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第五話 主従の乗馬

 ヒルデガルトを歓待するディナーを食べた後、ユーリアとユラン伯はディジョン宮殿の中庭で乗馬をしていた。


 ユーリアは菫色のローブに着替えていた。このアルジャンに来てから四年間、喪服を脱ぐことがなかった彼女にしては珍しいが、シャミナードに急いで作らせたローブを叔母のヒルデガルトにお披露目したのだった。


 菫色のローブは金糸でザクロ模様が織り込まれている。ザクロは慎みを意味していた。菫色はユーリアの瞳と合い、ユーリアの美しさを際立たせる。ヒルデガルトもそれを褒めていた。

 とはいえ、菫色は一昔前までは喪服に使用された色であり、まだまだユーリアは偲ぶ色以外を身に着けずにいた。


 夕暮れの光がユーリアを照らし、ユーリアの首を彩るダイヤモンドの首飾りがきらりと光った。

 このダイヤモンドの首飾りはかなりの金額がかかっており、ただ財力を示すためにユーリアが購入したもので、彼女はあまり気に入ってはいなかった。

 ただ、ヒルデガルトを驚嘆させる効果は覿面だった。


 ユーリアが自身の乗る栗毛の馬の鬣を撫でた。

 普段、ユーリアはコンケット――支配と名付けた白馬に乗ることが多かったが、今日はゲール――戦争と名付けた馬に乗っていた。


 ユラン伯はゲールに乗馬したユーリアの姿を思い出した。

 二年前、リュクサン公位継承戦争の折、ユーリアはゲールに跨り、騎士や民兵たち、ランツクネヒトを鼓舞したのだった。


 ――アルジャン公位継承戦争の折、私はレグザゴンが攻めてくる、と言いました。それが現実のこととなりました。我らはアルジャンの独立を保つためにレグザゴン勢力を退かねばなりません。アルジャン公位継承戦争で散った命と、これから生まれてくる命のために、私は戦います。皆も着いてきてくれますか?


 この言葉で多くの騎士と民兵が雄叫びを上げたのであった。

 十六歳の嫋やかな乙女の力強い言葉を、ユラン伯は生涯忘れないだろう。


 かつて、皇后ヘレーネが落馬した折に、ユラン伯が瞳を覆ってやった少女はどこにもいなかった。


「――ユラン伯」


 不意に、ユーリアがユラン伯を呼んだ。


「はい、ユーリア様」


 ユラン伯は自身が跨るファミーヌ――飢餓と名付けられた青毛の馬をユーリアの乗るゲールに近づけた。


「叔母様には、叔母様の説得によって帰国すると言った」


 叔母ヒルデガルトの説得により、姪たるユーリアが帰国を決める――このこと自体は大した意味を持たない。


 だが、ヒルデガルトと帰国すれば、アルル宮殿までの道すがら、ヒルデガルトと懇意な貴族の庇護を受けて旅ができるし、根回しもできるだろう。

 自身の説得により帰国を決意した姪に、ヒルデガルトが力を尽くさないわけがなかった。


「それは良いことでございます」

「――ユラン伯」


 ユーリアの紫色瞳には切なさが彩られているように、ユラン伯には見えた。


「……どうかなさったのですか?」


 ユラン伯は動揺を抑え込みながら言った。


「ずっと、アルジャンに居れば、こうして呑気に、二人で乗馬ができるのに」


 そう言うと、ユーリアは俯いた。


「――ユーリア様」


 ユラン伯はユーリアの俯く顔を見つめた。

 ユラン伯は、主君が――アルジャン家の当主が栄光を掴むことを願い続けなければならない。そういう立場だった。


 ユーリアの弱音など、聞くことはできない。

 それが、臣下であり、近しい親類であるユラン伯の限界だった。


 ユラン伯はユーリアが十四歳の頃の、彼が瞳を覆ってやった少女が目の前にいるように思えた。


 ――とっくに、覚悟を決めていると思っていた。


 だが、主君に揺れる心があったことを知った。

 ユラン伯が黙っていると、ユーリアは少しだけ笑った。


「――今の言葉は忘れてください。私は報復をしなければならない」


 ユーリアは顔を上げた。その瞳には悲しみは消え去っていた。


「――わたしは共に参ります」


 ユラン伯が言うと、ユーリアは声を上げて笑った。

 その声は乾いていた。

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