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第一話 織物商の疑問

 織物商エリク・シャミナードはディジョン宮殿の中庭で、馬に乗っていた。

 青々とした芝生は目に爽やかに映り、中庭の端には多くの桐が植えられていた。桐の花の甘く高貴な香りが、シャミナードの鼻を刺激する。


 彼の目の前には黒い喪服を纏って白馬に乗る美女がいた。

 この喪服の美女はアルジャン女公にしてリュクサン女公であるジュリー・ド・ブルゴーニュだった。


 この乗馬好きな女公殿下と並んで乗馬をするため、シャミナードは苦手だった乗馬の特訓をした。おかげで、今ではジュリーと並んで馬を走らせることができる。


「今日もいい天気でございますね」

「そうね、ですが、少し雲が多いのでは?」

「アルジャンは雲が多いのです」

「――アルジャンに四年もおりますが、わからぬことはまだまだ多いですね」


 ジュリーはふっと笑った。


「まだまだ、殿下はたくさんのことをお知りになるでしょう」

「そうですね。まだ知るべきことは多い」


 ジュリーは謙虚だ。シャミナードはそれを好ましく思っていた。

 四年前の内乱で、ジュリーは勝利し、叔母を処刑した。それを恐ろしく思う領主や商人たちは多かったが、ジュリー本人と会話してみると、決して尊大な態度は取らないし、アルジャン公という支配者の身分でありながら、年を重ねているシャミナードに対する敬意を忘れない。


 シャミナードはジュリーの美しい横顔を見つめていた。比類なき紫色の瞳が日の光を浴びて輝いて見えた。


 ジュリーの紫色の瞳は桐の花のように高貴で、非常に美しい。シャミナードは紫色の瞳に合う美しい絹織物のローブを仕立ててやりたいと思ったが、四年もの間、ジュリーは黒い喪服しか着用していない。


 母親である前アルジャン女公エレーヌの死が、余程堪えたと見える。アルジャン公位を巡り、叔母を処刑した女公でありながら、ジュリーは少女らしく母を慕っていると、シャミナードには感じられた。


「女公殿下、貴女様はお若く、お美しゅうございます。わたしは殿下がいつの日か喪服を脱がれ、美しいドレスを纏う姿が見とうございます」


 このシャミナードの言葉は幾度となく、シャミナードの口から発せられている。だが、女公はこれまで、首を振ることはなかった。


 だが、この日、ジュリーはこう言った。


「そろそろ、依頼するやもしれませんね」

「――なんと、そのようにお考えだとは」


 シャミナードは青い目を輝かせた。


 ――紫色のローブはどうだろうか、だが当たり前すぎる。群青色のローブも良い……緋色もお似合いかもしれない。


 シャミナードは頭の中でジュリーの姿を思い浮かべた。美しい女人のドレス姿を思い浮かべると、シャミナードはわくわくするのだった。


 だが、今になって、ジュリーが仕立てるかもしれない、と言った理由はなんだろうか。シャミナードは訝しく思った。


 シャミナードは織物商として、ジュリーに通商や関税において特権を与えられている。

 その上、ジュリーはアルジャン公国及びアルジャン公位に付随して支配しているペイ=バ国内の毛織物産業を保護し、外国製毛織物の輸入制限を行っていた。

 そのかわりに、アクシーズと呼ばれる特別税や戦費などの調達でジュリーに協力している。

 戦費とは主に、二年前のリュクサン公位継承戦争で使われた。この時もジュリーは領主や商人たちに恐れられる要因を作った。


 商人であるシャミナードには、詳しいことはわからない。だが、少なくともジュリーはリュクサン公位を巡ってレグザゴン王と争い、勝利した。レグザゴン王はジュリーに生け捕りにされ、身代金とディジョンを請求された。


 今、シャミナードとジュリーが乗馬している中庭は、先々代アルジャン公シャルルが亡くなって失ったものだった。ジュリーはそれを取り戻したのだった。


 ――何か、節目なのだろうか。


 シャミナードはジュリーの紫色の瞳に目を向けた。


 結局は、シャミナードには貴人の考えなどよくわからない。

 だが、政治的な動きが予見されそうで、シャミナードは今後、商人としての働きが試されそうな予感がした。


「ユーリア様」


 中庭に繋がる回廊の方から、男の良い声が聴こえた。

 シャミナードは顔を顰めた。ジュリーとの乗馬の時間が終わりを告げている。シャミナードは声の主を好ましく思っていなかった。 


 ジュリーを“ユーリア様”と親しげに呼ぶ男は一人しかいない。


 ジュリーの侍従長ユラン伯クロード・ダルジャンの美麗な立ち姿がシャミナードの青い瞳に映る。クロード・ダルジャンが着ている暗い灰色だが、金糸で模様が織り込まれている良質なジャケットもズボンも、シャミナードが見立てたものだった。


「――お手紙が来ております」

「ありがとうございます、ユラン伯、すぐに戻ります」


 ジュリーはあっさりと侍従長の元へ帰ろうとする。


 シャミナードが残念に思っていると、ジュリーが白馬――支配という名前を付けていることに、シャミナードは度肝を抜いたのが懐かしい――を歩かせながら、


「では、シャミナード、いずれ」


 と言った。


 シャミナードは“また”ではなく、“いずれ”と言われたことを怪訝に思った。

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