第4話 五年?
「……は?」
壁に貼られた新聞を見つめたまま固まる。
一度瞬きをした。
見間違いだと思った。
もう一度見る。
だが結果は変わらない。
そこに書かれていた日付は、俺の知るものより五年先だった。
「いやいやいや……」
思わず声が漏れる。
おかしい。
絶対におかしい。
俺は二週間前に王都を出た。
海を見た。
温泉に入った。
飯を食った。
ダンジョンに潜った。
それだけだ。
五年も経つはずがない。
「お客さん?」
宿の店主が不思議そうな顔でこちらを見る。
俺は慌てて新聞を指差した。
「これ、今日の新聞か?」
「はい、今日の新聞だよ」
店主はさらに首を傾げる。
「本当に?」
「本当ですよ」
「間違いとかじゃなくて?」
「新聞社がそんなミスをしたら倒産ですよ」
それもそうだ。
だが納得できない。
頭が理解を拒否している。
俺はもう一度新聞を見る。
五年後。
何度見ても五年後だ。
「……」
心臓が妙な音を立てる。
嫌な汗が背中を流れた。
店主はそんな俺を心配そうに見ていたが、今はそれどころではなかった。
俺は宿を飛び出した。
夕暮れの町を歩く。
いや、歩きながら周囲を見渡す。
今まで気にも留めなかった景色。
だが改めて見ると違和感だらけだった。
「あんな店あったか……?」
広場の隅。
新しく建てられたらしい石造りの店。
反対側には見覚えのない宿屋。
街灯も増えている。
石畳も綺麗だ。
二週間程度で変わる量じゃない。
数年単位の変化。
それもかなり大きな。
「まさか……」
嫌な予感が膨らんでいく。
そんな時だった。
広場の掲示板が目に入る。
冒険者向けの依頼が並ぶ中、一枚だけ古びた紙があった。
何気なく視線を向ける。
そして。
足が止まった。
「……なんだこれ」
そこに描かれていたのは。
俺だった。
【特別捜索依頼】
アルト・レイン
失踪当時十九歳
特徴
黒髪
青い瞳
元『黎明の翼』ギルドマスター
失踪から五年経過
現在も捜索継続中
「……」
言葉が出ない。
似顔絵を見る。
間違いない。
俺だ。
少し若く描かれているが、間違いなく俺だった。
手が震える。
さらに視線を下へ移す。
依頼主
レオナ・ヴァルハート
セレナ・フィオール
リリア・アークライト
ミア・シルヴァ
見慣れた名前。
仲間達の名前。
五人でギルドを作った仲間達。
「なんで……」
自然と声が漏れる。
何故こんなものがある。
何故俺が捜索対象になっている。
何故五年も。
その時だった。
近くを通った冒険者二人組が掲示板を見て立ち止まる。
「まだ貼ってあるのか」
「そりゃな」
「五年だろ?」
「執念深いよなぁ」
二人は苦笑する。
俺は思わず声を掛けた。
「なあ」
「ん?」
「この人、そんなに有名なのか?」
二人は驚いた顔をした。
「知らないのか?」
「旅の途中でな」
そう答えると、片方の冒険者が呆れたように笑った。
「王国で知らない奴はいないだろ」
「五年前に消えた伝説のギルド長だよ」
「伝説?」
「黎明の翼を作ったアルト・レイン」
俺のことだった。
「その後行方不明になってさ」
「四人の幹部が今でも探してる」
「今でも?」
「ああ」
冒険者は当然のように頷く。
「むしろ今の方がヤバい」
「ヤバい?」
「知らないのか?」
二人は顔を見合わせる。
そして小声で言った。
「今じゃ全員ギルドマスターだ」
「……は?」
「王都最大級のギルドをそれぞれ率いてる」
一瞬理解が追いつかなかった。
レオナ達が。
ギルドマスター?
それぞれ?
「黎明の翼はどうなったんだ?」
思わず聞いていた。
だが二人は首を傾げる。
「さあ」
「俺達が冒険者になった頃にはもう無かったぞ」
「……」
呼吸が止まりそうになる。
無かった?
黎明の翼が?
俺達のギルドが?
「まあ、全部アルトを探すために作ったらしいけどな」
「噂だけどな」
二人はそう言って去っていった。
俺だけがその場に残される。
頭が真っ白だった。
新聞。
町の変化。
捜索依頼。
冒険者達の証言。
全部が同じ答えを示している。
五年。
本当に五年経っている。
「そんな……」
乾いた笑いが漏れる。
俺の感覚では。
たった二週間だった。
海を見た。
温泉に入った。
飯を食った。
少し冒険した。
ダンジョンに潜った。
それだけだ。
それだけだったのに。
五年。
五年だと?
「レオナ……」
自然と名前が零れる。
レオナ。
セレナ。
リリア。
ミア。
そしてエマ。
みんなの顔が浮かんだ。
もし本当に五年なら。
あいつらはどんな気持ちで待っていた?
一ヶ月で帰ると言ったんだ。
置き手紙まで残したんだ。
なのに帰らなかった。
一年。
二年。
三年。
四年。
そして五年。
待っていたのか?
探していたのか?
「まずい……」
心臓が強く脈打つ。
旅の楽しさも。
五年という衝撃も。
全部吹き飛んだ。
今は一つだけだ。
帰らなければ。
説明しなければ。
会わなければ。
「帰る」
俺は荷物を掴んだ。
そして駆け出す。
王都へ。
仲間達の元へ。
五年もの間、待たせてしまった仲間達の元へ。




