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プロローグ 手紙と毒入りエール

 ポーリーヌ・ド・ヴィッテルは、机に蝋燭を置いて、いつものようにアルジャン公国へ向けて手紙を書いていた。


「――私は変わらぬ毎日を送っておりますが、このところ、皇帝陛下はお身体の調子を崩されることが多く、ケルンテン公が摂政のように政をしております。

これは由々しきことでございます。殿下には一日も早いお戻りを、と思いますが、こればかりは難しいことでしょう。

また、変化がございましたら、手紙を送らせていただきます。


忠実なる侍女 ポーリーヌ・ド・ヴィッテル」


 書き終わると、ポーリーヌは手紙を封筒に入れ、封蝋を施した。そして、下働きの少年に手紙を渡す。


 ポーリーヌを残して、主君であるユーリアがアルジャン公国へ出奔して、四年が経つ。ユーリアはアルジャン女公として忙しい日々を送っていることだろう。

 ポーリーヌはブルグント宮廷で唯一のアルジャン人侍女として孤独を深めていたが、異国で苦労をしているであろう主君を思えば、なんてことはなかった。


 ポーリーヌは皇帝の計らいで、今は皇帝付き侍女を勤めている。おかげで、アルジャンへの手紙も何も障害なく、これまで書くことができた。


 だが、最近は皇帝も伏せることが多くなってきた。

 ポーリーヌはいつまで平穏に過ごせるかわからない、と思っていた。


 ポーリーヌは部屋を出て、使用人用の食堂へ行って、サパーを取ろうと、歩き出した。

 大理石の廊下に、ポーリーヌの足音が不気味に響いた。


 食堂に入ると、同僚のエルヴィーラ・フォン・ラーシャウが居た。エルヴィーラとは仲が良いとは言えなかったが、エルヴィーラは真面目で、仕事を疎かにしなかった。その点では、ポーリーヌはエルヴィーラを好ましく思っていた。


「エルヴィーラ嬢、こんばんは」


 ポーリーヌはエルヴィーラに挨拶をした。


「こんばんは、ポーリーヌ嬢」


 エルヴィーラは微笑を浮かべて言い、自分の隣に座るように促した。

 それを受けて、ポーリーヌは素直にエルヴィーラの隣に座った。


「ありがとうございます、エルヴィーラ嬢」

「いいんですよ、お互い陛下のご不調が続いて疲れましたでしょう?」

「そうですね……陛下が心配です」

「また、しばらくすればよくなりますよ」


 エルヴィーラは朗らかに笑うと、ポーリーヌにエールを差し出した。


「たくさん貰ってきてしまって……よかったら、ポーリーヌ嬢に差し上げますわ」

「いいんですか?」

「はい、飲みきれないものを心苦しいと思っていたので、助かりますわ」


 そう言われると、後ろめたさもなく、受け取ることができる。


 ポーリーヌは一口エールを飲んでから、サパーを厨房から受け取って来ようと思った。

 ポーリーヌはエールを口にした。いつものように苦く酸っぱいエールだった。だが、妙に息が詰まる。


 ――息が詰まる?


 そう思ったポーリーヌは、次の瞬間、机に頭を突っ伏していた。

 目の前が暗く、何が起こったかわからず、混乱した。

 そして、息がしづらく、大きく息を吸い込んだ。

 だが、空気をうまく取り込むことができず、はあはあ、と喘いだ。胸が焼けるように苦しい。

 ゴボリ、という音がポーリーヌの口からした。ポーリーヌは顔が濡れたことに気付いた。次いで血の匂いがする。


「――貴女が悪いのよ。アルジャンへ手紙を送るから」


 エルヴィーラの冷たい声が落ちて来た。


 ああ、とポーリーヌは叫びたくなった。だが、叫ぶことはできないし、言葉も紡ぐこともできない。

 ましてや、手紙を書くこともできない。


 ――殿下、もう手紙を書くことはできないでしょう……それに、ブルグントはまだ、危険なようです……。


 ポーリーヌは、もう一度血を吐くと、意識を手放していった。

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