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頂の景色  作者: からげんき
第二章 高い壁を越えて
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第九話 地獄への旅の道連れ

「わかった。じゃあ今から始めようか。パンジーの実力を見たいから試験範囲の問題を解いてみてくれ。俺はその間にほかの教科のチェックをするから全部の教科の教科書や問題集を持ってきてほしい。」


 わかったわ。持ってくる。といって、パンジーは自室に教科書を取りに行った。


 本を見る限りではどうやら勉強する内容は数学と物理、化学、国語ともう一つ、今パンジーが解いている教科のようだ。数学、物理、化学、国語は教科書を見た感じセンターレベルに近いこれなら俺も教えることができる。しかし、一つ問題があった。もう一つの教科が神秘。全く知らない単元だった。しかも全く知らない公式が多く乗っている。


 これは思ったより大変かもしれない。


 そして問題がもう一つあった。パンジーの回答を見ているとほとんどあっていない。


「パンジー?これは?」


「勉強は一応してたの。だけど本の内容が難しくて私の力ではここまでしかわからなかったの。」



 これは思ったより大変かもしれない。


 それから俺たちの勉強漬けの日々が始まった。




 「仕事が終わったし今日もやるわよ。」


 仕事終わりにパンジーはそういっていつものように自分の部屋に走っていった。


 「おお、すごい!国語はもういけそうじゃないか!」



 一週間たったころようやくコツコツと積み重ねてきた成果が出てきた。初めは国語もまるっきりできなかったが文章読解のコツを教えてからはメキメキ点数を伸ばしていった。真剣にやって要領を押さえたら初めが悲惨でも着実に力がついていくものなのだ。そんな当たり前に思えることが身をもって知ることができた。


「じゃあ次は物理だな。」


「うっ」


 パンジーは顔をしかめた。彼女は理系教科がとても苦手だった。その中でも特に物理が苦手だ。


「ううん、全然わかんないからやりたくない。」


 そういいながら教科書を広げて問題に取り掛かる。勉強を始めてから文句こそは言ったがパンジーはその教科から逃げることはなかった。



「ううう、わかんない!」



 20分間手を止めて問題をにらみ続けていたパンジーがついに音を上げた。ペンを放り投げて頭を掻きむしっている。そして机に突っ伏してぐったりとして言った。


「どうした?大丈夫か?」



 いつも物理の時間はどうしても文句が多くなってしまうが今日はいつもよりも機嫌がよくない。


「一週間たったけれども進んだのはこれだけ。」


 試験範囲の初めのページから今開いているページをペラペラとパラパラ漫画を見るようにめくりながら言う。パンジーがそういうように試験範囲の初めのページから今開いているページはかなり少ない。14枚程度だ。


「こんなの私にできるのかなぁ。」


「やればできるさ。わからないことがあったら言ってほしい。俺も教えるから。」


 俺はこれくらいしか言うことができない。


「そうだよね。でも、全然楽しくないな。しんどい。何もわからないのはイライラする。」


「それなら気分転換するためにも教科を変える?神秘は結構いけるようになってきたし。」


「いやだ。変えない。できるまで物理やるもん。つまんないけど」


 そうだよな。自分の苦手なことやできないことをやり続けるのは楽しくない。俺だって同じだ。つらいし逃げ出したい。今まで何回もそう思ってきたことがあった。勉強はそうだった。就活もそうだった。そしてこっちに来てオーディンに登った時もそうだ。俺は自分でやり続けないとなんていえなかった。この子は強い。



「すごいな。俺なら違う教科やっちゃう。」


「できるまで頑張ればいいんだよ。」


 パンジーは依然として机に突っ伏したまま話し続ける。


「前言ったでしょ。口笛が吹けるようになったのは最近って。7歳のころから練習を始めて10年間できなかったわ。練習するのをからかわれていやになった日もあったし何日かパパに反抗して練習しない日もあった。でも、17歳の時そんなんでもできるようになった。10年かかったから才能はなかったかもしれないけどできるまでやればできたんだよ。」


