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ヘルエンジェル  作者: 斑鳩睡蓮
王の再誕 / Inherited Flame

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ep.087 勝利の方程式

 ダーデンベルからナタリアたちが帰還するや否や、デアグレフ支部では緊急会議が招集された。議題は、《茨の王》奪還作戦。


 エヴァンの居場所を掴んだことで反逆軍はついに攻勢に出る機会を得た。これから戦わなければならない敵は、「クリムゾン」作戦を展開している陸軍と単独でエヴァン個人を狙う《血塗れのミラ》。


「奇しくも完璧に嚙み合った布陣だな。自然と、《血塗れのミラ(スカーレット・ミラ)》がエヴァンを、カイン・マクシミリアン大将率いる軍が各地の反逆軍《リベリオン》を担当することになっている。俺たちはその二つの勢力を同時に相手にしなければならない」


 地下の会議室のテーブルにピン止めされた地図をライは見下ろす。各地に散らばる反逆軍を赤色のピン、帝国軍の要所には青色のピン、そして、帝国領において最北に位置するノルデンリヒトには白色のピン。


「はい、少佐の言う通りです。そして、ノルデンリヒトの攻略は最難関。内部の様子や基地の構造は帝国軍内部を探っても分かりませんでした。その上、最悪……ガンマのすべてが敵になります」


 リュエルはずれてもいない銀縁眼鏡をかけ直す。緊張しているときに出るクセだった。


「ですが、今回の作戦はノルデンリヒトを落とすことではなく、囚われているエヴァンさんを救出することです。しかも、私たちはとても運がいい」


 リュエルの藍玉の瞳はライとナタリアを捉える。つられるようにして全員の視線がふたりに集まった。


「──というのも、ガンマをよく知る少佐とナタリアがこちらにいるからです。つまり私たちには勝算が十分にあるということです」


 元ガンマ所属のライとナタリアならば、ノルデンリヒトの基地の構造にも詳しく、ガンマとも互角以上に渡り合える。


「では、今から作戦の説明に入ります。少佐とナタリア、エルザさん、ルカの四人はノルデンリヒトへ急いでください。この人選は移動速度と戦闘能力で決めました。それに、エルザさんがいれば怪我を負ってもある程度の治療も可能でしょう。現地での指揮は少佐に任せますが、少佐とナタリアの二人で基地内へ侵入し、エルザさんとルカで退路の確保をする、というのを基本方針にするようお願いします」


「了解しました」


 ナタリアは敬礼を返し、ライたちとともに部屋を出ていく。時間を浪費したくはないから、全員の体調を整え次第の出発だ。


 リュエルはナタリアたちの背中に向かって頷いて、作戦の説明を続ける。


「次に、反逆軍《リベリオン》全支部は迅速に臨戦態勢に移行してください。いくつかの支部は場所が割れていますし、今まで反逆軍《リベリオン》を守っていた少佐とナタリアがエヴァンさんの奪還へ向かうことは向こうも予測しているでしょう。ですから、彼らは間違いなく仕掛けてくるはずです」


 神出鬼没に反逆軍を手助けしていた《死神》と《死天使》が離れる今が、軍にとって反逆軍を狩る絶好の機会になる。大々的に通信に流されたエヴァンの輸送情報は、反逆軍への宣戦布告だ。この難局を乗り切らなければエヴァンを奪還したとて何も始まらない。


「オーケー。既に君に言われた通り、各支部への指示は終わっている。私たちも準備は粗方終わっているし、ここはクリアだ」


 イリーナは肩を竦めてみせた。


「流石はイリーナさんですね、ありがとうございます。……それでは最後に、私たちが勝(・)つ(・)ための作戦をご説明します」


「勝つってどういうことだ? エヴァンを助けることが今回の作戦だろ?」


 ヨゼフが疑問を呈すと、リュエルが予想していた通り、他の反逆軍の構成員たちからも疑問の声が上がった。リュエルは微笑む。


「いいえ、この作戦において私たちに必要なものは勝利です」


 思い出してください、とリュエルは会議室を見渡しながら口にした。


「カイン・マクシミリアン大将を指揮官に据えた『クリムゾン』作戦の目的は、反逆軍《リベリオン》の殲滅です。軍は反逆軍《リベリオン》を完膚なきまでに叩きのめすまで止まらないでしょう。だから、王であるエヴァンさんを助けたところで『クリムゾン』作戦を破らなければ、意味がない」


 断言する。ここで「クリムゾン」作戦を潰さなければ、反逆の目はないと。


「ならどうする? そんな簡単に破れるような作戦じゃないだろ?」


「ヨゼフさん、戦の定石を思い出してください。作戦はどんな時に失敗しますか?」


 ヨゼフは逆に問われて狼狽えた。かつての知識を急いで掘り起こす。


「作戦実行可能な条件が崩れたときだ。例えば、作戦が状況にそぐわなくなったとか、実行可能な人数が揃わなかったとか、物資が足りなかったとか、指揮官が死んだときとか……」


