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第三話 帰国の決断

 サルブール卿はサルグミーヌ卿、ヴィッテル卿などと共に、ディジョン宮殿へ緊急で招集された。とはいっても、彼らは公国の政治を担うため、これまでも宮殿へ頻繁に出入りしてはいた。


 サルブール卿は宮殿の部屋から部屋へと移動していた。

 ディジョン宮殿は廊下が少なく、ユーリアの執務室へ行くには多くの部屋を通られねばならない。だが、ディジョン宮殿に住まう者は使用人以外には多くいない――これも、宮殿の主が独身のためだ――ため、部屋で鉢合わせをして気まずい思いをしなくて済んだ。


 サルブール卿は、急に会議に招集された理由を図りかねていた。


 ――ご結婚なさる、ということもあり得るのか?


 サルブール卿は、ユーリアの執務室の隣の部屋の扉を開けながら、思案していた。

 ユーリアは十八歳になる年だ。王侯貴族であれば、既に結婚しているような年齢だ。


 アルジャンに来た十四歳の頃は内乱で忙しなく、その二年後には、リュクサン公が亡くなった末に、後継者としてユーリアを指名した。


 かつて戦をし、妃を処刑までした相手を後継者に指名したリュクサン公の心境を、サルブール卿は理解できなかった。だが、確かに、リュクサン公に最も近しい縁者はユーリアだった。三代前のアルジャン公の母親はリュクサン公女だった。


 リュクサン家とアルジャン家の主家にあたるレグザゴンのラシーヌ王家はさすがに黙ってはおらず、宣戦布告をしてきたのだった。

 ユーリアは国内の軍隊や民兵だけでなく、ブルグントからランツクネヒトを借り受け、勝利を収めた。


 この四年間でユーリアは大陸で有名な独身支配者となり、数々の縁談が舞い込んでいるという。


 ――ご結婚により、権威を夫に持っていかれるとしたら。


 それは、歓迎できない。サルブール卿はそう思っている。


 ユーリアはアルジャン領主たちや商人から見れば、強権を振るって、内政を顧みないような君主ではなかった。彼女は協調路線を取ってくれていた。


 ――ご結婚でないことを祈ろう。


 サルブール卿はユーリアの執務室の扉を開けた。


 既に、ユーリアの執務室の円卓には、ユーリアとユラン伯、サルグミーヌ卿がいた。ヴィッテル卿はまだ到着していないようだった。


「殿下、ご機嫌麗しく」


 サルブール卿が挨拶をすると、ユーリアはご苦労様、と言った。


「ヴィッテル卿が来てから始めようと思います」


 ユーリアの澄み切った美しい声が執務室に響いた。


 サルブール卿は、ヴィッテル一族に起こった不幸な出来事を思い出していた。ヴィッテル卿の姪の一人が、ブルグントで急死したことだ。ユーリアの身の回りの世話をしている侍女のナタリーの従姉にあたるとサルブール卿は聞いていた。


 ナタリーの嘆きは深く、業務に身が入らないため、現在、ユーリアの身の回りの世話の中心を担うのはセルネー夫人、アンジェリク・ド・サルブールだった。アンジェリク・ド・サルブールはサルブール卿の妹である。

 ヴィッテル卿の嘆きも深いらしい、とサルブール卿は聞いていた。ヴィッテル一族は親族思いが揃っている。


 そのような親族思いの者たちが、自身の叔母アリアーヌを処刑したユーリアに仕えるのも皮肉なものだ、とサルブール卿は思った。

 サルブール卿が物思いに耽っていると、ヴィッテル卿が入室して来た。彼の目は少し赤く見えた。


「揃いましたね」


 ユーリアが一言だけ言った。

 その一言で、執務室に緊張が走った。十八歳になるうら若き乙女だというのに、底知れぬ威厳があった。


「――簡潔に言います。私はブルグントへ帰ります。三週間後、叔母のバイウヴァリー大公妃が私を訪ねてきますが、大公妃と共に出国する予定です」


 その重大な決断を、ユーリアはあっさりと言った。


 ――帰国とは……。


 サルブール卿は、いつかは訪れるであろうことだとは考えていた。だが、もう少し先だと思っていた。


「突然ですね、何か理由でも?」


 サルグミーヌ卿が尋ねると、ユーリアは答えた。


「父の体調が芳しくなく、異母兄が摂政の真似事をしているらしいのです。私は嫡子として父の助けにならなければなりません」

「それは……御身にとって、重要なことですね」


 サルグミーヌ卿がそう言うと、ユーリアは頷いた。


「――しかし、アルジャンは……」


 ヴィッテル卿が懸念を示すと、ユーリアが少しだけ微笑んだ。


「アルジャンはそなたたちに任せます。重要なことがあれば書簡を」


それに、とユーリアは一呼吸置いて続ける。


「ヴィッテル卿、私はそなたの姪の報復もしなければなりません」


 ヴィッテル卿はその力強い主君の言葉を聞いて、感じ入ったように一筋の涙を流した。

 ヴィッテル卿やサルグミーヌ卿が、年若い主君を崇めるように見つめているというのに、サルブール卿の胸の奥には、冷たい波が広がり、この場にいることが居たたまれなかった。


 彼がアルジャン女公に従うことは他の二人と変わりない。だが、サルブール卿は二人ほど熱に浮かされるような視線で、ユーリアを見つめることはできなかった。

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