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第四話 バイウヴァリー大公妃ヒルデガルト

 バイウヴァリー大公妃ヒルデガルト・フォン・ホーエンシュタウフェンは、ディジョン宮殿をぐるりと見渡した。


 漆喰の壁に飾られるミルフルールの絨毯やユニコーンを描いたタピスリーは目に鮮やかで美しく、実家にあたるアルル宮殿や現在居住しているレーゲンスブルク宮殿以上だった。


 ただ、廊下が少ないのが難点だ、と思いつつ、ヒルデガルトはアルジャン公国の財力に感服した。


 ヒルデガルトは侍女を連れて、ユーリアの執務室を目指し、いくつもの部屋を通り抜けた。

 途中、ヒルデガルトは青い瞳を窓に向ける。あらゆる窓にガラスがはめ込まれ、その光が目に眩しかった。


 ユーリアの私室の前に立ち、ヒルデガルトが侍女に扉を開けさせようとすると、勝手に扉が開いた。

 姪であるユーリアが扉を開けたのだった。


「叔母様、遠路遥々、お越しくださりありがとうございます。お久しぶりでございますね」


 ユーリアが朗らかに、ヒルデガルトに挨拶をした。


「お迎えに上がるべきでしたが、早めに処理しなければならない文書がありまして」


 ユーリアが謝罪をする。

 ヒルデガルトはユーリア本人が公という権威を持つことを実感した。そして、久方ぶりに会うユーリアを見て、亡き義姉であるヘレーネ皇后が嫁いだばかりの頃の姿を思い出した。


 ユーリアはヘレーネに酷似していた。違うのは瞳の色だけだった。ユーリアの瞳を見ると、兄である皇帝マクシミリアンを思い出す。


 この世でたった一人の兄だけが、同じ代で、俗に云うホーエンシュタウフェンの紫を持って生まれ、次世代であるマクシミリアンの子どもたちの中で、ユーリアだけがホーエンシュタウフェンの紫を持って生まれた。


 そのユーリアが今やアルジャン女公にしてリュクサン女公である。

 ヒルデガルトは支配者の系譜をまざまざと感じさせられた。


「久しぶりね、ユーリア。貴女は美しくなったわ」

「ありがとうございます、叔母様。最後にお会いしましたのは十三歳の頃でしたね。五年も経てば姿も変わりますわ」

「貴女はあの頃から美しかったわ」

「あの頃は、ほんの子どもに過ぎませんよ。叔母様、立ち話もなんですし、良いオレガノティーが手に入りましたので、一緒に飲みましょう」


 ユーリアはそう言うと、手で部屋の中を示した。

 ヒルデガルトは頷いて、ユーリアの私室へ入った。


 ユーリアの私室は調度品もタピスリーもあらゆるものが豪華だった。

 執務机の刻まれたアカンサス模様の意匠は美しく、ヒルデガルトは己の使っている机が粗末なもののように感じられた。案内された円卓と椅子にも美しいアカンサス模様が刻まれている。


 アルジャン公国はレグザゴン公国の親王領であるという独立性や規模に反して、大陸一の経済大国だった。


 ヒルデガルトは初め、兄がアルジャン女公エレーヌと結婚すると聞いて、王族としては劣る身分に、皇后として相応しくはないと思った。だが、広大な国を支配するにしては金銭的に余裕がなかったブルグントに、皇后ヘレーネが富をもたらしたのは事実だった。


 その富を今、姪であるユーリアが引き継いでいる。

 その上、リュクサン公国まで手中に収め、先々代アルジャン公シャルルの死により失ったディジョンをも取り戻している。


 ユーリア自身もユーリアの周りの人間も優秀であるのは、間違いないだろう、とヒルデガルトは思った。


 ユーリアの侍女がオレガノティーを淹れた焼き物のマグカップを運んできた。

 オレガノの爽やかな香りがユーリアの私室を支配した。

 ヒルデガルトはオレガノティーを口に含んだ。爽やかな香りが鼻を抜け、清々しい苦みが口に広がった。


「……貴女はまだ、喪服を着ているのね」


 ヒルデガルトはユーリアの黒い喪服を見た。この喪服でさえ、上等な布が使用されているのは間違いなかった。


「悲しい出来事が多かったので。母を喪い、アルジャン継承戦争では多くを犠牲にしました。二年前のリュクサン継承戦争でもそうです」


 ユーリアは紫色の目を伏せて言った。長い睫毛がユーリアの白い肌に影を作った。


「貴女は立派だわ。うちの息子に見習わせたいわ」

「大公世子は優秀な方と聞いていますわ」

「どうかしら? 少し平和ボケしていると思うわ」


 ヒルデガルトはそう言って笑った。


「平和であることは、良いことでは?」

「……例えば、ブルグントは一見、平和そうに見えるわ。でも、卑しい男が摂政の立場に就こうとしているの」

「――お父様のお加減は、そんなにも悪いのですね……」

「ユーリア、貴女はすぐにブルグントへ戻るべきよ。貴女は嫡子。貴女こそ摂政に相応しい」

「でも、私に皆が従うでしょうか?」

「何を言っているの。今や貴女は二国の君主なのよ? 貴女の優秀さは証明されたも同然。だから、貴女は私と共にブルグントへ戻りましょう」


 ヒルデガルトは椅子から立ち上がり、円卓の上に手を伸ばし、ユーリアの両手をしっかりと握った。


「わかりました。叔母様が一緒であれば心強いです」

「私に任せなさい」


 ヒルデガルトは高い鼻を膨らませて言った。やがて、ユーリアの手を放し、着席をする。


「それにしても、この部屋は豪華ねえ」


 ヒルデガルトはぐるりと部屋を見渡した。


「でも、窓が単調で面白くないのですよ。叔母様にはナンシー城の薔薇窓をお見せしたかったですわ。それはもう、見事なので」

「あら、じゃあ、今度見せてもらおうかしら」


 ヒルデガルトはそう言って、微笑んだ。

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