ep.085 殺戮の円舞曲
デアグレフとバーレイグの間に位置するダーデンベルの地に、ナタリア、傷の癒えたライ、ルカ、そしてエルザの四人は派遣されていた。参謀として仕事をしているリュエルはデアグレフに留守番だ。
「ここも派手にやってるっすねぇー!」
ケラケラと愉快そうにルカは笑いながら、ナイフを手にする。
ナタリアたちの目の前では、銃火器を抱えた人々と黒い軍服に身を包んだ兵士たちが衝突を繰り返していた。誰かが引き金を引く度、血が飛散するか、家屋の壁が抉れるかする。真っ昼間だというのに、路地を戦場にしているために視界は薄暗い。そして音ばかりがうるさく反響する。
練度でいえば兵士たちの方が圧倒的に高いが、帝国軍の訓練では狭い路地での戦闘を想定したものは少ない。だから、素人に毛が生えた程度の反逆軍の構成員たちでも、戦いという形まで戦況を持っていくことができている。しかし、疲労が溜まれば天秤は軍側に傾くだろうことは明白。それに、いつまでも路地での戦闘に慣れない軍ではない。
ナタリアは視線を横に向けた。銀髪の美しい青年の横顔がそこにあるから。ライは藍の瞳を戦場から離さず、指示を出す。
「ナタリアとルカは俺と軍の制圧を。エルザはここで待機だ。戦闘終了後にすぐに治療ができるようにしておいてくれ」
作戦開始、というライの言葉でナタリアは駆け出した。ルカがケタケタと笑い出す。そしてライも拳銃に指を滑らせた。久しぶりの戦闘であってもライの動きは鈍りを見せない。
「手短に終わらせよう」
「了解しました」
赤茶の髪の少女が舞う。反逆軍の構成員と兵士の間に流れるように割り込んで、兵士の顎を撃ち抜く。足は止めずに次の二人へ。すれ違いざまに別の兵士の頭を吹き飛ばして、その向こうで揉み合う二人の間を潜り抜ける。ナタリアの背後で兵士の身体が崩れ落ちた。
舞踏会のようにくるりくるりとステップを踏んで軽やかに、優雅に。美しい少女と踊る栄誉を得た兵士は屍へと早変わり。ナタリアがひとつ足を進めるたびに命が潰える。そしてそれは銀髪の青年においても同じこと。ライがひとつ踏み出すたびに命を失くした兵士の身体が地面に転がる。それから、ルカが花びら代わりに鮮血を添えた。
ライの頭を狙った弾丸をナタリアはナイフで弾く。その勢いを殺さずに壁を蹴り、一息に距離を詰めて、愚かな兵士の首を落とす。ナタリアの心臓を穿とうとした兵士は、ライによって己の心臓を失った。
もはやそれは戦闘ではなく、一方的な殺戮だった。《死神》と《死天使》を戦場で用いるとはこういうことだ。使用者に圧倒的な勝利をもたらす兵器。破格の性能ゆえに、獲物に逃げる暇すら与えない。根本的に、暗殺人形は殺し尽くすことしか知らないから。
「戦闘終了」
ルカが最後の一人を刺し殺したところでライが呟いた。銀髪は血に汚れて鈍色に輝く。ナタリアもまた白い頬に鮮血を散らしていた。主に派手に血の雨を降らせたルカのせいで。
「みんなお疲れ様。でもあともう一仕事お願い。負傷者を集めてくれるかしら? ルカは何もしなくていいわよ。先にその顔をなんとかしなさい」
エルザが白いタオルをルカに放った。全身を真っ赤に染めて血を滴らせているルカは、渋々と飛んできた布切れを捕まえる。
「はーい」
ルカがやる気なく顔を拭いてタオルをダメにしている間、ナタリアとライはエルザの指示通りに負傷者を集めていた。死者の目が開いているのなら閉じてやり、軽傷ならダーデンベル支部の方へ歩かせる。重傷で動かせないようなら声をかけて、エルザに報告。
戦闘の後始末に走り回るナタリアとライには常に刺すような視線がついて回る。ふたりは自分に向けられる視線に含まれる感情の名前を知っていた。
恐怖、と。
その感情を理解している、とは言えないけれど、ナタリアは人が暗殺人形を本能的に恐れることを知っている。そして、目の前で兵士たちを殺し尽くして血に汚れたナタリアとライはきっととても〝怖い〟のだろう。だからこそ、稀に掛けられる「ありがとう」が理解できなかった。視線には間違いなく恐怖の色がついているのに。
