中、馬車を走らせ、ブルグント国内では、ゆっくりとした旅することにより、ヒルデガルトの旧交とユーリアの新たな縁が結ばれていった。


 四年前の逃げるようにアルル宮殿を去り、顔見知りの貴族に頼ることができなかった旅路との違いに、ユラン伯は初め、戸惑ったが、ユーリアやユラン伯一家が快適に過ごしている様子を見るにつけ、安堵していった。


 ユーリアはヌシャトー領主より献上された四頭の馬も共にブルグントへの旅路に連れていた。

 四頭の馬の名前がそれぞれ、支配、戦争、飢餓、死を意味することをユーリアの口から聞いたヒルデガルトは、「趣味が悪いのねえ」とだけ言った。

 ユーリアはただ静かに微笑んだだけだった。


 アルル宮殿に到着したユーリアとヒルデガルトをクロイ公とベルク公、ラーシャウ候、リッペ伯が迎えた。


 ユーリアが馬車から降り立ち、迎えの四人の貴族の前に姿を現したとき、彼らは息を呑んだ。

 ユラン伯は当然だろう、と思った。

 ザクロ模様が金糸で織り込まれた菫色のローブを纏い、美しく切り出されたダイヤモンドで首回りを飾っているユーリアは、この世の誰よりも美しい。


「ようこそ、お越しくださいました。バイウヴァリー大公妃殿下。そして、お帰りなさいませ、皇女殿下」


 四人の男は一様に臣下の礼を取る。

 それぞれの胸にそれぞれの思いが渦巻いていることは容易に想像がつくが、ユラン伯には表面上、ただ敬意を払った態度に見えた。


「ベルク公、そなたが迎えてくれるとは。お兄様はどうしていて?」


 ヒルデガルトがベルク公に訊くと、ベルク公は、お部屋で休憩なされております、と言った。


「あら、お兄様はお加減がすぐれないのですね。このままお見舞いに行けるかしら? 今日は懐かしいお兄様の娘の顔も見せられるというもの」

「もちろんでございます。陛下は大公妃殿下と皇女殿下の来訪を、首を長くしてお待ちでございました」

「――それは真かしら?」


 ユーリアの美しい声が、青空の下で響いた。


 その声の皮肉めいた響きをユラン伯は感じ取った。それは、ベルク公も同じだったのだろう、ベルク公はほんの少しだけ狼狽を滲ませながら、


「陛下は殿下が出国されてから四年間、殿下をずっと案じておりました」


 と言った。


「……そうですか、それはありがたいことですね」

「ユーリア、そのように拗ねてはだめよ」


 ヒルデガルトが子どもを諭すように言った。


「お兄様は貴女の出国にも何も言わずに送り出したというわ。それも唯一の嫡子である貴女への愛というもの」


 ヒルデガルトが続けて言った言葉に、クロイ公はぴくりと片眉をあげた。

 唯一の嫡子。その言葉は、クロイ公を刺激するのに充分すぎるものだろう、とユラン伯は思った。


「その愛に対して、私は全く親孝行をできていませんでしたね。なので、ベルク公よ、お父様のお部屋へ案内を頼みます」


 ユーリアがベルク公に言うと、彼は頭を垂れた。

 ベルク公、次いでリッペ伯が先陣を切って、アルル宮殿の廊下を歩く。その後ろをヒルデガルトとユーリア、ユラン伯の他、側仕えたちが着いていく。


「……アルル宮殿は廊下が多く、秘密が守られて良いところですね」


 ユーリアは漆喰の壁に目を向けた。漆喰の壁には、聖母子のタペストリーが飾られていた。

 そのタペストリーは、ディジョン宮殿のいたるところに飾られているものよりも質は落ちるように、ユラン伯には見えた。


「……秘密でございますか?」


 リッペ伯がユーリアに尋ねるが、ヒルデガルトが答えた。


「ディジョン宮殿はとても美しかったのですが、廊下があまりなくて、部屋から部屋を訪ねて歩くのですよ」

「その方が、近道になるのでは?」


 リッペ伯が疑問を呈した。確かに、構造上、歩く距離は少ないだろう。


「でも、リッペ伯、貴方がお部屋で寛いでいる時に、人が勝手に入ってくるのですよ?」

「はあ……そういうことでございますか」

「ディジョン宮殿は、レグザゴン風の建物でございます故」


 ユーリアがそう言うと、リッペ伯は納得したような顔をした。


「きっと、ディジョン宮殿は、それは美しいのでございましょう」


 リッペ伯が言うと、ヒルデガルトは、大陸一の美しさよ、と言った。

 ユラン伯は会話を黙って聞いていた。同様に静かにしている主君に、彼は榛色の瞳を向けた。


 ユーリアの表情は固かった。

 いよいよ、皇帝の私室へ一行は足を踏み入れることになった。


 皇帝の私室の木目が美しい扉の前で、ユラン伯は息を呑んだ。

 ベルク公が扉を開け、中で休んでいるという皇帝へ妹と娘の来訪を告げた。


 皇帝マクシミリアンは寝台にいたが、身体を起こしていた。

 皇帝マクシミリアンの極薄い色合いの金髪には、わかりにくいが、白髪が混じり、目元は暗く、落ち窪んでいるようにユラン伯には見えた。四年前より、明らかにやつれ、年を重ねたことがわかる。


「お兄様、お久しぶりでございますね」


 ヒルデガルトが淑女の礼を取り、言った。


「ヒルデガルトよ、もう五年ぶりになるか。そなたは変わらず生命力に溢れておるな」


 マクシミリアンは微かに笑う。


「お兄様はおやつれですね」

「――皇帝という立場は気苦労が多い」


 そう言うと、マクシミリアンは比類なき紫色の瞳をユーリアに向けた。――そのように、ユラン伯には見えた。


「ユーリアよ、よく戻ってくれた。お前は美しくなったな。亡きヘレーネが嫁いできた頃のような美しさだ」

「……お父様、お久しゅうございます」


 ユーリアはここでやっと口を開いた。声には、震えが混じっている。ユーリアは淑女の礼を取った。


「ユーリア、そなたが戻ってきてくれて、余は嬉しく思っている」


 皇帝のその言葉を聞いて、ユーリアは顔を上げた。

 その横顔は、嬉しそうにも切なそうにも見え、涙を堪えている様子がユラン伯には感じられた。


 ユーリアへの毒殺未遂の折、皇帝はユーリアを切り捨てかけた。そのことは、ユーリアはよく覚えているはずである。

 だが、皇帝の言葉はそれを全て帳消しにしたように、ユラン伯には思えた。


 ――許せるのだろうか。


 ユラン伯は己の主君の横顔を見ながら、憂いた。


 ユーリアが毒殺されかかったとき、ユラン伯はユーリアの側近くにはいなかった。ユラン伯はただ、ユーリアが声をあげずに慟哭していたのを見ていただけだった。

 その姿は痛ましく、今でもユラン伯は思い出すと胸が締め付けられる。


「私も、お父様にずっとお会いしたかったです」


 このユーリアの言葉は真なのか。

 それはユラン伯にはわからなかった。

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