そういって、パンジーは突っ伏していた体を起こした。


「だからさ、次はさ、私が弱音を吐いたら教科を変えるかじゃなくてそれでも続けろって言ってほしい。」


 どれだけ強いんだこの子は。ただもがいているけれどまったく進んでいないとはっきりわかる感覚。自分の限界はここだと宣告されてしまう感覚。勉強であれ他のことであれ全くうまくいかないときはそういう感覚にとらわれてしまう。


 こういう時俺だったらこんなことを言えるだろうか。自分には突破できない大きな壁にぶつかった時俺はこの子が言ったことを言えるだろうか。



 とっさにオーディンから落ちた時のことを思い出す。


 いやできない。できなかったからこうなっている。


「いいのか、そんなこと言ってしまって。」



「え?なんで?」


 エメラルド色のパンジーの目がぎろりと俺の目をとらえる。


「いや、やっぱり言えない。君がいいと許可してしまっても俺はそんな続けろって言う資格なんてない。」


 俺はオーディンに登れなくて進むのをやめた。森の中を進んで光輝くスライムやキノコ、ホタルを見たのも俺が単に壁にぶつからなかったからだ。つらくて逃げだしたいと思った時はいつもそこであきらめてきた。受験も就活もそうだ。そんな俺が自分のことを棚に上げてそんなことを言えるはずがない。いっていいはずがないのだ。


「俺は君と違って逃げてきたんだ。そういうつらいことから。だから、そんなこと言えない。」



 少ししてパンジーが答える。まだエメラルドの瞳は不気味に光り俺を逃がさぬように見つめている。


「ダメだよ。私はあなたを許していない。私の人生をあなたは変えなくちゃいけない。それで私とあなたは今の関係になったんじゃない。だから私が辛い時、やめたいって弱音を吐いたときは続けろって言わなきゃだめだよ。」


「いや、でもやっぱり俺は」


「ダメだよ。」


 パンジーははっきりといった。有無を言わせぬ迫力がある。


「私は罪人だったら今は死刑を言い渡されて牢獄で待ってる状態。それであなたは私を助けないといけないのだけど牢獄の壁が厚くて高いから無理って言ってる状態よ。私を助けるにはあなたは共犯になるしかないの。自分だけ罪人になることからは逃げられないわ。」


 否定できない。また俺は逃げようとしている。それを見抜かれている。


「私は許していないの。共犯になりなさい。あなたも一緒に罪を犯すの。」


 さっきから汗が止まらない。パンジーの覚悟の強さが俺の心臓を突き刺しているようだ。生唾を飲む。


「あなたはオーディンに登って。それでわたしに辛くても進めっていうのよ。」


「俺にそれができると思っているのか?」



 声が震える。落ちた時のことを思い出す。あの時と同じように心臓が動く。そんな場所に俺はまたいけるのか?


「できるまで努力すればできるの。やるのよ。私を地獄に落として追ってきて。」


 ああ、ダメだ。覚悟が違う。俺と似ているなんて全然嘘だ。


 俺よりも6歳下なのに。


 俺には今までできなかった、そしてこちらに来てできたと勘違いしていた成功するための道を進んでいる。


そしてやっとそれがどういう道かわかった。



 どれだけ理不尽だろうと、どれだけ危うくて崩れてしまいそうな道でもたった一つの小さな光を見つめて、それだけを求めて、全力でつかみに行く道だ。



 そうやって人は夢をかなえて成功していくんだ。


 暗闇の中を歩き切り、スライムたちが輝く森に着いた瞬間。またこれを味わうにはもう一度暗闇の中に飛び込むしかない。



「その代わり、どうしてもだめな時は力を貸すよ。」


「いいよ。お互いそうしましょう。お互い本当に大変な時に相手に鞭打って動かすの。」



 ああそうだ。こうなったからにはもうやるしかない。俺にはオーディンの壁を超える以外に選択肢はない。それができないのであれば死ぬしかない。お互いできなければ緩やかに死ぬしかないんだ。


「さあ、言って。私に、それでもやれと言ってください。」


「じゃあ、全然わかんなくてどうしようもなくイライラしてるだろうけど。」


「早く。」


 パンジーはしっかり起きあがってその鋭く輝くエメラルドの瞳でこちらを見ている。違うことを言ったら殺すといわんばかりだ。


「まだだ。まだ進んで。」


 俺もその目をまっすぐ見て言った。俺も覚悟が決まった。


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