「これで終わりかな。エルザに報告しに行こうか」
「はい」
ライが参加するのは初めてだが、何度も傍迷惑な『王さまを助け隊』の救出作戦を繰り返していると嫌でも手際が良くなっていくものだ。ナタリアとエルザの連携もだいぶ取れるようになっていた上に、命令遂行能力の高いライを加えると一層救護活動は早く終わった。
「さて、と。ダーデンベル支部の代表に会いに行きましょうか」
最後の患者の腹に包帯を巻き終え、エルザはゆっくりと立ち上がる。ついでに暇そうに血まみれのタオルを振り回しているルカからタオルを回収。
「んー、センパイから聞いてたダーデンベル支部長ってこいつじゃないっすか?」
そう言ってルカが指差したのは、ちょうどエルザが腹に包帯を巻いたばかりの男だった。若い青年で、ライとそう歳も変わらないように見える。
「支部長なのに最前線にノコノコ出てきたってことねぇ……、若いわね……」
エルザは呆れた溜息をひとつ。戦闘の助力に入り、負傷者の看病をしつつ支部長と話を付けるという流れで活動してきたのだが、肝心の支部長が目の前でウンウン呻いているわけなので話を付けられるわけもない。
「しょうがないわね、支部長担いでダーデンベル支部に入っちゃいましょう」
命に別状はないものの、それなりに重傷を負っている支部長を担架に乗せ、四人はずかずかとダーデンベル支部として使われている倉庫へ踏み入った。先に軽傷者を向かわせたことで、既に状況はダーデンベル支部内の人間にも伝わっていたので、止められることもない。
元は資材置き場として使用されていた倉庫は広く、先ほどの戦闘で発生した負傷者を全員寝かせても余裕が少しあるほどだ。動くことのできる人間はあくせくと走り回って治療に当たっていた。用意させた寝台に支部長を寝かせるのを待たず、エルザは動ける者に外の重傷者を中へ運び込むよう要請する。
「──はっ! 我が君はどこへ!?」
怪我人の収容が終わり、しばらくした頃。ダーデンベル支部長の青年が目を覚ました。
「身体の方は大丈夫だろうか、ダーデンベル支部長」
血を落とし、本来の髪色を取り戻したライは青年を覗き込んだ。青年は目を大きく見開いた。悲鳴を上げかけて、傷の痛みに顔をしかめる。
「は、な、なんとか平気だ」
それはよかった、とライが綺麗に微笑むと、青年は気絶しかけた。
「大丈夫か? まだ話せない状態のようなら休んでくれて構わないが」
「いや、そういうことではない。問題ない。……問題ない、我が君の幻覚が見えただけだからな」
ぶつぶつと何やら繰り返す青年。
「ああ、そうだ。名乗り忘れていたな。俺はオーウェン。オーウェン・スタインだ。我が君よりダーデンベル支部を預かった身だ。で、お前たちは誰だ?」
布切れに寝かされ、服を剥かれて包帯でぐるぐる巻きの情けない恰好をしているというのに、態度だけは異常にデカい。ルカは出来心で指を包帯の上に乗せてみる。
「ぎゃっ! な、な、何をする! 痛いだろ!」
「……あー、うちの問題児がごめんなさいね」
エルザがフォローを入れるも棒読みだ。そもそも、待機が最善とされる状況で無策で軍と衝突し、支部長でありながら前線までノコノコ出ていって大怪我をしている愚か者には弁護よりも説教が必要だ。
「俺たちは王奪還作戦において中心となっているデアグレフ支部から派遣された者だ。君たちのように軍と戦っている仲間を助ける任務についている」
ライが言うと、オーウェンは顔を輝かせた。
「すると、あれか。《死天使》が軍を倒して回っているという、あれか」
「ああ。ついでに王さまの居場所についての情報も探っているんだが、何か知らないか?」
ふっ、とオーウェンが鼻で笑う。
「知っていたらこんなことしていないぞ。騒げば我が君の居場所も分かるかと思ったんだが……」
「隊長、こいつ開き直ってるっすよ。バカなんすかね、ボクが言えたことでもないっすけど!」
どのような顔をしていいか分からず、ライは顔に苦笑いに似た表情を浮かべた。
