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毒父を信じた親友が全てを壊された。私は鬼になって二人と縁を切り、自分の幸せだけを掴み取る  作者: 品川太朗


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3/5

第3話:沈黙の部屋


ドアの向こうから聞こえた、微かな衣擦れの音。


それは風の音かもしれないし、隣の部屋の物音かもしれない。

 私の単なる考えすぎで、ヒマリはただ寝ているだけかもしれない。


――だけど。


もし、私の予感が当たっていたら?

 もし、あの男がすでに部屋の中に侵入していたら?


脳裏に浮かぶのは、かつて私が、そして母が味わった暴力の記憶だ。


あいつは閉ざされた空間でこそ、その本性を遺憾なく発揮する。

 支配し、痛めつけ、心を壊すことに快楽を覚える化け物だ。


ヒマリのような温室育ちの子が、あいつの毒牙にかかればひとたまりもない。

 すでに洗脳されているかもしれない。あるいは、暴力で抵抗できない状態にされているのかもしれない。


(迷っている暇はない……!)


私は震える手でスマホを握りしめ、覚悟を決めた。


確証も証拠もない。勘違いなら、私がただの不法侵入者や器物損壊犯になるだけだ。

 でも、それがなんだ。


ヒマリを助けられる最後のチャンスかもしれないのだ。言い訳なんていらない。

 私は「110」番をタップした。


『はい、警察です。事件ですか? 事故ですか?』


冷静なオペレーターの声。私は深呼吸をして、あえて切迫した声を作る。


「事件です! 強盗です! 友達の部屋に男が押し入っています!」


住所と部屋番号を早口で告げる。

 「強盗」と言っておけば、警察の動きは早くなるはずだ。嘘にはなるかもしれないが、あの男がいるなら、それは強盗よりもタチが悪い「悪魔」がいるのと同じことだ。


通話を切り、スマホをポケットに突っ込む。


警察が来るまで待っているわけにはいかない。中の状況を動かさなければ。

 私はアパートの裏手に回った。


一階にあるヒマリの部屋。トイレとお風呂場のあたりに、小さな窓があるはずだ。

 足元を探り、手頃な大きさの石を拾い上げる。


ずしりと重い、冷たい石の感触。


「……ごめん、ヒマリ。あとで弁償するから」


私は狙いを定め、渾身の力で石を投げつけた。


ガシャアアアアン!!


甲高い破砕音が静かな住宅街に響き渡る。

 窓ガラスが粉々に砕け散った。


これだけの音を立てれば、周囲の住人も気づくし、中にいる人間も無視できないはずだ。

 私はすぐに玄関の方へ駆け戻り、物陰に身を潜めて様子を窺う。


数秒もしないうちに、ガチャリと鍵が開く音がした。


ゆっくりとドアが開き、男がぬっと顔を出す。

 外の様子を探るように、キョロキョロと首を動かすその姿。


――やっぱり、いた。


ケンジだ。


私の全身の血が逆流する。

 あいつは、まるで自分の家であるかのように、ジャージ姿でリラックスしていた。


それが何を意味するのか。

 ヒマリはどうして出てこないのか。


怒りと恐怖が入り混じり、視界が赤く染まる。

 だけど、ここで感情に任せて飛びかかってはいけない。


私は震える足を叱咤し、あいつに一番よく見える位置へと飛び出した。


「やっぱりあんたか……! ヒマリに何をした!」


私の叫び声に、ケンジがビクリと反応し、こちらを向く。

 私を認めた瞬間、その顔が歪んだ。


焦りではない。獲物を見つけた爬虫類のような、粘着質な笑みだ。


「なんだ、サエか……。何の真似だ? いきなり人の家で騒ぎやがって」


人の家だと?

 どの口が言っているんだ。


ケンジはサンダルを突っ掛け、ゆっくりと私の方へ歩み寄ってくる。


「ちょうどいい。お前を探してたんだよ。娘なら、父親の面倒を見るのは義務だろ?」


その手には、何も持っていない。

 だが、その余裕こそが恐ろしかった。


部屋の奥は暗く、ヒマリの気配は微塵も感じられない。


(警察はまだか……!)


私は一歩後ずさる。


ここが地獄の入り口であることを、私はまだ理解しきれていなかった。

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