第3話 帰る前にひとつだけ
旅に出てから二週間が経った。
結論から言う。
最高だった。
「うまっ」
焼きたての魚を頬張りながら思わず声が漏れる。
海沿いの街、ラメール。
王都からかなり離れた場所だ。
目の前には青い海。
潮風が吹く。
聞こえてくるのは波の音。
最高である。
「これだよなぁ」
思わず呟く。
ギルド長になってから何年も味わえなかった感覚だ。
朝起きて。
好きな場所へ行って。
好きなものを食べる。
依頼を受けてもいい。
受けなくてもいい。
誰にも急かされない。
誰にも書類を押し付けられない。
自由だ。
本当に自由だった。
海を見た。
温泉にも入った。
山にも登った。
美味い料理もたくさん食べた。
久しぶりに冒険者らしい依頼も受けた。
盗賊退治。
護衛依頼。
薬草採取。
どれも懐かしかった。
駆け出しの頃を思い出す。
「やっぱり旅っていいな」
思わず笑みが零れる。
もちろん仲間達のことも考えた。
レオナは相変わらず反対してるんだろうなとか。
セレナは心配してそうだなとか。
リリアは怒ってそうだなとか。
ミアは泣いてそうだなとか。
エマは呆れてそうだなとか。
そんなことを考えながらも、旅は楽しかった。
だが。
「そろそろ帰るか」
窓の外を見ながら呟く。
約束は一ヶ月。
まだ半分しか経っていないが、少しずつ王都へ戻る方向へ向かおうと思っていた。
その日の朝。
宿の食堂で朝食を食べていた時だった。
「聞いたか?」
近くのテーブルに座る冒険者達の会話が耳に入る。
「新しいダンジョンだろ?」
「ああ」
「昨日発見されたらしいな」
「しかも未踏破だ」
未踏破。
その言葉に反応してしまう。
冒険者だから仕方ない。
「場所は?」
「この街から半日くらいの森の奥だ」
「かなり大きいらしいぞ」
「もう上位ギルドも動いてる」
未踏破ダンジョン。
冒険者なら誰だって気になる。
俺だって例外じゃない。
「……」
パンをかじりながら考える。
どうせ王都へ戻る途中だ。
一回だけ。
一回だけなら問題ないだろう。
「帰る前にひとつだけ」
そう呟きながら立ち上がった。
森の奥。
確かにそこにはダンジョンが存在していた。
巨大な石造りの入口。
古代遺跡のような雰囲気。
まだ発見されたばかりらしく、人も少ない。
「これは確かに気になるな」
俺は迷わず中へ入った。
内部は予想以上に静かだった。
魔物はいる。
だが強くはない。
罠もあった。
だが解除できる。
探索は順調だった。
むしろ順調すぎた。
数時間後。
気が付けば最深部らしき場所へ辿り着いていた。
「終わりか?」
広い空間。
中央には巨大な魔法陣が刻まれている。
壁には見たことのない文字。
古代文字だろうか。
「なんだこれ」
近付く。
しゃがみ込む。
魔法陣を眺める。
特に変わった様子はない。
「ダンジョンコアでもないしな」
試しに手を伸ばした。
触れる。
その瞬間だった。
世界が止まった。
音が消える。
風も止まる。
自分の呼吸音すら聞こえない。
まるで時間そのものが止まったような感覚。
「……?」
ほんの一瞬。
本当に一瞬だった。
次の瞬間。
全て元通りになる。
風が吹く。
音が戻る。
何事もなかったかのように。
「気のせいか?」
首を傾げる。
特に変化はない。
体にも異常はない。
魔法陣もただの石にしか見えない。
「変な遺跡だな」
結局それ以上何も起きなかった。
少し拍子抜けしながら立ち上がる。
帰ろう。
そう思った。
どうせあと二週間もすれば王都だ。
レオナ達も待っている。
エマにも心配をかけている。
そろそろ戻らなければ。
「さて」
背負った荷物を担ぎ直す。
「帰るか」
そう呟いてダンジョンの出口へ向かう。
結局最後まで何だったのか分からない遺跡だった。
妙な魔法陣はあった。
一瞬だけ不思議な感覚もあった。
だがそれだけだ。
体に異常はない。
怪我もない。
なら気にする必要もないだろう。
そう考えながらダンジョンの外へ出た。
眩しい日差しに思わず目を細める。
「うーん」
大きく伸びをする。
やっぱり外の空気は気持ちいい。
数時間ぶりとは思えないほどだった。
そのまま街道へ向かおうとして。
ふと足を止める。
「あれ?」
視界の先。
森の入口付近に建物が見えた。
石造りの立派な建物。
さらにその周囲には商店らしきものまで並んでいる。
「こんなのあったっけ?」
首を傾げる。
ダンジョンへ入る前には無かった気がする。
いや。
あったか?
自信がない。
そもそもダンジョンへ向かう時は遺跡のことばかり考えていた。
見落としていただけかもしれない。
「まあいいか」
深く考えるのをやめる。
そのまま街道を歩き始めた。
しばらく進んだ頃。
今度は数台の馬車とすれ違う。
「あれ?」
また違和感。
馬車の形が少し違う。
王都で見慣れたものより洗練されているような気がした。
車輪も新しい。
装飾も見覚えがない。
「新型か?」
思わず呟く。
まあ王都でも新しい物はどんどん出る。
二週間も旅をしていれば知らない物があっても不思議じゃない。
そう納得した。
さらに街道を進む。
途中で旅人達とも何人かすれ違った。
しかし。
「……?」
何故だろう。
皆どこか知らない服装をしている気がする。
流行が変わったのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、小さな町が見えてきた。
「今日はここで泊まるか」
本来なら王都まで急ぐ必要もない。
約束の一ヶ月まではまだ余裕がある。
宿へ入り、受付へ向かう。
「一泊頼む」
店主が顔を上げた。
「旅の方ですか?」
「ああ」
「どちらから?」
「ラメールの方だな」
店主は頷く。
特におかしな様子はない。
やはり気のせいだったか。
そう思った時だった。
壁に貼られた一枚の紙が目に入る。
王都新聞。
何気なく視線を向ける。
そこに書かれていた日付を見て。
俺は固まった。
「……は?」
一度瞬きをする。
見間違いだと思った。
もう一度見る。
だが。
何度見ても変わらない。
そこに書かれていた年号は。
俺の知るものより。
五年先を示していた。