「オーウェン・スタイン。現在、各支部が全力を挙げてエヴァン・リーゼンバーグの捜索を行っています。また、軍が反逆軍殲滅作戦を展開している中での無謀な戦闘行為は以後の任務に支障をきたすと思われます。要請通り、待機命令を遂行し、以後の作戦に万全の状態であたるために、戦闘行為は控えるべきでしょう。あなたの現在の行動は作戦の妨害行為に当たり、任務の遂行を妨げる、あるいは失敗を誘発するものにほかなりません」
ライが困っているように見えたので、ナタリアはオーウェンの行動が不適切である理由を淡々と述べる。
「う……」
これまた凄まじい切れ味っすね、とルカが呟く。ナイフを振るったわけでも、何かを切断したわけでもないので、ナタリアはまばたきをした。
「わたしは何かを切ってしまったのでしょうか?」
「……まあ、そうと言えばそうね」
エルザの返答は煮え切らないもので、結局ナタリアには自分が何を切ったのかを知ることはできなかった。
ナタリアたちがダーデンベルに留まったのはほんの僅かな時間だった。一日が終わらないうちにデアグレフへの帰路に着く。四人という最小の人数であることに加え、戦闘能力の傑出した人選なので任務自体に時間がかからないのだ。
エヴァンに関する情報収集も任務に入ってはいるが、かなり慎重に情報が管理されているようで掴むことができずにいる。リュエルからの指示でも、情報収集は優先しなくていいという話だった。
「少し気になるんだが、どうして軍は反逆軍に対して同時に仕掛けないんだろうか? いくら俺たちがいても、同時に三か所はカバーできない。それなら、同時に仕掛けて、少しでも反逆軍に打撃を与える方が得策じゃないのか?」
夕闇に呑まれた街を抜けたところでライは問いを発した。移動用に貸してもらったボロい車がガタゴトと揺れる。運転席でハンドルを握るエルザが横に座るライを見ずに頷いた。
「確かにそうね。……言われてみれば不自然だわ。当初の動きの良さを考えると、今の帝国軍の動きの鈍さは異様だわ。指揮官が変わったという話は掴んでいないから、余計に変ね。あのカイン・マクシミリアン大将が杜撰な作戦指示を出すとは思えないわ」
「なら、罠ってことっすかね。それか、何かの準備をしている、とか」
ルカが後部座席から身を乗り出す。と、そこで車が瓦礫を踏みつける。がったん、と上下に揺すぶられたせいでルカが頭を思い切り天井に打ち付けた。
「いって」
「ちゃんと座ってないからでしょ。ナタリアを見習いなさい」
「はーい」
不本意そうに長く伸ばした返事をし、ルカはナタリアの隣にどさっと腰を落ち着けた。
「ルカの言う通り、軍は反逆軍に対して何かを仕掛けてくるのかもしれないな……」
「ガンマが関与している可能性もあるのでしょうか?」
アリアが動いているのなら、軍の動きが変容した説明がつくかもしれないとナタリアは口にする。けれど、ライは首を横に振った。
「アリア様はこの件では動かないよ。エヴァン・リーゼンバーグとエルシオはそういう契約をしているから」
「どういうことかしら?」
ライは目を細め、前方の雪原を眺めるようする。車のヘッドライトで滲むように照らし出された白い道。脇には夕闇に飲み干され、黒い影になり果てた針葉樹林。
「エルシオはエヴァンを守るために、アリア様と取引をしてガンマに入ったんだ。エヴァンはエルシオにとっての人質で、エルシオはエヴァンにとっての人質だ。それによって互いに手を出せないようになっている。そして、それが、エルシオが反逆軍に表立って味方できない理由でもある。何より、アリア様はエヴァンを気に入っている。だから、アリア様は動かないだろう」
ナタリアはライが〝ガンマ〟という言い方ではなく、〝アリア様〟という言い方を選んだことに気がつく。
「ライ、それならばガンマの誰かが単独で動く可能性があるのではないですか?」
ライの顔に影が落ちる。脳裏に閃くのは、血の海で哄笑する女の姿。アリアへの妄信を内に抱えた《血塗れのミラ》。動くのなら彼女だという確信がライにはあった。
「ああ、それを俺は危惧している」