 欲しい答えを耳にして、リュエルは頷いた。


「それです。厳密には指揮官が指揮を出せる状態でなくなればいいわけです」


 朝焼け色の目をヨゼフは大きく見開く。


「……まさか、指揮官を──」


「はい。ここで、私たちはカイン・マクシミリアン大将を降《くだ》す。この作戦を、私はヨゼフさんに任せたいと思っています」


「は!? 正気かい!? 君、自分の言っていることの意味分かってる!? 君が今、彼に命じたのは、……っ、父親殺しだぞ!」


 イリーナの両手にきつく肩を掴まれ、リュエルは激しく揺さぶられる。明るい茶色の髪が乱雑に振り回され、眼鏡は傾く。


 それでも。リュエルはこの指示を撤回する気はなかった。


「ええ、分かっています。でも! これはヨゼフさんでないとダメなんです!」


「……どういうことだ?」


 低く抑えたヨゼフの声にイリーナが手を止める。リュエルは眼鏡の位置を直し、ヨゼフの目を真っすぐ見つめた。


「カイン・マクシミリアン大将は、おそらく、……確証は本当にないんですが、『クリムゾン』作戦に乗り気ではありません。正確には、乗り気ではなくなったのだと思います」


 カインは最初、バーレイグ支部長を拷問し、エヴァンを使って反逆軍内に不信を植え付けようとした。その狡猾さもさることながら、行動の速さも尋常ではなかった。しかし、ある時点から反逆軍に対して講じる作戦が場当たり的になった。


《死天使》と《死神》がいくら強いといっても、複数の場所に同時に現れることはできない。歴戦の名将なら、もぐら叩き方式で反逆軍に対処するのでなく、同時に三か所以上を叩く方が効率的であることに気がつくはずなのだ。


 当初のように手段を選ばず、狩人のように反逆軍を追い詰めていたのなら、今日に至るまでより多くの同志を失った状態でこの戦いに臨むことになっていたはずだ。しかし、カインはそうしなかった。まるで反逆軍に逃げ道を用意しているように。


 その上、改二式暗号──軍の特殊暗号の内容。


 軍の上層部及び最高議会は、頑なにカインにエヴァンの処分を任せることを厭っていた。わざわざ同じく最高議会に席を持つカインに知られないよう、ガンマ配下の《血塗れのミラ》に接触してまで、エヴァンを殺そうとしている。


 ──それはおそらく、彼らがカイン・マクシミリアン大将を信用していないから。


「だから、きっとカイン・マクシミリアン大将を説得する余地はある。そして、彼を説得することができるとしたら、それは息子であるヨゼフ・マクシミリアンさん、あなただけです」


 リュエルの明るい水色の瞳が烈《はげ》しく輝いていた。これがリュエルが考え抜いて出した答えだ。


 守ることができるのなら、そのすべてに手を伸ばしたい。


「……分かった。その役目を引き受けよう。作戦について詳しく教えてくれ」


「ヨゼフ、君……」


 イリーナの憂いをヨゼフは軽く手を振ることでいなした。


「引き受けてくださって、ありがとうございます」


 深くリュエルは頭を下げる。随分と酷なことをヨゼフに言っていることは分かっていた。断られることも考えた。そのときはリュエルが自ら足を運ぶことも考えていたけれど、リュエル相手にカインが胸中を明かすとは正直思えなかった。だから、やっぱりヨゼフしか選べない。


「具体的な作戦としては、ヨゼフさんにここにいる手勢を率いてソフィリアへ向かっていただきます。しばらく前からルカにカイン・マクシミリアン大将の居場所を探らせていましたが、現在はソフィリア郊外のマクシミリアン邸に留まっているようです。なので、そこを包囲、ヨゼフさんは中に入って説得を試みてください」


「もし、失敗したら?」


 ヨゼフがカインを説得できなかったら、そのときは──。問いかけながら、ヨゼフの手は微かに震えていた。


「そのときは、ヨゼフさんの判断に委ねます。元々、指揮を執れない状態にすることが目的ですから」


 殺す必要はない、とリュエルは言ってくれているのだった。


「分かった」


 強張っていたヨゼフの肩からふっと力が抜けた。ぬるま湯のような安堵の中でインクのように落ちた恐れが複雑に混じり合っている。まだ決まりきらないグラグラの覚悟だ。けれど、それでも、もう行くしかない。


 ヨゼフが作戦を受け入れたことを確認し、リュエルはぱちんと手を叩いた。もう一度全員の注意がリュエルに集まる。すぅ、と深く息を吸い込んで、凛とした声で告げた。


「──では、これより作戦を開始します。各員、健闘を祈ります」


 反逆の狼煙を今、ここに上げて。






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― 新着の感想 ―
[一言]  いよいよ戦いの幕開けですね……!! それぞれの勢力がいかなる戦いを経て何を得られるのか、あるいは失うのか……楽しみですね〜〜〜!!!  高揚につきまた語彙力が消えてますが、現状の要はヨゼフ…
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